第29話 約束事


 瞳さんの唇が俺から離れた。そして

「柚希、いいのよ」


 そう言って俺の手が瞳さんの胸に持って行かれた。柔らかいとても柔らかい。したいそれが本音だ。でも…。


「瞳さん、俺もしたいです。思い切りしたいです。でもここで瞳さんに手を出したら自分自身が崩れ落ちそうで」

「いいよ。私があなたを支えてあげる」


 瞳さんが掴んでいる俺の手を彼女の胸から離して

「もう少し待って下さい。本当に俺が瞳さんを心の底から向き合えるまで」


 今の俺では、万一有った時の責任を取る心の準備が出来ていない。瞳さんの事は好きだ。でもこういう事をして万一妊娠でもしたら、責任感だけしか残らない。

この人もそれは望まないだろう。だからもっとこの人の全てを受け入れることが出来るまでこういう事はしない。


 瞳さんがいきなり俺の体に乗って来て肩に顔を乗せた。

「柚希のばか。こんなに必死なのに。でも柚希がそう言うなら我慢する。どうしたらあなたが心の底から私に向き合ってくれるの?」

「それは…」

「神崎さんの事、それとも渡辺さんの事?」

「二人共全く関係ありません。多分、瞳さんと知り合ったきっかけが理由なのかも知れません。自分でも分からないです。でもあなたを好きなのは本当の事です。だからもう少し待って下さい。俺の心があなただけを見る事が出来る様になるまで」


「…分かったわ。でもキスはもう良いよね。今しちゃったし。それとハグもいいよね」

「そうですね。でも学校では絶対にしないで下さいよ」

「ふふふっ、それは大丈夫。ゆっくりと思い切りしたいから」


 もう一度唇を合わせ俺を強く抱きしめて来た。瞳さんの柔らかい体を俺の体全身に感じている。いつまで我慢出来るだろうか。


 


 お昼は、瞳さんが作ってくれた。それを二人で食べてから彼女の部屋でリーダーも復習した。一時間位だけど。それからイチャイチャしながら二人で好きな本の話をしたりして過ごした。




 あっという間に午後五時になり

「もうすぐお母様が帰って来る。きちんと紹介するからそれまでいてね」

「いいんですか。俺なんかで」

「柚希!もうそういう言い方しないで。貴方は私が選んだ大好きな彼よ。しっかりとお母様に紹介したいの!」

「分かりました」


 本当に俺で良いんだろうか。俺はこの人に不釣り合いじゃないのか。俺の心の底に有る消えない疑問。これを俺が消化しきれない限りこの人を心の底から愛する事は出来ないだろう。



 やがて午後六時近くになり瞳さんのお母さんが帰宅した。この時俺達はリビングで談笑していた。直ぐに立ち上がって


「お母様、お帰りなさい」

「ただいま瞳さん。お客様がいらしていたの?」

「はい、紹介しますお母様。私が今お付き合いしている山神柚希さんです」

「山神柚希です。瞳さんとお付き合いさせて頂いています」


 お母さんが俺の顔そして頭の先から足の指先までしっかりと見た後、

「ご両親はなんのお仕事をしているの?」

「お母様、柚希に失礼です」

「良いんです瞳さん。父親は東京の大学で教授をしています。母は看護師です」

「そう、ご立派なお仕事ね。山神さん、瞳の事宜しく」


 無表情な顔でそう言うと廊下に出て奥の方に歩いて行ってしまった。


「柚希、ごめんなさい。お母様が失礼な事聞いて」

「良いんですよ。貴方が大切だからどんな男なのか心配になっただけでしょう。親なら当然の事です」

「柚希は変な所で大人ね」


「そ、そうですか。俺そろそろ帰ります。お母さんが帰って来たし」

「もっと一緒に居たいんだけど」

「また明日会えます」


 帰りも手を繋ぎながら一緒に歩いて駅まで行った。別れ際に頬にキスされたけど、まあいいや。




「ただいま」

「お帰り柚希」

 姉ちゃんが、何故か玄関に出て来た。珍しい。そして俺の顔をじっと見ている。


「どうしたの姉ちゃん?」

「柚希、今日は上坂さんのところ行って来たの?」

「えっ、何で分かるの?」

「そんな事はどうでもいいわ。行って来たの?」

「うん、数Ⅰとリーダーの復習を見て貰った」

「そう、あなた、上坂さんとはどこまで進んだの?最後までしたの?」

「してないよ。どういうつもりで聞いているのか知らないけど、そんな事姉ちゃんには関係無いだろう」

「関係なくないわよ。同じ二年だし。大事な弟の彼女の事は分かっておきたいわ。これからの事も含めてね」

 どういう意味だろう?


「まあいいわ、それよりダイニングに行く前に洗面所で顔を洗って来なさい」


そう言うと姉ちゃんはダイニングに行ってしまった。今日は夕食が早いのかな?俺は言われた通りに洗面所に行くと


「あーっ!」

 頬に瞳さんのキスマークが付いていた。だから姉ちゃんあんな事聞いたのか。しかし俺この顔で電車に乗って来たのか。もう後で瞳さんに言わないと!



 ダイニングに行くと母さんが夕飯の支度をしていた。姉ちゃんと一緒に食器を揃えたりして手伝った後、三人で食事を始めた。


「柚希、彼女出来たの?」

「まあね」

「そう、一度お母さんにも紹介して。柚希の彼女会って見たいわ」

「別に紹介する程でも」

「紹介する程でしょ。わが校一の美少女なんだから」

「えっ、柚希そんな女の子と付き合っているの。絶対紹介してよ」

「姉ちゃん…」

 もう余分な事言わなくてもいいのに。母さんは梨音と俺の経緯を知っているから考えてからと思ったのに。


「まあ、その内連れて来るよ」

「分かった。楽しみにしている」


 何故か姉ちゃんが俺の顔をじっと見ている。なんか変な事言ったかな?


―――――


 瞳さん、柚希との関係を確かに一歩進ませましたね。


次回をお楽しみに

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