第45話 ゲルダとの出会い

ブライト王国に侵入して王都、すなわち北北東に行く宣言を国境で出したが、南の方に向かっている。


自分の死をはっきり「偽装」できれば、どこでもいい。むしろ、嘘の情報で本物の実力者が1ヵ所に固まってくれた方がいい。


それにこの国は今、財政難の上に世継ぎ争いまで起きているという噂だ。


国境から20キロ南東の小さな町の酒場でマスターに話を聞いた。ぬるいエールを飲みながら考えると、原因は私だった。


1年くらい前に王城で暴れ、王城を脱出するとき物資と多くの収納指輪を「沼」に沈めた。


収納指輪には貴重な品と大金が入っていた。私は自分が必要なものとメロン、カリナ、マリアさんに渡すものが見つかったら、指輪の中身を探るのをやめて、また沼に沈めた。


アダマンタイト鉱石もあった。それから作るアダマンチウムの装備とか、大量の金貨とか確認してない指輪に入っているかも思っている。


「ブライト王家絡みの追っ手が来ないと思ったら、混乱してんだ。動くなら今だな」


私には「沼」に入っているものが何か分かるが大ざっぱなのだ。盗賊なんかから奪ったものも合わせると、収納指輪の数はなんと141個。


ただし頭の中に浮かぶリストには「収納指輪141」。中が一辺30センチの立方体になる「収納指輪微小」も一辺500メートルで時間停止機能付き「収納指輪特大」も、単なる1個の扱いなのだ。


どれかに、さらに莫大な金貨が入っているかも知れないが、収納指輪141個に目印を付けてない。1個ずつはめて確認するしかない。


それにしても、すでに私はブライト王国に大ダメージを与えていたのか。王の嫡男とやらも、どさくさに紛れて殺したみたいだし・・


「財産返して国力が戻るのも嫌だな。「死の偽装」と同時に何か考えないとな」


宿に帰ることにした。

◆◆


やはりこの国は治安が悪い。粗末なローブを着ていても、女なら襲われる。

酒場でエールを飲んで情報収集して宿に帰ろうとした直後、ゴロツキ2人組がナイフをちらつかせている。


「あの・・。こんな汚い格好の人間に強盗しても儲からないわよ」

「いいんだよ。女なら使い途があるだろ」

「使い途ね・・」

「楽しんだあと売ればいいさ」

「せめて路地裏で襲ってくれないと。目撃者がいるとアレが使えない」

「は?なにいってんだ」


バキッ、バキッ。


珍しく、普通に殴り倒した。


今は小沼を使う「殺戮天使」のサーシャは封印している。

水魔法で「人食い水溜まり」を作る殺人鬼のサーシャなのだが、人に見られる可能性がある場所でスキルを使って敵に足取りをつかまれたくない。


「傭兵ギルドを潰して回ろうか・・。いや、職員とかまともだったら殺すのも不味いし、沼を使えないときの私は判断力もない」


次の方針を考えていると「変な」悲鳴が聞こえた。


路地裏だ。


見事に胸に響かない。高級宿に帰ろうとすると、4人の男に追われた女が走ってきた。


「助けて下さい!悪い奴らに追われているんです」

「あ、そう」


私はほろ酔いだが高レベル冒険者。ちょっとスピードアップすると、襲っている方も、襲われている方も引き離した。


「どうみてもあの女、強盗より強いよね。目的は分からないけど、私と接触するため?にきたかな」


「待ってえ~。ごめんなさい、話を聞いて~」


なんとスピードを上げた私に付いてきた。


「まだギアは3段階残ってるけど、大したもんだわ。なんか必死だし、話くらい聞くか」


止まって、鉄球を両手に準備した。


「はあっ、はあっ。ごめんなさい。待っていてくれてありがとう」


「あなた、強盗の一味? にしては変よね。お仲間なら振りきったりしないし」


「えへへ。実は国境から後を付けて来ました。私はゲルダ。探知と走ることに長けています。それから「あなたと同じく」水魔法も使えます」


追跡者。殺そうか。


「待ってください! 殺さないで下さい。ブライト王国の貴族に恨みを持っている人間です」

「レジスタンスかなんか?協力なんかしないわよ」


「私はどこかの構成員ではなくて、基本は1人です」


「なんで私を追ってきたの」

「あなたが国境を越えたあと、警備隊が大騒ぎになりました。酒場で情報収集をされてましたし、この国に恨みがある人かなって・・。襲われてるとこ助けてもらって、知り合いになろうかなって」


こいつ、アホだ。私と同じくらい演技も下手だし。


「簡単に喋り出したわね。秘密の諜報員じゃないの?」

「情報が欲しいときレジスタンスに関わることがあるけど・・」

「まあいいわ、それで私に何をさせたいの」


「ズバリ、この地方を収めるマツクロ子爵を倒す手伝いをお願いします」

「私になぜ話を持ちかけたのかしら」


「1年くらい前、何者かに王城が襲われて貴族らが大ダメージを食らいました。その中に近衛兵として王宮で働いていたマツクロ子爵の長男、次男が行方不明になりました」


私が「沼」に沈めた兵士だろうが、覚えてないわな。


「そいつらは、「討伐」と称して近隣の村を襲ったりしていた極悪人なのです。奴らを殺した人が、残るマツクロ子爵、家を継ぐことになった三男、そして四男と五男も殺す気があるのか聞きたかったのです」


「自分でやる手はないの?」

「子爵ですが、元は傭兵ギルドの戦闘員で功績を立て、貴族になったのです。はっきり言って家族全員が強いのです。そいつらを殺しまくった人が本当にいるなら会ってみたかったんです」


「会ったら、自分が殺される可能性は考えなかった?」

「自分で子爵家に戦いを挑むより、その人に殺される可能性の方が低いと思いました」


言ってることは目茶苦茶だけど、「悪」が好きな沼様が興味を示さないほど根っ子な部分に「慈愛」の匂いがする。

ほんの少し、メロンとカリナに通じる目。



だけど私を利用するからには、リスクを負ってもらう。


私は悪魔の提案をした。




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