魔物売りのお仕事 1

 グランシュ大迷宮に挑む者には、大きく分けて三種類が存在する。

 大迷宮に存在する魔物を狩り、その証を持ち帰り報奨金を手にする『冒険者』。

 大迷宮の構造を紐解き、そのマッピングを主に行う『探索者』。

 大迷宮の魔物を生きたまま捕らえ、騎魔として売る『魔物売り』。


 最も多いのは冒険者であり、探索者になるのは大抵、冒険者を引退したロートルだ。

 最前線で戦うほどの力はないが、長く大迷宮を探索してきたという経験をもって大迷宮の中を探索し、細かい地図を製作する。どのような魔物がどこに棲息するか、その情報を売ることによって生計を立てているのだ。

 そして当然、最も少ないのは魔物売りである。


「それじゃ、今日も頼むよアレス、ベルガ」


「……」


 そんな数少ない魔物売りの一人、ソラは今日もグランシュ大迷宮の中にいた。

 つい昨日、危険度Aのグリフィンを捕らえてきたソラは、再び準備を整えてから大迷宮に入っていた。そんなソラが連れているのは、ソラを遥かに超える全身鎧の巨漢と、目深にフードを被った小男の二人だ。

 魔物売りであるソラの、その活動範囲は決して広くない。

 深く、地下何階まであるのか未だ誰も踏破したことのない大迷宮は、当然ながら奥に行くほどその難易度が跳ね上がる。棲息する魔物が強力になることは勿論、浅い階層と違って深い階層に行くと、訪れる者がそもそも少ないために魔物が大量発生しているのだ。

 ソラはそんな大迷宮においても、ほとんどの活動を浅い階層で行っている。供――巨漢のアレスとフードのベルガ、その二人を連れて。


 大迷宮に入った以上、安全は誰にも約束されない。

 それを理解した上で、心を引き締めてソラは狩り場へと向かう。巨漢のアレスを先頭に、ソラを中央にベルガが殿で。

 冒険者の中でも、三人パーティというのは珍しい。人間というのは群れる生き物であり、人数が増えればそれだけ生存率も勝率も上がるのだ。多いところでは、二十人からのパーティを築いて向かうというのも珍しくない。

 だがソラは、ここ二年ほどずっとアレス、ベルガとの三人パーティだ。

 それは彼らが、誰よりも頼りになるがゆえに。


「ギギィッ!!」


「インプだ。アレス、叩き落とせ。ベルガ、魔術の準備」


 こくり、と全身鎧の巨漢――アレスが頷き、その手に持っている棒で目の前の敵と対峙する。

 浅い階層ではよく見られる、人型の小さな悪魔インプ。大抵の場合、十匹くらいの群れを築いて襲いかかってくるそれは、危険度Cにランク付けされているとはいえ決して侮っていいものではない。近付けば爪と牙で翻弄され、離れたら低級とはいえ魔術を使ってくる彼らに対し、初心者がなめてかかって逆に殺されるというのも珍しくはないのだ。

 アレスは棒を振り上げ、インプのうち一匹を叩き落とす。

 ソラにはとても持ち上げることのできない、鋼でできた重厚な棒だ。それをアレスは自在に振るい、素早く動くインプを次々に叩き落としていく。

 その間にソラの後方――ベルガが魔術を組み立てる。


「今だ、放て」


「――《火炎弾ファイアボール》」


「ギギィッ!!」


 ベルガから放たれた炎の弾丸に貫かれ、その身を焦がすインプ。

 先頭で棒を振るうアレス、後方から魔術を放つベルガ。そして中央で状況を読み、指示を与えるソラ。

 少なくとも浅い階層で、二年も続けている彼らの連携は、十匹程度のインプが襲ってきたところで揺るがない。


「さて、それじゃ休憩としよう。血の臭いに惹かれて、何か来るさ」


「……」


 よいしょ、と近くの石の上に腰を落とすソラ。

 アレスは棒を構えたままで、じっと周囲を警戒する。ベルガもそんなアレスの少し後方で、いつでも魔術を放てるようにと杖を構えていた。

 そしてソラは、荷物の中から取りだした炭、薪を用いて火を焚く。


「返事してもいいよ、アレス。もう迷宮の中なんだから」


「ブモゥ」


「ベルガも。ただしフードは外さないようにね」


「キィ」


 このパーティの中に、人間はソラだけである。

 巨漢のアレス――その中身は、人身牛頭の魔物ミノタウロスだ。人間よりも遥かに力が強く、さらに体力も高いため危険度Aにランク付けされている魔物である。

 小男のベルガ――その中身は、魔術を扱うことのできる稀有なゴブリン、ゴブリンメイジだ。危険度はBとさほど高くないが、扱うことのできる魔術は多岐にわたる。

 かつて彼らは、ソラが師と共に捕まえ、己の仲間とした魔物たちだ。

 従魔とはいえ、街中で魔物を連れ回すのはさすがに騒ぎになるため、基本的に無言でいるように指示をしている。


「……来た」


 焚き火の煙の向こう、大迷宮の闇に。

 かぽ、かぽ、とゆったりとした足音が響く。

 魔物は血の臭いに惹かれて集う――それを理解している冒険者は、魔物を殺した後には速やかに移動するのが定石だ。

 だがソラは、敢えて魔物を殺した場所から動かず、その臭いに釣られてやってきた魔物を捕らえる。そうやって、なるべく入り口に近い位置から動かずに狩りを行うのが、ここ二年ほどやってきたやり方だった。


「ケルピーか。アレス」


「ブモゥ!」


 青い体をした馬の魔物――ケルピーが現れたところで、アレスが立ちはだかるようにケルピーの前に立つ。

 その巨大な棒を構え、いつでも襲いかかってこいとでも言うかのように。


「ベルガ、《束縛バインド》準備。アレス、防げ」


「キィ!」


「ブモゥ!」


 ソラの指示に対して、頷くように返事をする二騎。

 そしてソラは自分の鞄を下ろし、その中から目的のものを手に取る。

 ケルピーは周囲を漂う血の臭いに興奮してきたのか、激しく昂ると共にアレスへ向けて突進してきた。

 ぎぃん、と激しくケルピーとアレスの棒が激突する音。そして、そこからは力勝負だ。前に進もうとするケルピーに対して、それを阻むアレスが棒で耐える。そうして、まずは膠着状態を作り上げる。

 ケルピーが激しく蹄を鳴らし、僅かに距離をとってから再び突撃。

 それをアレスは棒で受け止め、そして弾く。


「――《束縛バインド》!」


 そこで完成したベルガの魔術――魔物の動きを一時的に縛るそれが、ケルピーの足元から発動する。

 影に足を絡め取られたケルピーは、一声嘶くと共に束縛から逃れようと体を動かす。しかし、時間をかけて練られた《束縛バインド》はそう簡単に解けない。


「……」


 ソラは周囲を確認し、他に迫っている魔物がいないことを確認してから、小さく笑みを浮かべた。

 今日はついている。

 危険度Bだからさほどの実入りはないといえ、騎魔としてはそこそこ優秀なケルピーに、初日から出会えたのだから。

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