第52話 時間が無い


 俺、真浄寺誠司。俺の家は上坂家と縁戚にある。俺の父親筋と上坂の母親筋が結婚している。だから、従妹の瞳とは中学時代に知り合った。


 初めて会った印象は可愛くて快活で積極的な女の子だった。俺が空手をやっている事もあり、何かにつけて色々相談にも乗った。


 彼女は早々に男を好きになる女の子ではない。実際知合ってから好きになった男がいるとは聞いていない。それだけに山神を好きになったと聞いた時は驚いたものだ。


 だからこそ、簡単に瞳が山神を裏切るとは思えない。だが山神から見せて貰ったスマホの映像は、俺の勝手な想像を壊すに十分だった。


 もしこれが事実なら俺は瞳とは二度と口を利かない関係になる。だが、信じられないのも事実だ。


 だから俺は直接瞳の口から聞く事にした。今回の件を確かめる為に。





 私、上坂瞳。毎日学校には行っているが、針の筵とはこの事だと思った。何時嫌がらせが始まるかびくびくしながら毎朝登校しては、下駄箱の蓋の中に上履きが有る事を確かめた後、悪戯がされていないか確認する。


教室に入ってからは椅子や机に落書きや悪戯がされていないか確かめる。そんな姿を周りの人は面白おかしく笑いながら私を見ている。


 今回の噂は既に二年生の間では大分広がっているみたいだ。廊下を歩いていても蔑む様な目で見られている。


 男子からは汚い言葉を掛けられたり信じられない誘いをしてくる奴もいる。でもここで休んだらあの事が事実だと認める様なもの。だから意地で学校に行っている。



 大分疲れた。後二週間も経たない内に冬休みになる。早く休みに入って欲しいと思う時もある。


 でも、でもクリスマスが来る。今年は柚希と二人だけの楽しいクリスマスを想像していた。それがこんな事になって…。



ブルル。ブルル。


 ベッドで横になりながらそんな事を考えているとスマホが震えた。画面を見ると従兄の誠司さんだ。私は直ぐに出た。


『はい瞳です』

『俺だ誠司だ。今いいか』

『はい、大丈夫です』

『実は今日学校からの帰り山神柚希と偶然会ってな。その時お前ではなく同じクラスの神崎という子と一緒だった。何故瞳と一緒に帰らない。何故他の女子といると聞いたら…。

 はっきり聞くが山神が言っている事、山神が見せてくれたスマホの映像は本当か?』

『それは…』


『認めるのか瞳!』

『認めない。認めない。あんなの嘘』

『嘘?じゃああの映像は何だ?』

『それは本物です』

『なにー!お前柚希がいながら他の男とラブホに行ったのか。がっかりだぞ瞳!』

『待って、待って。映像は本物です。でもラブホなんかに行っていません』


 私は、お父さんからのお願いされた事。相手からお願いされた事。そして三回目に会った時、強引に手を繋がれてホテル街に連れて行かれた事。そしてそこに偶然いた柚希がそれをスマホに撮った事を話した。


『…それが事実か』

『はい』

『この事は両親には話したのか?』

『母は心配しましたが、父はいいきっかけだから別れろと言われました。向こうの男と付き合えばいいとも』

『何だって!』


 なんて父親だ。自分の所為で娘が酷い目に遇ったというのに。それを他に転嫁しようとしている。あの野郎もうがっかりだ。地元の大企業の社長だからって好きな事言いやがって。



『瞳、それでお前はどう思っているんだ』

『柚希と元に戻りたい。私はあの人を愛しています。あの人がいなければ生きて行けない。

 でももう時間が無いんです。もうすぐクリスマスです。柚希を好きな女の子は私が知っているだけでも二人、同じクラスの神崎梨音さんと渡辺静香さん。

 今までは私がいたから柚希は二人で会う事を避けて来ましたが、私がいなくなったと分かったら積極的に出て来ます。タイムリミットはクリスマスまでなの。時間が無いの』


 俺は、瞳の言葉に嘘は感じなかった。だが瞳にとってあまりにも不運で不都合な事ばかりだ。

 そして山神が誤解するのは仕方ない状況だったという事も分かった。俺に何が出来るんだ?


『瞳、クリスマスが過ぎたらどうする?』

『諦めたくない。奪い取ってでも柚希と元に戻ります』

『それはあいつが喜ぶ事か?』

『それは…』


 無理しても柚希の性格からして上手くは行かないのは分かっている。でも取り返したい。


『瞳、悪いが俺に直ぐできる事は思い浮かばない。ところで学校ではどうだ。苛めとか会っていないか。もしそうならそいつを俺は叩きのめす』

『ありがとう。でも物理的な苛めには合っていない。どちらかと言うと精神的なダメージが大きい』


 山神柚希は生徒会長山神理央の弟。あいつ山崎理央の統率力と人を惹きつける人間的魅力は良く知っている。それに瞳と同じ位美人だ。

 あいつが生徒会長に立候補したと聞いた時点でライバルがいなくなったくらいだ。俺も一目置いている。先生達からの信頼度も大きい。それだけに今回相手が悪かった。これは難しいぞ。




 私、神崎梨音。今日は柚希と二人で下校した。クリスマスの話もした。上坂先輩がいた時は二人で会う事は絶対に拒まれたけど、今は違う。

 まだ私のマンションには来てくれないけどそれも時間の問題。チャンスはクリスマス。そうすればかつての二人恋人同士に戻れる。


 だから今度の土曜日、柚希を誘って買い物に行くんだ。二人の為の買い物に。




 俺、山神柚希。梨音と別れて一人で家に帰った。姉ちゃんはまだ戻っていない。母さんもまだの様だ。


 自分の部屋に入り、制服を脱いで普段着に着替えるとどっと体をベッドに横たえた。なんか心にぽっかりと穴が開いた様だ。


 いつも俺の頭には上坂先輩がいた。綺麗な顔をしているけど焼き餅焼きで我儘でとても綺麗な肌で。今週も会えば…。


 俺は何を考えているんだ。全く頭の中じゃ切れていないじゃないか。でももう俺以外の男と俺以上に何度もしたんだろうな。嫌でもあの時の顔や肢体が浮かんでくる。


 もう忘れよう。でも忘れきれない。どうすればいいんだ。俺を裏切った女だぞ。


 こんな気持ちじゃ、梨音と一緒にクリスマスなんて出来ない。あいつは俺を裏切った…かもしれない。今となってはどうでも良くなった。


 もしこんな精神状態で梨音と会ったら、あいつがこの前と同じような事をしてきたら避けるだけの気持ちもない。むしろ俺から積極的になってしまうかもしれない。


 だから今はまだクリスマスの様なイベントで会ってはいけないんだ。梨音に失礼だ。もっと真摯に向き合えた時だ。


 今年も一人でも良いか。


―――――


クリスマス柚希争奪戦?本人はその気無い様だけど。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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