将軍のスレイプニル 8
「おはようございます、ソラさん」
翌日の朝一番、ガルフォードは約束通りに大迷宮の前にいた。
かっちりとした鉄の鎧に身を包み、その腰には扱いやすい長さの剣を差している。目立つ真紅のマントも外し、ただ佇んでいる姿は王国の副将軍というより、新人の冒険者のように見える姿だった。
荷物を入れた鞄を抱え、大迷宮の前までやってきたソラに対して、ガルフォードは頭を下げてくる。
「随分早いですね、ガルフォードさん」
「いや、申し訳ない。気が急いてしまって」
「いえ、僕の方がお待たせしたようで申し訳ありません。では、早速行きましょう」
「はい」
ソラを先頭に、リンとガルフォードを伴い、アレスとベルガがそれに続く。
大迷宮に挑む冒険者の列が、次第に入り口まで近付くと共に、ガルフォードの表情は強張っている様子だった。まぁ、初めて大迷宮に入るとなれば、その気持ちは分からないでもない。
そしてリンの方も、やや緊張しているのか表情は固い。リンも二度目ということで、基本的にはソラの指示に従うように言ってある。
「さぁ、入りますよ――」
そして、列がようやく入り口に至って。
ソラは意気揚々と、グランシュ大迷宮へと乗り込んだ。
「とりあえず、ここから暫くはアレスを先頭に、中層まで向かいます。ベルガは殿に。ガルフォードさんとリンは、自分の身を守ることに専念してください」
「分かりました」
「うん」
大迷宮、上層。
既に様々な探索者によってマッピングされている大迷宮は、上層から中層あたりまでは詳細な地図が売られている。ソラはそんな地図を懐から取り出し、まずは真っ直ぐに中層を目指すことにした。
今回の目的は、あくまでスレイプニルの捕獲だ。スレイプニル以外の捕獲対象は相手にしない――それをまず、アレスにしっかり教え込む。
そして殿はベルガという形だが、これは一応という形だ。順々に大迷宮に冒険者が挑む上層の場合、ほとんど後方からの襲撃はない。だが間違いなくゼロというわけではないため、ベルガを最後方で警戒させておく。
「まぁ、上層はさほど強い相手も出ません。中層でも、浅い部分で無理はせず待機します。命を大事に行きましょう」
「はい」
アレスを先頭に、のんびりと進むソラ一行。
当然ながら魔物は現れるが、上層の魔物などアレスの敵ではない。集団で現れたインプを蹴散らし、オークを吹き飛ばし、ゴブリンを弾き、特段の問題もなく歩みを進めた。
ガルフォードは「なんという強さ……」とアレスに対して驚愕していた。
「さて……このあたりから、中層になります」
そうして歩き続けて、数時間。
既に大迷宮の外では、陽が中天にいるだろう頃合いの時間になって、ようやくソラたちは中層まで辿り着いた。
とはいえ、大きく大迷宮の中が様変わりしたというわけではない。その景色に変化はほとんどないし、ここから中層、という明らかな節目があるわけでもない。
ただ――。
「アレス、気合いを入れろ」
「ブモゥ」
現れる魔物――それが一段階強くなるのが、この場所からなのだ。
「グオォォォッ!!」
「ブモゥ!!」
オーガ――人型をした魔物の群れが、目の前から一気に襲いかかってくる。
目に見える位置だけでも、軽く六体。周囲で他の冒険者が戦っている音も聞こえるそこは、中層でも狩り場と呼ばれる魔物がよく湧く場所だ。小さな広場のようになっているその場所で、石壁を背にしてソラたちは陣を築く。
さすがに中層の魔物となれば、アレスでも簡単に蹴散らすことはできない。そのため、しっかり準備を整えた上で壁を背にし、ベルガにアレスの補助をさせる。
程なくして、アレスの暴虐とベルガの魔術によって、オーガの群れを始末した。
手際よく群れを始末したアレスの手腕に、ガルフォードが賞賛の声を上げる。
「凄まじいな……アレス殿は」
「ええ。アレスがいないと、僕は何もできません」
「割と本気で、従魔を使った魔物の軍でも作れはしないかと考えてしまいますな」
ひとまずオーガの群れを処理したことで、生じた一時の空白。
その間に、ソラは周囲の地形を確認した上で周辺に縄を配置し、準備を整えた。
「しかし……本当にここまで、何もしていないことが申し訳ないのだが」
「ですから、言ったでしょう。あくまで身を守ることを第一に。僕もたまに中層まで来ることはありますが、この辺で動きません。この辺りまでなら、アレスとベルガだけで対処できますので」
「なるほど……」
「ねぇ、ソラ。あたしは何をすればいいの?」
「リンは少し右に。向こうの縄を持って待機していてください。ガルフォードさんはひとまずここで。状況次第では、ガルフォードさんにも動いてもらいます。それはまた指示を出します」
「承知しました」
ソラの狩り方は、基本的に縄を設置することから始まる。
それこそ、一人で中層で狩りをするときには、アラクネの巣を作るかのように縄を設置することも多々あるくらいだ。
丁度いい機会だ、とソラはリンへと教えを進めることにした。
「いいですか、リン」
「うん」
「このように周囲の地形を、まず把握します。縄を引っかけることができる部分を確認して、どのように魔物を拘束できるかイメージします。そのイメージの通りに魔物を拘束するために、必要な部位に必要な縄を通します」
「ほへー……なんか、すっごい複雑」
地面に絵を描きながら、ソラはリンへと説明を行う。
蜘蛛の巣のように張り巡らせた縄の図――それを見て、リンはうげぇ、と顔をしかめた。
「分かりますか? 例えば魔物が突っ込んできたとき、縄がどう張るのかが予想できます。縄がどう張るか考えた上で、例えば二重にして縄を設置することで、片方が足に絡まり片方が張ります。そうすれば、魔物の足をその時点で拘束することができます」
「違う方向から来たらどうするの?」
「違う方向から来ないように、アレスに位置を調整してもらうんですよ。もしアレスが対処できないくらいの相手が来たら、容赦なく罠を発動します。それで少しの時間でも拘束して、アレスとベルガで対処します。そうなったら、もう一度罠の張り直しですね」
「うげぇ……」
「ですから、縄は消耗品なんですよ」
ふふっ、とソラは笑みを浮かべて説明を行い。
そして、未だに緊張した表情のままのガルフォードへと向き直った。
「ガルフォードさん、ここからは長いですよ」
「……そうなのですか?」
「ええ。スレイプニルが現れるまで、ここに滞在します」
「あ、あのさぁ、ソラ」
もじもじと足を動かすリンに対して。
ソラはその質問内容を理解した上で、言った。
「トイレは、必要なときにはベルガを連れて離れてしてください。ベルガはメスですから」
「それ入る前に聞きたかった!」
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