騎魔を求む少女 3

 ソラの言葉に対して、レジーナは目を見開く。

 自分で騎魔を捕まえる――そんなことが、本当にできるのかと。


「あたしが、自分で……?」


「ええ、そうです。先程も言いましたが、僕がカルロスさんに売ったケルピーは、僕と主従関係にありました。僕は魔物に対して主従関係をすり込み、僕に逆らわないようにしているんです。他の魔物売りの中には、魔物を死なない程度に傷つけて無理やり連れ帰る者もいますが、それは僕の流儀じゃない」


 ソラの技術は、かつて師から教わったものだ。

 魔物売り――冒険者よりも危険だとされるこの仕事を、一から仕込んでくれた師に。


「ですから、あなたが僕のやり方をもって自分で捕まえるのならば、調教の必要はありません。あなたに従う騎魔になってくれます。その後も世話さえ怠らなければ、決して逆らいません」


「……本当、に?」


「本当です」


 真剣な眼差しで、ソラはレジーナを見る。

 その目から伝わってくるのは、疑念だ。だが、その疑念の先にいるのはソラではない。

 レジーナが、自分自身に対して――自分が騎魔を従わせることができるのか。


「僕は、しばらく大迷宮に入らず休んでいようと思っていたのですが、気が変わりました。明日、大迷宮へ入ります。レジーナさんも一緒に来てください」


「えっ……あ、うん」


「ですが、その前に幾つかの準備が必要になります。それは僕だけじゃなく、あなたも」


「あたしも?」


 ソラの言葉に、レジーナは僅かに眉を上げる。


「髪と服に、こだわりはありますか?」


「へ?」


「こだわりがないのなら、高級そうな服を着て、いかにもお貴族のご令嬢という格好はやめてください。広場で新しい服を、冒険者が着るようなものを買ってください。それと、髪は切るかくくってもらいます。僕もまだ犯罪者になりたくないので」


 レジーナは、エルトの街からハンまで来たのだろう。

 既に彼女の家出が露呈しているのならば、追っ手が来ていてもおかしくない。だからせめて、服と髪型くらいは変える必要があるだろう。むしろ男物の服でも着て、男装してもらった方がいいかもしれない。

 だが、若い少女にそこまでさせるのは酷だろう。


「それと、役所に行って戸籍を発行してもらいます。偽名は何でも構いません。あなたはレジーナ・ノーウェルでなく、流れ者の女性。仮にあなたを追ってきた相手に迫られたとき、人違いだと押し通せます」


「……あ、うん」


「この一通りの流れを終えたら、再び僕の家に来てください。やり方が分からなければ、その辺の人に聞けば分かります。僕はレジーナ・ノーウェルさんとは何も関わりありません」


「……分かったわ。それで協力してくれるのなら」


「ええ。では、お願いします」


 レジーナが立ち上がり、鼻息荒くソラの家を出ていく。

 この家に出入りする姿は、今のところ誰にも見られていない。露店街で一緒に歩いている姿は見られたかもしれないが、最悪はカルロスに口裏を合わせてもらうことにしよう。

 ソラは溜息を一つ吐いて、椅子から立ち上がり。


「ではアレス、ベルガ。少し準備をしてきます。明日にはもう一度、大迷宮へ入りましょう」


 ソラのそんな言葉に。

 全身鎧とフードが、それぞれ頷いた。












「どうも」


「おお、ソラ坊か。どうした?」


 馴染みの店――『レイオット商店』までやってきて、ソラは小さく溜息を吐く。

 東の広場から少し離れたこの店は、ソラの準備を全て整えることができる店だ。魔物売り御用達の店であり、独り立ちしてからは基本的にここで買い物をしている。ソラの師匠も利用していた店であり、当然ながら師の紹介だ。

 そんな店の店主、レイオットは既に老年に達している男性だ。元々は冒険者をしていて、そのときに貯めた金でここに店を出し、冒険者と魔物売りのために必要な品々を扱ってくれている。

 もっとも、小さい身なりで師と共にやってきたことの記憶が強いのか、未だにソラのことを『ソラ坊』と呼ぶのが難点だが。


「明日から、また大迷宮に入るので」


「おう。毎度」


「香木が切れたので、五つ。それに燻製肉を。あとは炭に、縄も多めに」


「ちっと待ってな」


 よいしょ、と店主が立ち上がり、奥へと去る。

 この店は、表向きは冒険者の店だ。様々な武器防具が並べられ、薬草や毒消しなど大迷宮に現れる魔物の対策となる品々が置いてある。だがその実、この店を訪れる客の七割はソラと同じ、魔物売りだ。

 魔物を捕らえるために、最も必要なのは『沈静の香』だ。この香木というのが非常に高価で、五つ買えば金貨が吹き飛ぶほどである。

 そして、存在そのものも稀少であり、店主であるレイオットは手飼いの冒険者に大迷宮に潜らせて『理性の木』――『沈静の香』を生み出すための香木を集めさせている。そのため、ハン広しといえど香木を購入することのできる店は、ここだけなのだ。

 少なくともソラと師を同じくする者は、この店で香木を買っている。


「あいよ、お待ち」


 レイオットが戻ってきて、並べる商品たち。

 この店で売っている燻製肉は、『沈静の香』によって燻されたものだ。それを魔物の鼻先で動かし、沈静を行いながら手懐ける――それが、ソラの教わったやり方である。ちなみにこの燻製肉は人間も食べることができるが、味はあまり良くない。

 加えて縄も、強靱な糸を生む魔物アラクネの生み出した繊維を混ぜた、強度の高いものだ。少々魔物が暴れても、ドラゴンが火を吐いても、決して切れないし燃えない逸品である。少なくともソラは、そんな縄をこの店以外で見たことがなかった。


「おいくらですか?」


「合計で、金貨三枚にまけといてやるよ」


「ありがとうございます」


 ソラは懐から、黄金に輝く貨幣を三枚取り出す。

 冒険者が見れば、よく分からない香木にさほど多くもない燻製肉、炭を五つに縄を一束――それだけの商品に出す金額ではない、と激昂するかもしれない。

 だがソラにとっては、この店の商品がなければ狩りすらできないのだ。


「最近、羽振りがいいみてぇだな。カルロスの旦那が嬉しそうに言ってたぜ」


「経費で、半分はなくなるんですけどね。でも、なんとか食い扶持は稼げています」


「また大迷宮に入るのか? カルロスの旦那も喜ぶぜ」


「いえ……」


 レイオットの悪気のない言葉に、ソラは苦笑する。


「残念ながら明日は、ただ働きですよ」


 商品を鞄の中に入れて、ソラはそのまま店を後にした。

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