騎魔を求む少女 6

「参考までにですが、騎魔の希望はグリフィン、ペガサス、ケルピーのいずれかでいいですか?」


「ほへ?」


「騎魔の希望です」


 ソラのそんな質問に対して、レジーナは眉を上げて首を傾げる。

 唐突な質問であったし、絶え間なく襲ってくる魔物をアレス、ベルガがひたすら倒し続け、辺り一帯に血の臭いが満ちている状況だ。その表情には戸惑いが見える。

 ソラは小さく溜息を吐いて、さらに続けた。


「騎魔というのも、幾つかの種類があります。逆に言うと、幾つかの種類しか騎魔にすることはできません」


「え、ええ……」


「大迷宮では何百種類もの魔物が出現しますが、騎魔にできるのは十数種類です。少なくとも人を背に乗せることができ、懾伏しょうふくできることが前提になりますから」


 ソラも大迷宮の全てを知っているわけではないが、出てくる魔物のほとんどは騎魔にすることができない。

 インプやヘルハウンドなど、小さめの魔物はそもそも向かないし、ゴブリンやオーク、オーガなど人型も背に乗ることはできない。ヘルスパイダーやギガントアントなどの虫型はそもそも懾伏させることができず、スケルトンやゾンビなどのアンデッドも騎魔として迎えることはできないのだ。

 四つの脚を持ち、背に乗ることができる――その条件を満たすことのできる魔物というのは、実は少ないのである。


「ですから一応、訊いているんです。何の背中に乗りたいのか」


「……そ、そうね、昨日は一応、グリフィンとかペガサスがいいって、そう言ったけど」


「空を飛ぶことのできる魔物がいいなら、ルクのような鳥型でも可能ではあります。鳥型は割と乗るのにコツがいるらしいですが、慣れると速いらしいですよ。半人でもいいなら、ハーピーも一応乗れます」


「鳥型……」


「彼らのいい点は、宿の屋根で待ってくれることですね。馬型や狼型を使いたいなら、ちゃんと騎魔用の厩を備えた宿に泊まらないといけません。そうでなければ騎魔が盗まれます」


「……どういうこと?」


 淡々と説明するソラの言葉に、レジーナはよく分からないと首を傾げた。

 まぁ、今まで旅などしたこともない貴族令嬢だ。そのあたりも、理解できないのは仕方ないだろう。


「騎魔というのは、人に慣らした魔物です。誰が主人になってもいいように、基本的にはどんな人間が近付いても襲いません。自分以外の人間が近くに寄ったら食い殺してしまう魔物を、さすがに人里には放てないでしょう?」


「あー……うん、そうね」


「ですが人に慣らしているということは、もし悪い奴が騎魔を盗もうと近付いて、その背中に乗っても、抵抗しないということなんです。騎魔の中には主人の匂いを覚えて、主人以外には絶対に背に乗せないという種類もいます。でもケルピーなんかはよく人に慣れやすいですから、そういった悪漢が勝手に盗み出すこともままあるんですよ」


「へぇ……」


 近付いてきた魔物――スケルトンの群れを、アレスが蹴散らす。

 どれほど倒しても血の臭いを撒かないアンデッドは、普通の冒険者からすれば魔物を呼ばないため重宝される。だが、ソラの狩りにおいては邪魔で仕方ない。

 既に狩りを始めて半日ほど経ているが、今のところ騎魔になる魔物は近付いてきていなかった。


「ですから、騎魔を持つ者は専用の厩がある宿にしか泊まることができないんです。そして、この宿というのが割と高いんですよ。ハンの街にも騎魔を預ける厩のある宿は、全体の二割くらいです。安い宿だと、騎魔を預ける厩がありません。夜の厩番が必要になりますから、どうしてもそこに経費がかかりますからね」


「ふぅん……それが、鳥型の騎魔なら大丈夫ってこと?」


「ええ。鳥型はそもそも厩が必要ありません。彼らは、主人の泊まる宿の屋根で羽を休めますから。わざわざ宿屋の屋根まで上って、鳥型の騎魔を盗む奴はいませんよ」


「そうね……じゃ、鳥型がいいのかしら」


「ただ、一朝一夕で乗りこなせるものではありません。馬に乗るのとは、全く勝手が違うといいます。そのあたりは、僕も乗ったことがないので分かりません。もし鳥型にするのなら、懾伏させてからカルロスさんのところで尋ねた方がいいですよ」


 さらに血の臭いに導かれて、インプの群れが現れる。

 アレスが棒で叩き落とし、ベルガが《火炎弾ファイアボール》で燃やし、決してソラに近付けさせない。そしてソラは焚き火を絶やさないように、時折薪を投入しながら座って待っていた。

 先日のケルピーがすぐに来てくれたのは、本当に運が良かったのだ。こうして待つ狩りというのは、目的の魔物が数日来てくれないこともざらにある。


「じゃあ、どうすればいいのよ」


「ですから、尋ねているんですよ。レジーナさんがこれから、どんな騎魔に乗りたいのか」


「……そう言われても、なんだか、どうすればいいのか分からないわ」


「何でもいいなら、騎魔にできる魔物が来てくれたら、それを懾伏させます」


「いや、何でもいいってわけじゃないけど……」


 うぅん、とレジーナが腕を組む。

 優柔不断な客だ、とソラは溜息を吐きたくなるのを堪えた。魔物売りであるソラからすれば、普段は獲物を厳選することもない。最初に近付いてきた、騎魔にできる魔物がいれば捕らえればいいだけの話だからだ。

 その騎魔を売る客を選ぶのは、カルロスの役目だったのだから。


「そうね……じゃ、グリフィン。グリフィンがいいわ」


「分かりました、グリフィンですね」


「ペガサスでもでもいいわ。さっき言ってたみたいに、鳥型でもいい。とにかく、空を飛べる騎魔が欲しいの」


「なるほど」


「あたし、騎魔に乗って空を飛びたい」


 レジーナが、そう虚空を眺めて呟く。

 恐らくそれは、彼女の本音なのだろう。鳥や翼というのは、自由の象徴だ。背に乗って空を翔る――それを、自由だと思う者はいるだろう。

 貴族家の令嬢として、自由など与えられず生きてきたからこそ、そこに自由を見出す。

 それが自然と、空を飛びたいという気持ちになって吐露されたのだ。


「……あなたは、運がいい」


「へ?」


「グリフィンと聞いて、数日は待つ覚悟でした。最悪は別の騎魔を捕まえて、次の機会にしようと。滅多にグリフィンは、浅い階層に現れませんからね」


 ソラは立ち上がる。

 その視線の向こうに広がる、深い闇――そこに翼の羽ばたく音を聞いて。


「アレス、迎えうて」


「ブモゥ」


 闇の中から現れたのは、鋭く尖った鷲の嘴。

 雄々しく黄金に猛る、獅子の体。

 その背に広がる、純白の双翼。


「あなたの目的――グリフィンが、来ましたよ」


 危険度A、騎魔としては恐らく一番人気の魔物。

 グリフィンが、そこにいた。

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