将軍のスレイプニル 5

「スレイプニルを捕まえるにあたって、あなたにもやっていただくことがあります。ガルフォードさん」


「はい。何でもやります」


 ソラの言葉に対して、頷くガルフォード。

 なんとなく、ソラとしてはむず痒い感じだ。ソラよりも十以上も年上の男性から、そのように謙って喋られるのは。

 冷めてしまったお茶を飲み干して、ふぅ、とソラは息を吐く。


「まず、僕のやり方……師であるゾリューから教わったやり方において、僕がスレイプニルを御することはできません。あなたが僕と一緒に大迷宮に潜って、そこで一緒に罠を仕掛け、あなた自身にスレイプニルを懾伏してもらう必要があります」


「ええ、大丈夫です」


「その上で、あなたは大迷宮においては素人です。僕の指示には決して逆らわず、勝手な行動はしないでください。あなたが勝手な行動をし、その上で危険にさらされた場合、僕は手を引きます」


「分かりました」


 ソラの言葉に、あっさりと頷くガルフォード。

 恐らくこれがロックウェルならば、「何を偉そうに」とでも言ってくることだろう。

 しかし、真摯にソラを見据えるその眼差しは、信頼できる――そう思った。


「リン」


「……へ? え、あたし?」


「僕の弟子の、リンです。今回は彼女も同行します。とはいえ、まだ弟子になったばかりなので、基本的には彼女も僕の指示に従う形です。人手は多い方がいいので」


「分かりました。リン殿、よろしくお願いします」


「あ、えっと……はい。お願いします……」


 自信なさげに、ガルフォードに頭を下げるリン。

 ソラとしても、最初はケルピーとかバイコーンとか、懾伏させやすい魔物で経験を積ませたいと考えていた。だがこうなってしまった以上、リンにも協力させた方がいいだろう。

 ガルフォードはリンを見て、僅かに眉を寄せて首を傾げた。


「リン殿……ふむ。どこかでお会いしたことがあったかな?」


「へ? い、いや、あたし……」


「いや……気のせいか? いや、申し訳ない。以前見た貴族家のご息女が、あなたとよく似ていた気がしてね」


「あ、あたしは、貴族とか……そういうんじゃ、ないんで」


「いや、失礼した。それで、ソラ殿。私は何をすればいいのでしょうか」


 ガルフォードが、改めて視線をソラへと戻す。

 まぁ、リンも元貴族令嬢だ。王都とかで行われている夜会とか、そういうのに参加していたのだろう。本人は物凄く焦っている様子だったが、ガルフォードは他人の空似だと判断したようだ。


「まずは、明日までお待ちください。僕はこれから、準備を整えます。さすがにスレイプニルを相手にすることは想定していないので、色々と足りないものを買い足しに」


「分かりました。では、私は何を準備すれば?」


「最低限、ご自身を守れる武装を。あまり魔物とは戦い慣れていないと思いますので」


「……そうですね。分かりました、鎧を用意しておきます」


「あとは、僕の方で用意します。ですから……そうですね、明日の朝一番に、大迷宮の前にいてください。必要な物品を持って、僕も行きます」


「分かりました」













「なるほどな。そういうことなら、俺らが受けてやろうじゃねぇか」


 ハンの街、南の酒場――『黒い牙』。

 幾つかの酒場が並び、昼間から娼婦が客を求め、孤児が身を寄せて暮らすその場所は、決して治安の良い場所ではない。そんな酒場の一つ、『黒い牙』こそが魔物売りギルド『黒牙団』のたまり場だった。

 饐えたような臭いに鼻を曲げながら、グランシュ王国副将軍ロックウェル・レイヴンは目の前にいる男を見る。


 豪快な髭を生やした、片目を眼帯で覆っている男だ。

 軍人であるロックウェルと、さして変わらない体躯の偉丈夫。しかしその格好はかっちりとした軍服に身を包んでいるロックウェルと違って、動きやすい革の服である。しかも革の服についている血糊も落としておらず、頭を包んでいる黄色の頭巾にも血が滲んでいた。それだけの血を被りながら、洗ってもいないのだろう。

 恐らく道ばたで出会えば、盗賊が現れたと考えるような見た目――それが『黒牙団』の頭領である男、ガルフである。


「しっかし、そういう案件ならウチに来て正解だぜ。スレイプニルなんて珍しい魔物、扱ってんのは俺らくらいだ」


「……騎魔商のカルロス氏に、きみたちを勧められた」


「あのおっさんも見る目があんなぁ。だが、悪ぃがちっと道具が足りねぇ。スレイプニルの入るような檻は、今んとこ品切れしててな。何日くれぇで欲しいんだ?」


「できるだけ早くだ。急いでほしい」


「分かったよ。そういうことなら、板金屋の親父を脅して最優先させらぁ」


 くひひ、と笑うガルフ。

 そんなガルフの笑みに対しても、ロックウェルは醜悪さに眉を寄せた。


「んで報酬は白金貨五十枚、と。契約書だ。サインしな」


「ああ」


 ガルフから渡された書類に、ロックウェルはさらさらと自分の名を書く。

 内容は、事前に確認しているものだ。『黒牙団』はスレイプニルを捕らえ、ロックウェルに差し出す。その成功報酬として、ロックウェルは『黒牙団』に白金貨五十枚を支払う。この際、『黒牙団』がどれほどの損害を負おうとも、ロックウェルに一切の責任は生じない――そういった内容の羅列だ。


「それできみたちは、何日ほどで用意できるんだ?」


「さてなぁ。こればかりは運次第だ。上手いことスレイプニルと出会えりゃ、数日で引き渡すことができるだろうよ。ただし、会えなきゃいつまでも引き渡せねぇ」


「……いいだろう。お手並み拝見とする」


「ただし俺らが責任を持つのは、あんたに引き渡すまでだ。そこからスレイプニルが逃げ出そうと、死のうと、俺らは責任を持たねぇ」


「構わん。では任せたぞ」


 ふん、と鼻息荒くロックウェルは席を立つ。

 男たちの体臭で饐えた臭いのするような場所に、長く留まりたくはない――そんな感情ゆえか足早に、ロックウェルは真紅のマントを翻して酒場の出口に向かう。

 そこで、ふと思い出したようにロックウェルが振り返った。


「ああ、それと」


「何だい、旦那」


「私の他に、スレイプニルを手に入れようとしている輩がいたら……そいつは、殺しても構わない」


「あいよ」


 魔物売りギルド『黒牙団』。

 どのような手段を使ってでも、魔物を捕まえて売りさばく――それを信条としている彼らもまた、動き出す。

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