第44話 正面からブライト侵入

ブライト王国に出発する前の晩、ハーノンの街の副ギルマスは「沼」に沈めた。


どこかの貴族家の出来損ないで、親がギルドにねじ込んだプライドだけ高い人間だ。私の態度が気に入らず、ガボナ君らを煽って私を性奴隷にしようと目論んだらしい。



◆◆


「爬虫類ダンジョンは獲物がでかくなりすぎて69階で断念したけど、10日でレベル140までいったかもね」


東に海、他はぐるりと山脈に囲まれたブライト王国に侵入するため、山脈が途切れた西の検問所を通ることにした。

今いるハーノンの街からだと北東の位置になる。


検問所を通るときに使うのは「沼」を得る前から持っていたギルドカード。

ブライト王国にイレギュラー召喚されたときに着ていた服に入れっぱなしで、服と一緒に収納指輪に入っていた。


「ハプン共和国、ナンスギルドのE級冒険者サーシャ。こっちが本当の私だけど、もう未練はないね」


狙うのは偽装だ。私が国外脱出か国内潜伏中かブライト王国上層部にはバレていないが、裏ギルドを使って調査しているのは間違いない。


だから、ここではっきり「どこかに逃げていたサーシャ」が戻ってきた記録を残す。


ちなみに裏ギルドは、この国特有の傭兵ギルドのことだそうだ。


危険なお国柄、世界中にネットワークを持つ冒険者ギルド支部もブライト王国には1つしかない。それも王都からはるか南のサスルの街だけだ。


私の今後の展望は、私の沼を使ってできるだけ国にダメージを負わせる。そして、どこかで派手に戦って、負けたように見せかけて身代わりの死体を置くことだ。


ハルピイン領主の次男坊が雇って「沼」に沈めた女の中に、銀髪で背格好が私に似たやつがいた。


そいつに止めを刺して、遺体を保管している。


遺体を残すとき、そいつに「ナンスギルドのE級冒険者サーシャ」のギルドカードを持たせておけば、私は死んだことにならないだろうか。


力を得たが所詮、私は薬草1束500ゴールドを基準に暮らしていた人間。思考レベルも高くはない。


他人に相談できる話じゃないし、それくらいしか思いつかない。


◆◆

人目につかない場所を高速で走って移動すること4日、私は薄汚れた格好で国境の検問所に現れた。


もちろん、むちむちボディースーツは脱いで、ブカブカの粗末なローブにサンダル。髪だけは銀色を強調しているが、顔は汚している。


装備は収納指輪に入れ、その指輪を私の本来のスキル「空間収納微小」にしまってある。


「次、名前、身分証明になるものと入国の目的を」


ブライト王国側の検問任務には2人の兵士がついていて、その先が鉄の門。先の方には武装した兵士が、20人ほど見えた。


「冒険者ギルドのギルドカードでいい? ナンスのサーシャ。ここから近いモルキの街にいる知り合いに会いに来たの」


「うむ、ギルドカードに間違いはないな。通ってよし」


いやいや兵士A、そりゃダメだって。ここで最初に身バレするのが目的なのに。


「待て、サーシャ、ナンス、銀髪。王都から1年くらい前にきた通達と一致してるな。悪いが詰所に来てくれ」

「・・分かったわ」


私を詰所に連れてきたのは人が良さそうに見えるおじさん兵士Bだったけど、詰所に入ると態度が豹変した。


「座れ。王都から通達がきている人物に合致するもんがあったから、来てもらった」

「王都?私は貴族の知り合いもいない平民よ」

「へへ、探してるのは大量殺人犯だって噂だ。「水溜まり」を作って何かやる、恐ろしい水魔法使いって知らせが来てる。E級冒険者じゃねえ」


いい情報だ。乗っかろう。


「だったら、解放してよ」

「そりゃお前の態度次第だな」

「態度って・・。そんな欲望まみれの目で見て、分かりやすいわね。いいわよ」


薄汚れた格好になっても、フェロモンは出ているようだ。


「うへへ、まず服を脱げ」


ばっち~ん。


「ぐあっ」

「あんた、残念ながら本命に当たったわ。お望みの人食い水魔法を見せてあげる」


私がビンタした兵士Bが顔を押さえて下を向いたときに、沼の底から溜めていた水を出した。


ばしゃあっ。


「ひっ、お前が本物の殺人鬼か。ドアの向こうには兵士が控えてるぞ、誰が来い!」


4人の兵士が飛び込んできた。


「お前ら、こいつが大量殺人犯だ。捕まえたらお手柄だぞ」

「まじか」

「密室で逃げられねえぞ」


「逃げられないのはそっちよ」


「沼の底」から再び水を撒き、1メートルの「沼」を水の中で滑らせた。

兵士Bだけ残してとらえた。


ぽちょん、ぽちょん。


「ただの水? うおっ」

「わっ、沈む。こんな浅いのに」


「いやだ!がぽっ」


とぷん、とぷんっ。


呆然と見ている兵士B以外の4人を沈めた。


「ゆ、許してくれ」

「ふふ、どうしようかな。そうだ、伝言係をやって。この国の裏ギルドを名乗る奴らが周りの国に来て、私を探してるらしいの」


「な、何をすればいい?」

「お陰で故郷にも帰れないし、面倒なのよ。王様か裏ギルドのトップでも殺せばいいかなって思って出向いたの」


「・・う、裏ギルド? この国の傭兵ギルドだな。本部なら王都から南に行ったコージャルの街にあるぞ」

「王に、私を死刑宣告した恨みを晴らしてやるって伝えてね」


「も、もういいだろう。解放してくれ」


「ふふ。殺人鬼がそのうち王都に現れるわよ」


門のとこにいた兵士は3人沈めて残りは殴り倒し、派手に入国した。


ブライトから逃げたときと同じく、行き当たりばったりになりそうだ。




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