騎魔を求む少女 5
翌朝、ソラはレジーナを伴って大迷宮まで訪れていた。
当然ながら、従魔であるアレス、ベルガも一緒だ。彼らがいなければ、ソラはまともに狩りをすることもできない。
「……随分、並んでるのね」
「朝一の大迷宮は、大体こんな感じですよ。ほとんどの冒険者は、日帰りですからね」
「日帰り?」
「朝に大迷宮に行って、昼間戦って、夕方帰ってくることです。ですから、浅い階層は冒険者で埋まるんですよ。腕の自信のあるパーティだと、数日潜ることもありますけど」
「へぇ……」
「ちなみに、僕たちも浅い階層です。そっちの方が、安全ですからね」
大して待つこともなく、ソラは大迷宮の入り口に来る。
例えるならそれは、地上に浮き出た
僅かにたじろいだレジーナの背を押し、ソラは大迷宮へ一歩踏み出す。
何度も、何十度も、何百度来ても。
この大迷宮に入る瞬間だけは、緊張するものだ――そう独りごちて。
「そういうわけで、僕たちはこの辺りで狩りを始めます」
「……こんなに、入り口近くでいいの?」
ソラたちが陣取ったのは、入り口からまっすぐ歩いた先を左に曲がり、すぐの場所だった。
あまりにもすぐに到着し、かつ今まで魔物と出会うこともなかったからか、レジーナが不思議そうに首を傾げた。
「さっきも言ったように、浅い階層の方が安全なんですよ。人がよく通りますから、魔物もあまり活性化しませんので」
「ふぅん……」
「じゃあアレス、頼むよ」
「ブモゥ」
兜越しにそう答えて、アレスがずしん、ずしんと奥に向かう。
ソラはそこでひとまず、荷物から薪と炭を取り出して焚き火を作る。ベルガはアレスの不在の間、周囲の警戒を行う。レジーナただ一人、戸惑ったように周囲をきょろきょろと見回していた。
まぁ、初めての大迷宮だ。そうなるのも仕方あるまい。
「基本的には、僕が準備を整えます。それまでの間、レジーナさんは自分を守ってください。もし危険が迫れば、アレスかベルガの近くに行ってください。少なくとも、レジーナさんのことは守ってくれます」
「わ、分かったわ。何か手伝えることはある?」
「今のところは大丈夫です。とりあえず、心を落ち着かせてください。今から、レジーナさんは魔物の主人になるんですから、とにかく気持ちを強く持つことを心がけてください」
「う、うん……」
レジーナは戸惑いつつも、深呼吸をしてから目を閉じる。
彼女なりに落ち着こうとしているのだろうが、大迷宮という危険な場所で目を閉じるのは、あまり良くない。一瞬でも気を緩めてはならない大迷宮において、視覚情報を自ら封じるのは愚の骨頂だ。
だが、かといってそれを注意しようとも思わない。どうせ今回で騎魔を与えれば、レジーナと一緒に大迷宮に行くことなど二度とないのだから。
「うん……大丈夫。落ち着いたわ」
「でしたら結構……おっと、来ましたね」
ずしん、ずしんと響く足音。
それは全身鎧のアレスが、こちらに向かって走っている音だ。
ソラがそちらの方向に目を向けると、アレスが背後に魔物――三匹のヘルハウンドを従えて戻ってきたところだった。
ヘルハウンド。
大迷宮において、その危険度はCと低位の魔物だ。動きこそ素早いが牙と爪以外に攻撃手段もなく、体もそれほど大きくない。普通の狼と同じ程度の強さであり、共通しているのは群れを作るということだろう。
小規模な群れと当たったのか、はたまた群れをはぐれた者と出会ったのか、アレスがその後ろに従えているのは三匹だった。
「ひっ……!」
やや広い、焚き火に照らされた空間までヘルハウンドを連れてきてから、アレスはくるりと体を反転させる。
先程までヘルハウンドを相手に逃げていただけの状態から、戦う姿勢に。その腕に持った巨大な棒で、まず一番近いヘルハウンドを叩く。頭へと振り下ろしたそれはヘルハウンドの頭蓋を砕き、脳漿を散らし、血を周囲に撒いた。
「グルゥッ……!」
「ブモゥ」
残るヘルハウンド二匹が、動きを止める。
自分たちの同胞が苦も無く倒されたことに、疑問を抱いているのだろう。先程まで、自分たちが狩る側だったというのに、それが逆転しているのだから。
僅かにたじろぎ、しかし「グルル……」と唸り声を上げて、ヘルハウンドは二方から一斉にアレスへと襲いかかる。
「ブモゥ!」
しかし、アレスは片方のヘルハウンドを棒で打ち倒し、もう片方を腕で叩き落とす。
棒で打たれた方はそのまま壁に激突し、ありえない方向に首が曲がっている状態で、ぴくぴくと痙攣していた。そして腕で打たれた方は地面に叩き落とされると共に、アレスの踏みつけによって首から上を潰される。
一瞬で二匹のヘルハウンドが屍と化し、血を周囲全域にばら撒き、ようやく戦いは終わった。
「ご苦労様、アレス」
「ブモゥ」
「さて……あとは待つだけです」
「ど、どういうこと!? 一体どういうこと!?」
「ああ……」
普段のソラは、アレスとベルガと共に狩りを行っている。
彼らはソラの考えが分かるし、やることも理解している。先程までアレスが戦っている間も、ベルガは決して周囲の警戒を怠ることなく立っていた。それに対し、レジーナはただ「えっ? えっ?」と戸惑い続けていただけだった。
「こうやって、血を撒くことで魔物を呼び寄せるんですよ」
「呼び寄せる……?」
「ええ。魔物は血の臭いに敏感です。血の臭いがあれば、そこに魔物は集まります。ですから、ここでやってくる魔物を待つんです。目的の相手が現れるまで」
「……それが、魔物売りの狩り方、なの?」
「そうです」
ソラは岩に座り、何が訪れてもいいように待つ。
アレスは棒を構え、血の海の中で佇む。ベルガはやや離れた位置で、周囲を警戒する。
魔物売りであるソラの狩りにおいて、最もかかるのは待ち時間だ。
血の臭いに惹かれた魔物が、騎魔となる魔物であれば生け捕る。騎魔とならない魔物であるならば殺す。それでさらに血の臭いを充満させ、次の標的を待つ。
どうせ魔物は、大迷宮に漂う魔の気でいくらでも沸くのだ。だから待っていれば、そのうち騎魔となってくれる魔物が来てくれるだろう。
「まぁ、ゆっくり待ちましょう。何か来ても、アレスが倒してくれます」
「え、ええ……」
不安そうなレジーナに対して、ソラは微笑んでそう告げた。
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