魔物売りのソラ

筧千里

プロローグ

 グランシュ王国の北の果てに、ハンという街が存在する。

 世界に五つ存在するとされる大迷宮の一つ、グランシュ大迷宮の入り口から最も近いその街は、別名を『冒険者の街』とも呼ばれていた。

 大迷宮の中に存在する魔の気によって、永遠に湧き続ける魔物。それが大迷宮から出てこないように定期的な駆除を行うのが冒険者の仕事だ。彼らは大迷宮へ入り、自分たちが倒した魔物の危険度に応じた報酬を貰い受け、その報酬によって準備を整えて再び大迷宮に入る――そんな生活をしている。

 弱い魔物を倒したところで少々の実入りだが、危険度の高い魔物を倒せばそれなりの財貨が手に入るというこの仕事に、夢を抱いてやってくる若者も少なくない。そんな彼らが一様に集まるハンは、ゆえに『冒険者の街』とも呼ばれているのだ。


「失礼します」


 そんなハンの街、東の離れにある露店に、一人の少年が話しかけた。

 年の頃は十五、六といったところか。ざんばらに切った黒髪に濃紺の瞳、それなりに鍛えてはいるものの、最前線で戦っている冒険者たちに比べれば細身の体をした少年である。

 店主は一瞬訝しげな表情を浮かべて、少年の姿を見て破顔した。


「おお、ソラか」


「どうも。取引いいですか?」


「ああ、いいとも。今日は何を持ってきてくれたんだ?」


 少年の名を、ソラという。

 姓はない。そもそも姓を持つのは、王族や貴族などの生まれだ。そしてハンの街が冒険者たちが集うという性質を見せるため、身分証明の発行のために犯罪者が偽名を使うこともある。そのため、この街では他の人間の事情は聞かないのが暗黙の了解だ。

 そんな中でソラは、店主――カルロスの店に、二年ほど前からよく来てくれる相手でもあった。

 ソラは僅かに微笑みを浮かべてから、手に持っている縄を示す。


「グリフィンです」


「おお!」


 そんなソラの後ろにいるのは、縄で縛られた魔物。

 鷲の頭と翼、獅子の体を持った獣――野生は大迷宮の中でしかお目にかかることのできない、騎魔きまとしてよく使われている魔物だ。

 騎魔というのは、人に従う魔物――従魔の中でも、特に乗れる魔物の総称である。

 馬よりも早く駆けることができたり、大河を一気に飛び越えることができたり、また天空を翔ることのできる魔物たちは、多少の餌代はかかるものの使い勝手が良いということで重宝されている。特にグランシュ王国の王国軍では、空飛ぶ魔物たちで構成された空軍なんてものも存在するのだとか。

 しかし魔物は決して家畜化することができず、どれほど手厚く育てても子を産むことはない。魔物を従魔にするためには、大迷宮で捕まえて手懐けなければならないのだ。

 ソラの仕事は、そんな『魔物売り』である。


「ふむぅ……」


 カルロスはソラの後ろにいるグリフィンをまじまじと見て、それから頷く。

 どちらも、カルロスが近付いたにもかかわらず攻撃してくることはなく、ソラの命令に従ってじっと立っていた。既に、十分に主従関係を理解させているのだ。


「いい仕事だ。傷の一つもねぇ」


「おいくらで?」


「金貨四枚でどうだ?」


「五枚にしてくれません?」


「……仕方ねぇな。まぁ、専属だからサービスしてやるよ。金貨五枚な」


「どうも」


 カルロスは手元の袋から輝く金貨を五枚、ソラの掌へ乗せる。

 そしてソラはその枚数を確認してから、頷いて自分の懐へ入れてから縄をカルロスへと渡した。


「しかし、いつもながらいい腕だな。こないだ売りに来たの、七日前くらいじゃなかったか? そこから新しくグリフィン捕まえたのかよ」


「そうですね。まぁ、食い扶持くらいは稼がないと」


「金貨五枚もありゃ、一年は暮らせるだろうに」


「色々と準備もありますからね。半分は経費に消えますよ」


「それもそうか」


 がはは、とカルロスは笑う。

 そして露店の従業員を一人呼びつけて、グリフィンの縄を手渡す。このまま、彼の厩へと運んでいくのだろう。

 ソラが手懐けたとはいえ、グリフィンは魔物だ。下手に人間が近付いたら、そのまま襲われて殺される危険性もある。だから、グリフィンに対してこれから専門の調教師たちが調教を行い、従わせ、売り物として問題ないように整える。そうして調教された魔物は、ようやく騎魔として店頭に並ぶことになるのだ。

 国を跨いだ距離でも飛び続けることができ、気性の大人しいグリフィン。

 長い旅をする旅人や、遠征を行う軍人などに人気の騎魔だ。特に軍人の中では『馬に乗るのは半人前。騎魔に乗ってようやく一人前』なんて言葉もあるくらいに、騎魔というのは重宝されている。


「ま、次も捕まえたらうちに売りに来い。お前さんなら、ちょいと色をつけてやるからよ」


「ええ、ありがとうございます」


 すっとソラが一礼し、そのままカルロスに背を向ける。

 ハンの街における不文律として、相手の詮索はしない。だからカルロスも今まで、ソラという少年の出自などについて、一切尋ねたことはないし、どうやって捕まえているのかも尋ねたことはない。ただ魔物を捕まえて売ってくれるソラと、それを買い求めるカルロスという形だ。カルロスは魔物売りから魔物を買い、調教師に調教させ、それを店頭に並べて欲しい者に売るのが仕事だ。

 だが、そんなソラの背中を見ながら、カルロスは僅かに首を傾げた。


「しかしあいつは、どうやって魔物を捕まえてんだろうな」


 ふぅ、と小さく嘆息。

 魔物売りは、決して楽な仕事ではない。魔物をただ殺すだけなら、何人かで囲めばどうにかなる。離れた位置から魔術を使う、弓矢で仕留める、槍で突く――方法は様々だが、そちらの方が圧倒的に簡単なのだ。

 比べて魔物売りは、魔物を生きたままで捕らえなければならない。それは魔物を殺すよりも遥かに難しい。何せ、相手を懾伏させなければならないからだ。そのために魔物売りはある程度相手を叩きのめし、生かさず殺さずの状態で屈服させる。ゆえに、難易度はただ殺すよりも遥かに跳ね上がる上に、時間もかかる。

 中には半死半生の魔物を連れてきて、買い取ってくれ、と言ってきた魔物売りもいるくらいに、厳しい世界なのだ。


「ま、いいか」


 カルロスは侍従の連れていったグリフィンの背中を見て、小さく笑みを浮かべる。

 調教さえきっちり済ませれば、金貨五十枚にはなるだろう、と。

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