将軍のスレイプニル 1

 レジーナ・ノーウェル改め魔物売りの弟子リンが、ソラの弟子となって七日。

 魔物売りの仕事について、ほとんど経験のないリンに対して、ソラはまず座学を行っていた。


「狼型はガルム、フェンリル。馬型はバイコーン、ケルピー、ペガサス、ユニコーン、スレイプニル。獅子型はキマイラ、マンティコア、グリフィン。鳥型はハーピー、ルク、ガルーダ。あとはあまり人気はないですけど、牛型のカトブレパス。最後に、強さも捕獲難易度も異常に高いドラゴンに、亜種のワイバーン。これが今のところ、騎魔として懾伏しょうふくできる魔物の種類です」


「結構少ないのね……ええと、十六?」


 ソラの説明に対して、リンはそう不思議そうに眉を上げる。

 ええ、とソラは目の前に広げている覚え書きを見せながら頷いた。


「あくまで、騎魔として扱うならですけどね。四つの足があって、人を乗せることができる魔物というのが、割と少ないんですよ。ただの従魔でいいのなら、特に気にしなくてもいいんですけど」


「へぇ」


「僕がそのうち捕らえることができるのは、七種類だけです」


「え……そうなの?」


「ええ」


 驚きに目を見開くリンに対して、ソラは頷く。

 ソラはまだ、魔物売りとして独立して二年ほどだ。それも、アレスとベルガの助けこそあるとはいえ、基本的には一人でやっている。そして強力な魔物を騎魔にしようと思えば、人手も必要になるのだ。

 そのためソラのやり方は、無理をせず自分で捕らえることのできる相手だけを捕まえる。

 自分が死んでしまっては、何の意味もないのだから。


「そうです。僕に捕らえることのできるのは、狼型のガルム、馬型のバイコーン、ケルピー、ペガサス、獅子型のキマイラ、グリフィン、鳥型のハーピー。以上です」


「他の魔物は、難しいってこと?」


「そうですね。例えば狼型のフェンリルは、最下層にしか存在しません。ですので、浅い階層で活動する僕は、まだ見たことがないんですよ。さらにペガサス、ルクは最下層の少し手前、かなり広がった空間にしかいません。そこの空高くを飛んでいるので、捕まえる方法が僕にはないんですよ。他の魔物も、そんな感じの理由ですね」


「へぇ……ペガサスとか、結構見かける気がするけど」


「僕じゃない魔物売りも、ハンの街にはそこそこいますからね。彼らが命の危険を顧みず、捕獲してくれるから市場に並ぶんです」


 説明を行いながら、ソラは小さく嘆息する。

 魔物売りとしてはまだ二流でしかないソラは、あくまで自分の食い扶持を稼ぐためにやっているだけだ。無理をしてまで強力な魔物を捕まえたいとは思わないし、挑戦する必要もないと考えている。

 それを、怯懦と呼ぶ者もいるかもしれないが――。


「ふぅん。とりあえず、あたしはソラのやり方を教わればいいってこと?」


「そうですね。やり方は、先日グリフィンを捕まえたときと同じです。動きを止め、拘束し、沈静させて、懾伏する。ですが魔物の種類によっては、拘束する部位も異なります。キマイラなんかは火を吐いてきますから、顎も拘束する必要があるんですよ」


「顎? つまり口を開けさせなくするってこと?」


「そういうことです。ですが、こちらの拘束は他の拘束と独立している必要があります。捕縛しているキマイラに、餌を与えないと懾伏できませんからね。ですから餌を与えるために口を開けさせて、再び縛る。その繰り返しです。ドラゴンなんかもそうらしいですが、僕に詳しいことは分かりません」


「へー……」


 覚え書きを見ながら、リンがうんうんと頷いている。

 完全に未経験というわけでなく、先日グリフィンを捕らえた経験というのが生きているのだろう。どうやら、迷宮の中で自分が魔物を捕らえている姿を想像しているようだ。

 そんな中で、リンは覚え書きにある魔物の名前を指さした。


「このスレイプニルっていうのは?」


「中層あたりにいる、大型の魔物ですよ。大きさは、普通の馬の二倍くらいです。自在に電撃を放ってくるので、捕らえるならそれなりの装備が必要になります。足が八本あるのが特徴ですね」


「へぇ。あたし、見たことないわ」


「だと思いますよ。市場には並ばない騎魔ですから。少し特殊なんですよね」


 スレイプニル――八本足の馬。

 ソラが捕まえたことのない魔物の一種であり、そして今後も捕まえることのないだろう魔物である。


「スレイプニルは、その生涯で主人を一人しか選ばないんです」


「へ? そうなの?」


「ええ。そういう特性を持っていますから、主人が死ねば後を追います。主人に捨てられたら、衰弱して死に至ります。ですから、僕では捕らえたところで意味がないんですよ。売れませんから」


「あ……あー、そっか。ソラが捕まえたら、ソラが主人になっちゃうから」


「そういうことです。他の騎魔と違って、調教することができないんですよね。そういう忠誠心が、王国の騎士には人気らしいですけど。グランシュ王国の騎士団で、将軍がスレイプニルに乗っているというのは有名ですよ」


「へー……その将軍って、自分でスレイプニルを捕まえてるってこと?」


「まぁ、そういう人もいます」


 リンの質問に対して、ソラは笑みを浮かべて言葉を濁す。

 魔物売りが全員、魔物をしっかり懾伏させて売っているわけではないのだ。これはソラ、ならびに師の流儀に反するため、今のところそういった連中との付き合いはない。


「中には……おや?」


 そこで、ごんごん、とソラの自宅――その扉が叩かれた。

 ソラがこの家を購入して二年ほどだが、来客というのは珍しい。そもそも活動範囲が狭く、他の冒険者となれ合うこともないソラは、知り合いも少ないのだ。

 ひとまずリンへの講釈を一度中断し、ソラは扉まで向かう。


「はい?」


「ああ、失礼。ここは魔物売りソラの家で間違いないか?」


「ええ、僕がソラですが」


 扉を開いた先にいたのは、ソラの背丈を遥かに超える金髪の偉丈夫だった。

 細身のソラの、足よりも太い腕。鍛えているのであろう体つきは、その辺の冒険者ではとても敵わないだろうと思うほどだ。しかしハンの街には見合わない、かっちりとした上等な服を身につけ、真紅のマントまで羽織っている。

 何者だろう――そう、ソラが訝しんで眉を寄せると。


「頼みがあって来た。私のためにスレイプニルを捕まえてくれ」


 男はそう言って、白い歯を見せて笑みを浮かべる。

 そんな言葉に対して、ソラは思った。


 ああ、また厄介ごとが来た。

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