将軍のスレイプニル 6

「とりあえず、僕たちも準備に向かうことにしましょう」


 ガルフォードを一旦帰らせた後、ソラはリンに対してそう告げる。

 そんなソラの言葉に対して、リンは僅かに首を傾げた。


「さっきも準備って言ってたけど、何をするの?」


「主に買い出しですね。今回は、割と深くに潜る必要がありますので」


「深く……?」


「ええ。さっきも言ったと思いますが、スレイプニルは中層に出現するんですよ。浅い階層ではまず見かけません」


 師の覚え書き――それをリンにも見せているときに、説明したはずだ。

 だが、さすがに色々と詰め込みすぎたためか、リンはうーん、と首を捻る。


「その、さ」


「ええ」


「中層とかって、どういうことなの? あたし、大迷宮のことほとんど分かんないからさ」


「よくそれで魔物売りになろうと思いましたね」


 はぁ、と小さくソラは嘆息する。


「まぁ、道中で説明しましょう。あそこの店は、昼間しか開いていませんから。これからリンにも魔物売りとして活動してもらうわけですから、店の場所と買うものくらいは覚えてもらいます」


「うん、分かった」


 ソラは財布を持ってリンを伴い、施錠を確認してから家を出る。


「そういえば、なし崩しに僕の家に住み込みという形にはなりましたけど、リンはハンの街で家を借りる予定とかないんですか?」


「ソラが、嫌だって言うなら出てくけど」


「別に嫌というわけではありませんが、僕も一応若い男ですからね」


 嘆息交じりに、そうリンへ告げる。

 なんだかんだ同じ屋根の下で、七日ほど一緒に暮らしている。最初こそ少し緊張していたが、今となっては慣れた。

 むしろリンと家事を分担することができているため、ソラとしてはとても楽に過ごすことができているというのが本音である。

 ただ、自分でも言うようにソラも一応、若い男であるわけだ。

 若い女性であるリンと共に、同じ家で暮らしているというのも何か問題があるのではないかと、そう考えてしまうのである。


「ソラが嫌じゃないのなら、このままでいいわよ。それに、さ」


「ええ」


「むしろ、あたしが一人暮らしする方が不安になるし。変な奴来たときとか、どうすればいいか分かんない」


「あー……なるほど」


 まぁ、確かに懸念も分からないではない。

 実際ハンの街で冒険者をしている連中の中には、別の国で犯罪者として追われている者だって珍しくないのだ。どうしてもそういう理由もあり、治安は良くない。

 若い女性が一人暮らしをするとなれば、相当に実力が必要になることは間違いないだろう。


「まぁ、そういうことなら一人前になるまで使っていいですよ。僕も今のところ、他に弟子を取る予定はありませんから」


「ありがと。それじゃ、甘えさせてもらうね」


「ええ。それで……ええと、大迷宮の話でしたか」


 リンと肩を並べ、ハンの街の中央通り――最も店の並んでいるそこを歩く。

 大抵の冒険者は、この中央通りで装備や準備を整えてから大迷宮に行くことが多い。そのため、このあたりの店は朝早くからやっているのだ。ソラの知る限り、昼過ぎにならないと店を開けない店は一つしか知らない。

 もっとも、今日の目的はその店であるわけだが――。


「大迷宮は上層、中層、下層、最下層の四つからなっています。冒険者が勝手に呼び始めただけですけど、一応そうやって差別化されているんですよ。入り口から入って、しばらくの間は上層ですね」


「何か基準とかあるの? 降りるとか」


「基準が特にないんですよ。ただ、出てくる魔物が変化します。上層と中層の魔物は、その実力も大きく違います。圧倒的に中層の方が強いんです」


「……まじで?」


「まじです。下層まで行くと、ミノタウロスが当然のように群れで出てくるんですよ。僕は道中の護衛だったり、他の諸々の役割を全てアレスに任せているので、下層では生きていけません」


 肩をすくめ、そう告げるソラ。

 かつてアレスも、ソラが師――ゾリューと共に下層まで行き、自ら御したものだ。その間の周囲の護衛は、ゾリューと共に活動していた冒険者に任せていた。

 そして現在、ソラの持つ従魔はアレスとベルガの二体だけであるため、実力的には下層に行くことはできない。


「ふぅん……だから、ソラが捕まえたことのある魔物は、七種類しかいないのね」


「ええ。僕は足を伸ばしても、中層までですからね。下層なんて絶対に行きません」


「だったら、もっと従魔を捕まえたらいいのに」


「数がいれば強いってわけじゃないんです。まぁ……そのあたりは、追々話をしていきましょう。僕にとってベストなのは、アレスとベルガの二体がいることなんです」


 なんだかんだ、彼らと共に二年も魔物売りをやっているのだ。

 今更従魔を増やすとか、そういうのは考えにくい。


「さて、着きましたよ」


「ここ? えっと……『レイオット商店』?」


「そうです。僕の狩りに必要なものは、この商店で全部揃えています。むしろ、ここでしか売っていません。何せ……」


 店に入る前に、ソラは笑みを浮かべる。

 この店の店主、レイオット――その男は。


「かつて僕の師と共に活動していた、Aランクの冒険者ですから」












「おお、ソラ坊。なんだい、随分と別嬪の姉ちゃんを連れてんじゃねぇか」


「どうも、レイオットさん」


 店に入り、まず老年に達した店主――レイオットが、そう言ってきた。

 まぁ、今まで何度も買い物に訪れてきたけれど、ソラが誰かを伴ってやってきたことは初めてなのだ。そもそも今まで、弟子をとったこともなかったし。


「紹介します。僕の弟子になった、リンです」


「は、はじめまして。リンです」


「弟子? へぇ……あのソラ坊が弟子ねぇ。おっと、こりゃ失礼。俺ぁこの店の主をしてる、レイオットっておっさんだ。ソラ坊の弟子なら、今後も俺の店に来るだろうよ。よろしくな」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 礼儀正しく、レイオットに対して頭を下げるリン。

 そんなリンの反応に対して、レイオットもまた笑みを浮かべた。


「んで、今日は何が欲しいんだ?」


「縄を、普段より多めに。ちょっと今回、縛る足が多いんで」


「ほう? 何を捕まえようってんだ?」


「ええ」


 かつて師、ゾリューと共に大迷宮を訪れていた冒険者――レイオット。

 Aランクというのは、下層から帰ってきた冒険者だけが名乗ることのできるランクだ。彼は下層で生き延びるだけの実力を持ち、何度となく大迷宮に潜りながら、引退まで生き続けていられた稀有な例である。

 そして彼ならば、知っている。

 これから、ソラが捕まえようとしている魔物を。


「スレイプニルです」

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