将軍のスレイプニル 4

「スレイプニルを捕まえるため、協力していただきたいのです」


 ガルフォードと名乗った男は、ソラに対してまずそう言った。

 ソラはまずガルフォードを通し、ソファに座らせて、それからベルガにお茶を淹れるよう指示を出す。

 程なくして、ベルガがそれぞれの席の前にお茶を置いた。


「その……ええと、スレイプニルを何故捕まえたいのかという話なんですが」


「ああ、事情は聞いています。将軍が既に高齢で、もうすぐ退役されるとか。それに伴い、副将軍が将軍に任じられるにあたって、慣例的にスレイプニルが必要なんですよね」


「……ご存じだったのですか?」


「ええ」


 ベルガから差し出されたお茶を、軽く啜ってから頷くソラ。

 さすがにソラとしても、全く同じ説明を二度聞こうとは思わなかった。

 そしてガルフォードは何か思い当たったかのように、はっ、と目を見開く。


「まさか、ロックウェルが既にここに……?」


「ええ。事情は彼から聞きました」


「なんと、先を越されましたか……」


「あの人、自分こそが将軍に相応しいと仰っていましたけど」


 偉そうにソラに対して、将軍に任じられるのは自分だけだと言っていたロックウェル。

 しかしそんなソラの言葉に対して、ガルフォードは僅かに顔をしかめた。


「ロックウェルは、典型的な貴族です。貴族の血を引く者こそが尊く、貴族でない生まれの者は見下します。あいつの率いる軍では、平民はどんなに頑張っても小隊長止まりです」


「そうなんですか」


「私は平民の生まれですが、今の将軍に目をかけていただいて、副将軍まで出世することができました。しかしあいつは、私が副将軍になったことが今でも気に入らない様子で、自分が将軍になったら平民は全て降格させる、とまで言っている始末です。戦の腕ではなく、貴族の血を引いているかどうかで地位が決まるのです」


 確かに、そんな感じの人物だなとは思った。

 元々の出自が、良家であることは間違いないだろう。そして生まれながらの特権階級にいたことが、その増長を生んだのだと思う。

 ですが、とガルフォードは一拍を置いて続けた。


「平民にも、才能のある者はいます。私の率いる部隊では、平民が貴族を率いることも珍しくはありません。あくまで軍における査定は実力主義で、出自など関係ない。私はそう考えています」


「はぁ」


「だけど、あいつはそれを認めません。あいつが将軍になったら能のない貴族が地位を持ち、平民はどれほど才能があっても活かされない。私は、それを認めるわけにいきません。ですから私はスレイプニルを従え王都に凱旋し、将軍になりたいのです」


 強く拳を握りしめて、ガルフォードは言う。

 なるほど、とソラは軽く嘆息した。貴族の副将軍と、平民の副将軍――今は、どちらにも将軍になる権利があるということ。

 そして将軍になるために必要なのは、スレイプニルを従えているかどうか。


「……そういうのって、王様が決めたりはしないんですか? どっちが将軍になる、みたいな」


「これは不本意なことですが、ロックウェルと私はグランシュ王国の双璧と呼ばれています。剣の腕は互角、戦功もほぼ互角……陛下としても、私とロックウェルのどちらが将軍に相応しいかをお悩みになられたのでしょう。ですから、私たちに条件を出しました」


「その条件が、スレイプニルと」


「そうです。先にスレイプニルを捕らえ、従えて凱旋した者を将軍に任ずる、と」


 実力は互角であり、片方は貴族の出自、片方は平民の出自。

 確かにそんな副将軍が二人いたら、王も決めがたいだろう。だから、敢えてそんな条件にしたということか。


「それで、僕のところに来たということですか」


「はい。最初は魔物売りとして高名なゾリュー殿をお訪ねしたのですが、既に魔物売りからは引退したと、そう断られました。それで誰かご紹介いただけないかとお願いしたところ、ソラ殿を紹介されまして」


「あー、なるほど。師匠から」


 魔物売りゾリュー。

 歴代でも唯一とさえ言える、ドラゴンを捕らえたことのある魔物売りだ。そして、技術を全てソラに仕込んでくれた師である。

 ちなみにゾリューの捕らえたドラゴンは、現在グランシュ王国の空軍で空軍兵長が乗る唯一の騎魔として有名だ。酒の席でよく、「ありゃ大変だったなぁ」と師は何度も振り返っていた。


「ですので、ソラ殿。どうかスレイプニルを捕らえるため、協力していただきたいのです」


 ソラに向けて、頭を下げてくるガルフォード。

 信用できそうな人物だ、とは思った。王国の副将軍という地位にありながら、ソラのような魔物売りに対してあっさり頭を下げる度量。出自が平民というのも一つの理由なのかもしれないが、それでも好感を抱けるものだ。

 だが、だからといってすぐに頷けるというものでもない。


「僕への報酬は、幾らほどでしょうか?」


「その……大した額を用意できず恐縮なのですが……」


「参考までにロックウェルさんからは、白金貨五十枚を提示されました」


「……っ!」


 頭を下げたままで、言葉に詰まるガルフォード。

 さすがに副将軍とはいえ、平民出身のガルフォードではそれだけの金額は出せないだろう。

 ガルフォードは顔を伏せたままで、ぐっと拳を握りしめる。


「私が出せる報酬は……白金貨、三枚です」


「なるほど」


「どうか……ご協力を」


「いいでしょう」


 はっ、とガルフォードが顔を上げた。

 まさか二つ返事で了承してもらえるとは、思いもしなかったのだろう。


「ロックウェルさんは僕のところに話を持ってきましたが、残念ながら断りました」


「えっ……」


「あなたの頼みも、断る予定でした」


 ふぅ、と小さく嘆息するソラ。

 スレイプニルなんて捕まえたこともないし、今後捕まえることもないと考えていた。だから、ガルフォードからの依頼も断ろうと、そう考えていたのだ。

 だが――。


「ですが……あなたは僕の師から、僕を紹介された」


「え、ええ……」


「師が僕を紹介したのなら、断ることはできません。協力しましょう」


 ソラが右手を差し出す。

 それに大してガルフォードは、感極まったように袖口で涙を拭って。


「どうか、よろしくお願いします」


「ええ」


 ぎゅっと、差し出したソラの手を握りしめる。

 既に――ガルフォードに差し出したお茶のカップは、冷め切っていた。

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