第54話 買物は危険が一杯


 俺、山神柚希。梨音のマンションの有る駅で午前十時に待ち合わせだ。今はまだ十五分前。この時間でも大分寒くなって来た。


 俺は厚手のスラックスと中に厚手のシャツを着て更にダウンを着ている。スマホを弄っていると梨音がやって来た。


 彼女は濃い茶色の長いスカートと少しヒールの有る黒いブーツ。上着は白のダウンだ。


「柚希、おはよう」

「おはよう梨音」

「行こうか」


 今日は梨音から買い物に付き合ってくれと言われている。昨日渡辺さんと買い物に行っているから何とも言えない気持ちだ。


 案の定、やって来たのはデパートのある街。

「梨音、今日はどこ行くの?」

「付いて来て」

 なんか少し怖い。梨音のこんな真面目な顔久しぶりだ。



 やって来たのは、ショッピングセンターにある女性の洋服を扱っているショップだ。昨日来た渡辺さんとは違うショップだが何がどう違うか俺にはさっぱり分からない。



 昨日で少し慣れたので一緒に入って行くと

「柚希はいつから女性用品のお店に普通の入れるようになったの?」

「えっ?」

 そう言えば梨音が洋服を買う時はいつも外で待っていた。


「う、うん。まあ」

「ふふっ、いいわ。柚希も一緒に選んで」


 昨日と同じ様に一つのショップで何着か試着した。昨日の様な事は流石に無かったが、やはり試着室の傍で待っているのは男として精神的にきつい。


 いくつかのショップに入って二着ほど購入した後、

「柚希、少し早いけど昼食にしない。この後、一緒に見たい映画があるんだ」

「良いけど」


 今日も〇ックに入った。少し早い所為か混んでいるという程では無かった。

「私が席を取っておくから。私はオリジナルバーガーのセットお願いね」

「了解」



 カウンタで少し待った後、商品を受け取って梨音が待っている席に行こうとすると何故か知らない男が梨音に声を掛けていた。


一見チャラくないが、どう見てもナンパ人に見える。日曜に女の子が一人で席にいるので声を掛けたのかもしれない。


「お嬢さん一人かい」

「一人ではありません。連れがいます」

「そんなの良いから俺と一緒にお昼食べようよ。こんな所でなくてさ」


 俺は直ぐに梨音の席に行くと

「俺の彼女に何か用ですか?」

「あん。誰だ手前は?」

「耳が遠いなら医者に言った方が良いですよ」

「何だと!」

 両手が塞がっている俺の胸倉を掴むとグイっと上げた。


「ここで好き勝手するのは良いですけど、周りの人が見ていますよ。やりますか?」


 喧嘩もした事ない、実際はした事あるが一方的にやられた経験しかない俺は、口先だけは強くなったようだ。


 男は周りを見て

「チッ!」と吐き捨てるとお店を出て行った。


「梨音、大丈夫か?」

「うん、柚希強くなったね」

「あはは、空威張り」

「ふふっ、だよね。でも彼女って呼んでくれた」

「まあ、あの時は」

「分かっている」



 食べながら梨音が俺の顔をじっと見て

「柚希」

「うん?」


 俺の口の中には仲良くなったパンとお肉とトマトと野菜が入っていて碌に返事が出来ないでいると


「嬉しい、柚希とこうして居られる。先週の金曜日柚希からあんな事言われた時、何も見えなくなってしまって、ずっと泣いていたの。

それからも自分でどうしていいか分からなかった。本当に自分は日本に帰って来たのが正しかったのかって。

もちろん今まで柚希に言った事は微塵も嘘はない。でも自分が悪かったとはとても思っている。だから、またこうして居られるのがとても嬉しい」

「梨音…」


 今の彼女の言葉に嘘は無いだろう。だけど今の俺の心はそれを素直に受け止めるほど穏やかじゃない。


大嵐が吹き抜けている海に浮かんでいる小舟がやっと港に戻って来た程度だ。まだ、港の外の海は荒れ放題だ。


「ごめんね。急に真面目な話をしちゃって。映画は席を予約してあるからゆっくり食べよ」

 どうもこの流れは彼女にとって既定路線の様だ。どう考えればいいものか。



 俺達は、昼食を摂った後、映画館に来て今上映室の中にいる。梨音が選んだのは安土桃山時代の有名な武士とその妻の生涯を描いたものだ。俳優はとても有名な人達だ。



 クライマックスになって来ると梨音が、椅子の袖に乗せている俺の手を恐る恐る触って来た。

 そのままにしていると指が重なり合う様にして来た。



 私、神崎梨音。今柚希と映画を見ている。クライマックスになって感情移入が多かったせいか、隣に座っている柚希の…本当は抱き着きたいのだけどそれは無視だから、でも手位なら、でも避けられたら…。そっと手を柚希の手に重ねて見た。避けない。


 そのままゆっくりと柚希の指と指の間に私の指を入れる様に置いてみた。あっ、柚希が握って来た。



 自分でも分からない。だけど梨音に触られた手が無性にその温かみを欲しがっている。そのまま映画が終わるまでそうしてしまった。



 映画館を出るともう午後三時近くなっていた。

「柚希もう少しいい」

「ああ」


 私はそっと手を柚希の手に添えた。彼は拒まなかった。



 梨音が俺の手を握って来た。本当は拒否した方が良いと分かっている。心の底ではまだ俺の彼女だった瞳さんのがしっかりといる。


 でも彼女は俺を裏切った。何故か分からないままだ。本当は最初から俺は当て馬だったのかもしれない。いやそんな事はない。彼女はそんな人じゃない。じゃあなんで。分からない。だから埋まらないこの気持ちが梨音の手を避ける事が出来ないでいる。



「柚希、私の部屋に来ない?」

「…………」


 無言という事はいいと解釈して良いよね。



 二人で私のマンションのある駅を降りて柚希と一緒に自分のマンションの部屋に入った。彼は立ったままだ。


 何も言わずにじっと私を見ている。彼の体に寄りかかる様にしてそっと口付けをしようとすると

「梨音、待ってくれ」

「えっ?」


「ごめん、まだ心の整理が出来なくて」

「柚希」

 私はじっと彼の瞳を見つめて腕を彼の背中に回した。そして


「柚希、待っていれば必ず私の所に戻って来てくれるよね」

「分からない。今どうしていいか分からないんだ。だから待って欲しい」

「…分かった」


 彼の背中に回した腕をほんの少し絞めて顔を彼の肩に乗せると

「待っているから」

「ああ」


「柚希、クリスマスは一緒にいれる?」

「多分大丈夫だ」

「ふふっ、じゃあその時まで我慢する」


 俺はこの時、渡辺さんの事は頭から完全に消えていた。そして梨音にマンションの入口まで送って貰ったと

「じゃあ、また明日」

「ああ、また明日」


 そう言って俺は駅に向かった。




 俺、真浄寺誠司。今彼女の家から帰る所だ。確かこの辺で神崎梨音と会った記憶がある。多分この辺なのだろう。そう思って歩いていると目の前を見知った背中の男が歩いていた。


 山神柚希だ。従妹の瞳に裏切られたと思っている。事実そうなのかも知れない。今回の件は彼女が一方的に悪い。


 だが、俺としては瞳の心に平穏を取り戻してやりたい。今あいつに声を掛けても俺としては何も出来ないが…。


「山神」


 えっ、誰かが後ろから声を掛けた。振り向くと瞳さんの従兄の真浄寺先輩がいた。


―――――


 ふむ、梨音との関係戻るのですかね。しかし真浄寺誠司何が目的で柚希に声掛けたのかな?


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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