騎魔を求む少女 7

 騎魔の中でも、最も速度を出せるものがグリフィンである――巷では、そう言われている。

 これはある意味正しく、ある意味間違っている認識だ。速度だけを求めるならば、ルクなどの鳥型である方が速く飛ぶことはできる。だが、「人を乗せて」という前提が加わると、そもそもの力強さが必要になってくるのだ。

 旅人の荷が軽いということは、滅多にない。街から街へと移動するにしても、少なからず荷物は必要になる。その荷が多ければ多いほど、騎魔の速度もまた落ちる。ルクやハーピーなどの鳥型になると、重みによって速度が出せないこともままあることだ。


 だが、グリフィンは違う。

 獅子の体はどれほど重い荷であっても運ぶことができ、全身鎧を着込んだ兵士が背に乗っても問題なく飛翔する。そのため、国軍における空騎兵は主にグリフィンに乗っているのだとか。

 そんな魔物――グリフィンが今、ソラたちの目の前にいた。


「ケェェェェッ!!」


 鋭い嘴から、咆吼を一つ。

 それと共に、周囲が震えるような衝撃が走った。グリフィンの放つ衝撃波――それが鋭く大地を震わす乱打となり、四方八方へと広がる。

 アレスが全身鎧で衝撃を受け止め、棒を構えて立ち塞がった。本来ならば、ソラとレジーナもまた乱打に晒されるところを、その身で守ったのである。レジーナはそんなグリフィンの威圧感に震えながら、しかし目を閉じることはしなかった。

 これが、グリフィン。

 危険度Aの魔物――そして、レジーナの騎魔となるもの。


「レジーナさん、グリフィンを相手にするのは、さすがの僕も骨が折れる」


「えっ……そ、そうなの?」


「ですから、あなたにも手伝ってもらいます。僕の指示通りに動いてください」


「そ、それもうちょっと早く言ってくれない!?」


「僕もまさか、希望通りにグリフィンが来るとは思っていなかったんですよ」


 はぁ、とソラは軽く溜息。

 こんな浅い階層に、グリフィンが出てくることは滅多にない。先日捕らえ、カルロスのところに売ったグリフィンも、ソラが少し足を伸ばして下層まで行ったからだ。割と苦労したけれど、苦労した分だけ実入りにはなってくれた。

 だというのに、さほども待たずにしてグリフィンが現れるとは――。


「ひとまず、アレスがグリフィンを抑えます。僕たちはまず、準備を整えます。レジーナさんは合図と共にグリフィンの右側に行ってください。そこにある岩に縄を引っかけて、僕に向かって投げてくるだけの仕事です。できないとは言わせません」


「ど、どういう……」


「やれば分かります。ベルガ、《束縛バインド》準備」


 戸惑うレジーナを尻目に、ソラは行動を開始する。

 荷物の中から新たに購入した縄――アラクネの繊維を混ぜた特別製のそれを取り出し、その端を持つ。そして慎重に行うのは場所取りだ。グリフィンに認識されることなく、最も近い距離まで近付く。あまり近付きすぎればグリフィンに捕捉されるし、離れすぎたら近付くのに時間がかかる。だから出来るだけ、アレスが留めている間に距離を詰める必要があるのだ。

 そうして位置取りを終えてから、ソラはグリフィンを見据えたままで告げる。


「ベルガ、《束縛バインド》発動。レジーナさん、右へ!」


「――《束縛バインド》」


 ベルガの杖がひらりと舞い、同時にグリフィンの足元から絡みつく影が現れる。

 それはグリフィンの四肢に絡みつき、翼の根元を捉え、その動きを止める。突然の束縛に対してグリフィンは嘶きを一つ上げ、戸惑いに首を振った。そしてアレスはその嘴から放たれる風の刃を、全身鎧で全て受け止める。

 同時に、ソラは行動を開始した。

 グリフィンの四肢、その根元に縄を絡みつかせ、体に二重三重に縄を巻き付ける。そして、指示通りグリフィンの右側に移動したレジーナへ向けて錘をつけた縄の先を投げる。

 レジーナの横にあるのは、大迷宮の床から盛り上がっている巨岩。ソラの指示通りにレジーナは縄をその岩へと引っかけて、再びソラへと投げ返してくる。


「こうでいいの!?」


「ええ、そうです」


 ソラは投げ返された錘を受け止め、縄を引く。

 グリフィンの魔術抵抗力は高く、ベルガの《束縛バインド》で拘束しておける時間は、さほど長くない。せいぜい数分といったところだろう。

 ソラはその間に、グリフィンを完全に拘束する必要があるのだ。動かないように、逃がさないように、攻撃させないように。

 流れるようにソラはグリフィンの全身に縄を絡め、そして首を固定してから再びレジーナへと錘を投げる。レジーナは戸惑いながらも、指示通りに岩へと縄を絡め、再びソラへと投げ返す。


「……間に合うか」


 グリフィンの四肢に絡みつく影が、次第に弱まってくるのが分かる。

 錘を引っ張り、縄を張り、ソラはそこできゅっ、と締めた。

 蜘蛛の糸のように、絡め取る罠が大迷宮の空間に広がる。その中心にいるグリフィンの足元から、ベルガの《束縛バインド》によって生み出された絡みつく影が消失した。


「ケェェェェッ!!」


「よしっ!」


 最後に、錘のついた縄の先端ともう一方の先端を結びつける――それで、終わりだ。

 グリフィンへの《束縛バインド》が切れた瞬間に、ようやくソラの罠は完成を迎えた。

 ふぅ、と息を吐き、縄から手を離す。


「……お疲れ様でした、レジーナさん」


「あたし、ほとんど何もしてない気が」


「いいえ。僕が右側に回り込んで、岩に引っかけて、もう一度グリフィンに向かう……そのタイムロスが、結構あるんですよ。魔術抵抗力の高い魔物だと、そのせいで拘束できないことも多々あります。先日はそれで時間が掛かってしまったので、一部を任せました」


「……そうなんだ?」


 よく分かっていない様子で、首を傾げるレジーナ。

 実際、以前に捕らえたグリフィンのときには、ソラが事前に罠を張ってようやくぎりぎりだったのだ。今回、ほとんど準備もすることができずグリフィンが現れたため、レジーナを使う他になかった。

 今後は、助手として誰か雇った方がいいだろうか――そんな風にも考える。


「では、レジーナさん。ここからが本番です」


「え……え?」


 グリフィンは捕らえた。だが、これで終わりではない。

 魔物売りはここから、魔物を懾伏させなければならないのだ。


「グリフィンを、従えてください」

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