第50話 言い訳


 私、上坂瞳。午前六時、ベッドの上で目が覚めた。学校に行きたくない。クラスの皆の蔑む様な目、軽蔑、蔑みの声。あんな所に居たら頭がおかしくなる。


 でも、でも柚希に会いたい。会って彼に事情を説明したい。柚希は優しい子。会って説明すれば必ず分かってくれる。



 私は、柚希に会って説明したいだけの気持ちで学校に行く事にした。ダイニングに降りて行くとお母さんが心配そうな顔で私を見ている。


「瞳さん、大丈夫なの?」

 私は首を横に振るだけだ。


「学校休んだら、連絡入れておいてあげるから」

「休めない。大切な用事がある」



 いつもより早めに出て学校のある駅で彼を待った。柚希が乗って来る方向からの電車が何本か来た後、柚希が改札から出て来るのが見えた。

 彼と神崎さん、幼馴染の設楽さんそれに松本君と一緒に学校に向かった。


「柚希!」


 彼が後ろを振り返った。私を一度見た後、直ぐに前を向いて歩きだした。急いで彼の前に行き

「柚希、聞いて。私の話を聞いて」

「何を話すって言うんだ。言い訳なら聞く気は無い」


「待って。お願いだから聞いて」

「今は駄目だ。聞いていたら遅刻する。放課後ならいいよ。生徒会の仕事終わった後なら」

「分かった」


 良かった。柚希はまだ私の話を聞いてくれる。ならば誤解を解ける。彼の後姿を見ながら私も学校に向かった。



 俺、山神柚希。改札を出ると瞳さんがいるのが直ぐに分かった。でも無視をした。待っているのは俺じゃないかも知れないし。


 俺はいつもの三人とそのまま学校に向かうと声を掛けられた。言い訳なら聞きたくない。事実だけが全てだ。


 でもしつこく言うから聞く事だけはする事にした。どうせ言い訳だろうけど。今日は生徒会の仕事がある。それまで待っているかは知らないけど。



 学校に行く途中、

「柚希、生徒会の仕事って何時に終わるの?」

「梨音、基本的には午後五時半だけど、大体午後六時位になってしまうかな」

「じゃあ、それまで待っていたら毎日一緒に帰れるかな」

「毎日はちょっと。前と同じように火曜と木曜ならいいよ」

「ほんと!じゃあ、じゃあ火曜と木曜だけ柚希が生徒会の仕事終わるまで図書室で待っている」

「分かった」


 あーぁ、神崎さん、上坂先輩が柚希から離れたとたんこれだものなあ。柚希も直ぐにOKしちゃんだから。でも二股掛ける訳でも無いしいいかあ。渡辺さんの事どうするんだろう。



 午前中の授業が終わると

「亮、学食行くか」

「ああ」


「柚希、教室で食べないの?」

「梨音、学食行くよ」

「分かった」


 梨音の気持ちは分かるけど、教室にいると同情の視線と同時にざまあみろ的な視線もある。やはり学食の方が楽だ。


「亮、今日はどうしようか」

「日替わりが何かだな」


 学食について食券販売機の横に有る日替わり定食のサンプルを見ると

「生姜焼きだ。じゃあ俺はカツカレーにする」

「俺もだ」


 二人で食券を買ってカウンタに並ぶと瞳さんが自分のお弁当だけを持って入って来た。一人だ。



「柚希 、俺なら良いんだぞ」

「気遣いありがとうな。でもとてもそんな気分じゃない」

「そうか」



 カウンタでカツカレーを受け取って空いているテーブルに着く。ちらっと瞳さんの方を見ると寂しそうな顔をして一人で食べている。


 彼女は姉ちゃんと同じクラスだ。多分教室でも俺を裏切った事がばれたんだろう。いつぐらい前から付き合っていたか知らないけど、まさか俺と付き合いながら他の人とも付き合っていたとは。それもラブホに昼間から入る関係なんて最悪だ。



「柚希、大丈夫か。上坂先輩を見ながらお前の顔凄い事になっているぞ」

「えっ!」

 そんなに見ていたのか。不味いな感情が露骨に顔に出ていたようだ。



 私、上坂瞳。朝教室に入った時、仲の良かった人に挨拶したけど全部無視された。幸い、机や椅子に嫌がらせは無かったけど。

 私が、席に着いても聞こえるのは私への軽蔑の声。


「あっ、来たわよ。良く来れるわね。どういう神経してんだろう」

「さあ、山神さんの弟さんと仲良くしながら、他の男ともラブホに行けるほどの神経持っているんだから、学校に来るくらいなんともないんじゃない」

「そうね。でも近付きたくないわね。心の醜さが移ってしまいそう」


「なあ、上坂って二人の男と同時に寝ているんだろう。やらせてくれないかな」

「聞いてみれば、結構簡単かもよ」

「スタイル良いし、いいかも」



 私は耳を塞いで教科書を見る振りをしていた。我慢していると予鈴が鳴った。助かった授業中は、聞かなくていい。


 中休みはトイレに逃げ込んだ。予鈴が鳴ると直ぐに教室に戻る事を繰り返した。そして昼休みは一人で学食に来た。


 柚希が私の方を見ている。凄く怒った顔をしている。とにかく放課後説明して本当の事を分かって貰えれば。




 やっと放課後になった。私は直ぐに教室を出て図書室に逃げ込んだ。ここなら周りからの聞きたくない声は聞かなくて済む。午後五時半になったら下駄箱の前で待っていればいい。




 俺、山神柚希。放課後は生徒会室にいる。今日も昨日と同じ様に西富副会長の指示で資料の仕分けをしたり、会計が表計算ソフトに打ち込んだ数字の複眼チェックをしている。

 

 これを間違えると各イベントの予算が狂うからスピードより正確性を求めていると言われた。結構大変だ。


 午後五時半を過ぎた所で

「柚希君、今日はここまででいいわ。明日またお願いね」

「はい」

「ねえ、今度一緒に帰ろうか」

「こらぁ、真紀子。弟に色目使うな!」

「えっ、一緒に帰ろうって言っただけです」

「そうやって。この前も庶務で入った子を誘惑しようとして辞めてしまっただろうが」

「はーい」

 前の子は遊び。この子なら本気でも良いと思ったんだけどな。



 俺は、生徒会室を出て下駄箱に行くと瞳さんが待っていた。俺は何も言わずに履き替えるとそのまま校舎を出た。


「待って、柚希。聞いてお願いだから」

「いいですよ」

 どうせ言い訳だけだろう。時間の無駄だけど一度は聞いてやろう。



 俺達は、駅の傍のファミレスに入った。なるべく隅の周りに人がいない場所を選んで座った。俺が黙っていると


「柚希、ごめんなさい。貴方に女の子と二人だけで会わないでと言いながら、私は他の男の人と二人で会ってしまった。本当にごめんなさい」

「…………」


「あの人は、お父さんの大事な取引先の社長の息子で、お父さんから仲良くして欲しいと言われた。

 私は柚希が居るから絶対に出来ないと言ったんだけど、大事な取引先だから頼むといわれて。

 最初はお父さんとその人と東京で会った。次の週は私一人で東京に行って会った。そしてこの前の週、その人がこっちに来たいからと言ったので、こちらで会った。どうしても仕方なかったの」


「俺が見なければそのまま続けていたんだろう。一緒に昼間からラブホに入る仲だもんな」

「違う、違う。あの時は二人で映画を見に行く予定だった…」


「ふうん、映画館とは全く別の方向だよね。嬉しそうに男と話しながらラブホに入って行ったじゃないか」

「入っていない。絶対に入っていない」

「無理言うなよ。俺の目の前でラブホ街に嬉しそうな顔をして手を繋いで行ったじゃないか。これだけの事実をどうするんだよ」


「入っていない。あの時は強引に手を繋がれて。ホテルに連れ込まれそうになったから振り切って逃げたの。絶対に入っていない。私は柚希だけしか知らない。心に有るのは柚希だけなの」

「説明に無理があるよ。言い訳ならもっと上手くしてくれ。それにもしそれが本当だとしてもなんで東京に行く前に俺に連絡しなかったんだ」

「それは…」

 確かに柚希の言う通りだ。なんであの時柚希に電話しなかったんだろう。


「俺は梨音や渡辺さんと会う時、必ずその前に瞳に連絡した。なんで瞳は俺に連絡しなかったんだ。どうせあいつと上手く行けば、その後俺を振ろうと思って頂けなんだろう。

 本当はもっと前から付き合っていたんじゃないのか。東京に行った時も男と一緒にホテルに泊まったんだろう。話がこれだけなら俺は帰る」


 話をしていても頭に来るだけの俺は、自分のドリンクバー料金だけおいて出ようとしたところで手を掴まれた。


「柚希、信じて。お願い」

「汚い手で触らないでくれ」


 俺は思い切り強い力で彼女の手を振りほどくとそのままファミレスを出た。駅に歩いて行くと

「待って、柚希。お願いだから」

 今度は腕を掴んで来た。それも思い切り外すと


「あの男と付き合えば良いじゃないか。瞳が俺を振るのは勝手だ。俺に魅力が無いのは分かっている。でもなあいつと付き合う前に俺を振って欲しかったよ」

「違う、違う。お願い信じて」


 俺は彼女の言っている事を無視してそのまま改札に入った。後ろから泣き声が聞こえたがそれも無視をした。


―――――


 これは不味い状態ですね。柚希と瞳これからどうなるんだろう?


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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