第1章 「事の発端」

第1話 上司の面談

 上木かみき将与しょうよは、勤務先である広告代理店のビル5階の会議室にいた。只今ただいま、上司との面談中だ。


「上木君さぁ、これではマズいんじゃないかな・・・?」

 上木の上司である田中課長。手元の人事評価表を見ながら話す。

 田中課長の自慢は学生時代の武勇伝。何でも格闘技の心得があるらしく、それで街の不良たちからは一目置かれる存在だったとか。


 確かに田中課長は背が高いだけでなく、筋肉質で武闘派なのはスーツを着ていてもぐにわかる。そして、脳みそも筋肉で構成されているのがぐに想像できる。そういう意味では、わかりやすい上司だ。


「すいません・・・」とだけ言う上木。

「うーん。謝罪じゃなくて、成果が欲しいなぁ」と、威圧的な田中課長。

 無駄に広い会議室で面談する。これまた会議室の無駄な使い方である。

「僕ら広告マンはさ、売り上げを、成果を持ってこないといけないのよ?お分かりか?」

「勿論です」と、すぐに返事をする上木。だが、彼の顔は強張っていて、心の余裕がないのは嫌でもわかる。

「そんな顔しないでよ。僕が悪い奴みたいじゃない?」

 田中課長は厭味いやみったらしく言う。


「すいません―」

「はい、謝罪しなくていい!」

 上木の言葉を遮る田中課長。

「必要なのは、せ・い・か!」

「はい―」

「はい。じゃあ、どうすべきか?」

 田中課長は上木に迫る。課長の圧に押されて答えが出ない上木。


「上木君だけが、著しく成果を上げてない。これは事実なのよ。嘘を言ってないよ、僕は。本当のことなんだから」

「はい―」

「はい、わかってるだけも十分です」

 田中課長は椅子から立ち上がる。


「上木君は今年で入社何年目かな?」

「今年で2年目です」

「そう、2年目。なら、多少なりとも、何かしらの会社への貢献は必要だよね?」

 田中課長の顔も強張っている。彼の場合はではなく、苛立ちが由来だろう。

「頑張りますので―」

「そう!頑張りましょう!数字を挙げなきゃ!それが僕らの使命なんだから。さっ!」

 会議室の机を勢いよく叩いた田中課長。机が哀れなくらい大きな音を立てた。そして、上木もその勢いで椅子から転げ落ちそうになった。


「まあ、いいや。言うべきことは言ったし、ランチに行きますか?あっ、上木君はやることをやってからね。時間も無限じゃないんだから。これも数字。『時は金なり』良いこというな、俺って。じゃあ、頑張ってね」

 そう言い残して田中課長は会議室をあとにした。


 一人、ポツンと会議室に残された上木。

ときは今、雨がしたしる、五月さつきかな・・・」

 会議室の外へ目を向けた上木。いつの間にか、そら一面いちめんに真っ黒い雲が広がっていたのを見て、思わず彼は呟いたのだった。

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