将軍のスレイプニル 2

「私はロックウェル・レイヴン。グランシュ王国軍の副将軍を務めている。まぁ、きみも掛けたまえよ」


「いや、歓迎した覚えは全くないのですが」


 騎士――ロックウェルは当然のようにソラの家に入ってきて、当然のようにソファに腰掛けてそう言った。

 別段、入ってください的なことを言った覚えはない。というか、厄介ごとの気がするからさっさと帰ってほしいというのが本音である。

 恐らく、姓があることを考えると貴族なのだろう。そして貴族というのは、こちらの都合など構いやしないのだ。


「先も言ったが、私のためにスレイプニルを捕まえてほしいのだよ」


「……それは、何故ですか?」


 ソラは溜息を吐くと共に、諦観してロックウェルの前に座る。

 そんなソラの隣で、一体どういうことよ、とでも言いたそうにリンがソラを見つめていた。どういうことなのか、現状ソラでも分かっていない。

 ふっ、とロックウェルが笑みを浮かべる。


「きみは知らないかもしれないが、グランシュ王国軍では将軍となるべき者は、スレイプニルに乗っている必要がある。スレイプニルは知っているな?」


「ええ、知っています」


「かつて雷鳴の騎士と名を馳せた初代将軍ヴァイザードがスレイプニルに騎乗し、戦場において先頭を駆けたとされている。そして、雷鳴の騎士ヴァイザードが戦死すると共に、スレイプニルもまた後を追った。生涯に一人の主人にしか仕えぬその生き様を、王国は騎士に見立てて誉れを送り、共に埋葬した。以降、王国の将軍はスレイプニルに乗っていることが慣例となっている」


「……らしいですね」


 先程、ソラがリンに対して説明していたことだ。

 生涯に一人の主人しか選ばず、主人が死ねば後を追う――その生き様が、当時の騎士の間で人気になったのだとか。

 うむ、とロックウェルは頷き、さらに続ける。


「現在の将軍はかなりの老齢でな、今月のうちに退役することが決まった。それに伴い、現在の副将軍がその任を引き継ぐことになっている」


「はぁ」


「そして私は副将軍の一人だ。慣例により副将軍が将軍へと昇進するにあたり、スレイプニルを捕まえなければならない。スレイプニルに乗っていない将軍など、長い歴史を見ても存在しないからだ」


「そうですか」


「五人いる副将軍のうち、三人は既に高齢であり遠からず退役することになるだろう。そして、残る一人は平民の出自だ。将軍という誉れある任を与えられるのに、適した人材はこの私、ロックウェル・レイヴンしか存在しないということだね」


「はぁ」


 ふっ、と自信満々の笑みを浮かべるロックウェル。

 事情は、一応理解できた。理解できた上で、ソラは大きく溜息を吐く。


「だから、私のためにスレイプニルを捕まえてほしいのだよ」


「難しいですね。スレイプニルはそう簡単に捕まえられるような魔物ではありません」


「東の広場にいた騎魔商のカルロス氏から、きみはとても優秀な魔物売りだと聞いた。きみならばスレイプニルも捕まえられるだろう?」


 余計なことを、とソラは思う。

 カルロスは随分とソラを過大評価してくれているけれど、ソラ自身は二流の魔物売りでしかない。そして今後、一流になることもないだろう。所詮、自分の捕まえることのできる程度の魔物しか捕まえず、より強い魔物になど挑戦しないのだから。

 ふっ、とロックウェルはそこで肩をすくめた。


「無論、それなりの報酬は出すつもりだ。唯一無二のスレイプニルを捕まえてもらうのだからね。成功報酬として五十を用意する。勿論、金貨ではない。白金貨で出そう」


「ぶっ――!」


「どうかね。破格の金額だと思うが」


 ふふっ、と余裕の笑みでソラを見据えるロックウェル。

 白金貨――金貨の十倍の価値を持つそれを、五十。その価値は、金貨にして五百。贅沢さえしなければ、一生働かなくてもいい金額だ。

 それだけの金額をぽんと出せることも凄まじいが、しかしソラは首を振った。


「カルロスさんからどう言われているかは知りませんが、僕はスレイプニルを捕まえたことなんて一度もありません。スレイプニルが出現するのは主に大迷宮の中層ですが、そちらに向かうこともほとんどありません」


「なに……?」


「それと先程ご自身で仰ったように、スレイプニルというのは生涯で一人の主人しか選びません。そのため、僕のやり方でスレイプニルを捕まえるとなれば、僕が主人になってしまいます。あなたに引き渡したところで、背には乗せてくれませんよ」


「ならば、やり方を変えればいいだろう」


 何を妙なことを、とでも言うかのようにロックウェルが眉を上げる。

 そんなロックウェルの言葉に、ソラは諦めたように首を振った。


「僕のやり方は、魔物に主従関係をすり込む方法です。僕はその方法以外で、魔物を連れ帰る方法を知りません。他のやり方で捕縛することをお望みならば、僕ではない魔物売りに依頼なさった方がいいと思います」


「そう言わず、なんとかならないか」


「そうですね……一つだけ方法はあります」


 ふぅ、と小さく嘆息。

 正直、白金貨五十枚という報酬は魅力的だ。それを魔物一匹で貰い受けることができるという、この仕事は。

 だが、ソラにはソラのやり方がある。


「あなたが僕と一緒に大迷宮に入り、僕と一緒にスレイプニルを捕まえると言うならば、可能です。その場であなたが、スレイプニルを相手に主従関係を築くんです。危険は伴いますが、それ以外に方法はありません」


「ほう……」


「それでも構わないのであれば、受けますよ。ただし、大迷宮の中では僕の指示に従ってもらいますし、勝手な行動は許しません」


「なるほどな」


 リンがまだレジーナだった頃、彼女にやらせたことと同じだ。

 彼女の場合はグリフィンだったが、今回はスレイプニル――自尊心の高い魔物であるため、恐らく懾伏するのに四日はかかるだろう。だが、ソラのやり方でスレイプニルを捕まえるのであれば、それ以外に方法はない。

 しかしそんなソラの言葉に対して、ロックウェルは眉を寄せて席を立った。


「では仕方あるまい。他の魔物売りをあたることにしよう」


「そうですか」


「当然だ」


 ふん、とロックウェルは思いきり、ソラを見下し。


「ふざけるな。偉大なる王国軍の将軍となるべき私が、魔物売りと共に大迷宮になど行くわけがあるまい」


 そう言って背を向け、出て行った。

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