番外編:猛獣になった第二王子(17)


「実はミューズ嬢以外にも声をかけた令嬢はおる。しかし、その姿を見ただけで皆悲鳴を上げ、逃げてしまった。仕方のないことだが…しかしミューズ嬢は臆することなく、この獣姿のティタンを受け入れてくれた。正体も知らず、王族が大事にしている獣というだけで、数々の世話を一人でこなしていた。時には獣の身を清め、体調を崩した時には看病をする、献身的な世話を行なってくれたのだ」

甲斐甲斐しく世話はしてもらったが、病気などはしていない。


おそらく美談として語る為脚色したのだろう。

ミューズが疑わし気にマオやチェルシーに目をやるが、二人は涼しい顔だ。


協力してくれたのは嬉しいけど、あの二人仲いいなぁ。


「おかげで間もなくティタンの呪いは解ける。ミューズ嬢の勇気と優しさのおかげだ」


いよいよだ。

ミューズの前で失態を冒さぬように気をつけねば!



「お待ち下さい!」


一人の令嬢が声を上げる。




「私だって、その獣がティタン様だと知っていたら、誠心誠意尽くしていましたわ!昔からお慕いしておりました!」


(誰だ、この女は?)


まるで覚えていない。


驚きよりも水を差されたことが腹立たしい。


兄のエリックが立ち上がり令嬢の前に出る。


「君は…ティのお世話を頼もうと思った令嬢の一人だな」

「はい、覚えていてもらい光栄です!」

令嬢の目はキラキラと輝いていた。


(兄上は本当に記憶力がいい)


自分は全く覚えていなかった。


あの時は叫ばれるばかりだったから、記憶が薄い。


正直どの令嬢も顔を見る前に逃げられたから誰だかわからない。


「もしも始めから知っていたら、ミューズ嬢のように献身的な世話が出来た、と言うことかな?」

エリックは令嬢に優しく問いかけているが、ティタンはイライラしていた。


ミューズの元家族と言い、この令嬢といい、邪魔者ばかり出てきて全く婚約について進まない。




「はい!私はティタン様の事をずっと昔から好きでした!自信があります!」

ミューズを睨みつける令嬢に、心が沸騰しそうだ。


どこから出てくる自信かは知らないが、とっとと帰ってくれ。




「…なるほど、ポーラ=レミントン子爵令嬢は、それ程までに自信があるのか。では、今までの話が嘘だと言ったら?」

「えっ?」


兄の声が低くなる。

昏い目と口端を少し上げる笑み、怒りに触れたようだ。




エリックの足音と低い声が響く。


「このティは、王族の妻となる者を見極めるための王家の魔獣だ。手懐けることが出来なければ、王族の妻にはなれない。レナンはたまたま一人目で手懐けてしまい、噂は広まらなかった…となったらどうする?」


エリックとレナンの二人がティタンを囲むようにして立った。



さりげなくミューズを令嬢の視線から外させるように隠してくれた。


背の高い二人に囲まれ、少し戸惑っているミューズも可愛い。


ちょっとだけ和む。


「王族への愛がなければ、この魔獣は受け入れない。噛まれても大丈夫だ、王族には腕の良い治癒師が大勢いる。さぁ、ティ。あちらの令嬢へ近づいてご覧。俺が良いと言うまで噛み付いてはだめだよ、場所が悪ければ死んでしまうからね」

「ひっ!」


物騒な事を言うエリックに令嬢は悲鳴を上げた。

エリックは眉を顰める。


「おかしいな、ポーラ=レミントン子爵令嬢。ミューズ嬢より自信があるのならば、ティが近づいても大丈夫なはずだが」

自分を見て逃げ出した令嬢だ。


ミューズ以上に価値があるとは思えない。


よしんば本当に慕ってくれていたとしても、ミューズを睨みつける必要などない。


婚約パーティをぶち壊す理由も、あっていいはずがない。



ティタンはゆっくりと近づいた。


どうしてもイライラは止まらず、唸り声は漏れてしまう。


「ティが選んだミューズ嬢を貶したのだ。ティも怒っているようだな」


怒らずにいられるわけがない。


「この状態で自信があるなどと宣言出来る令嬢はそうはいない。肝が据わっているな」

いつ逃げ出すのかとエリックは楽しそうだ。


充分に近づいたところでティタンは止まった。

あと少しで令嬢に飛びかかれる位置だ。


(こんな状態でもミューズは近づいてくれたな…)


ミューズに対して唸ったわけではないが、唸る自分によく近づけたものだ。


あの時を思い出すと、ミューズとこの令嬢では比べ物にならないと実感する。


ティタンからのミューズに対する信頼感が高すぎるのかもしれないが。




「どうする?ポーラ嬢、発言を撤回するか?」


優しいエリックが最後通告をした。

これで頷かなければ嚙んでいいのだろうか?


「は、はい、申し訳ございませんでした!」

ヘナヘナと座り込む令嬢を助ける者は、誰もいない。


父親であるレミントン子爵すら、足が竦んで動けなかった。


「不愉快だな。キール、この親子をつまみ出せ。二度と王宮へ入れるな」

「はっ!」

素早く二人は拘束され、王宮の外へと出された。


あれだけエリックに名前を呼ばれた令嬢は、貴族の恥としていい縁談など来ないであろう。


最初のうちは名前を出さないようにと務めたが、ミューズを睨みつけたことが引き金になった。


兄は身内を貶されることを酷く厭う。


ミューズをもう家族と認めているから、より不快だったのだろうな。


二コラに追って何か指示を出していた。


あの子爵たちはきっと災難が見舞うだろう。



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