番外編:猛獣になった第二王子(16)
「なによこの獣、私達に攻撃しようというの?衛兵!衛兵すぐ来て!」
冷めた気持ちでティタンはその様子を見ていた。
ティタンには滑稽な喜劇にしか見えなかった、何故ならカレンが呼んだ衛兵はティタンの知り合いだ。
今日の解呪の為、城の関係者には、猛獣ティがティタンであると伝えている。
衛兵を呼んだところで何ともない。
やがて警護についていた副団長のキールと騎士が二人、駆けつける。
「何かありましたか?」
「この獣が、私達に向かって吠えて来るのよ。こわい、今すぐ追い出して!」
カレンに促されるまま、こちらをむいた同僚のキールと目が合う。
亜麻色の髪と赤い目をした、涼やかな顔の男だ。
手には槍を持っている。
「…ほう」
キールは怒っているティタンの様子におおよそ察したようだ。
近づくとそっとティタンのたてがみに触れる。
勿論武器など向けるわけがない。
堂々と触れられて、どことなく嬉しそうだ。
かすかに浮かべた笑みだが、カレンの方を向くときは完全に友好的な雰囲気は消えていた。
「こちらの獣、実は王族が大事にされている方でしてね。特にエリック様が命より大事にされている。一介の貴族令嬢と家族のように大事にしている獣…果たして王家はどちらの味方をするとお思いですか?」
唸りはするが噛みつきはしない、とキールは安全だと示すために更に触れていた。
やたらキールがたてがみやらもふもふと触ってくるのが気になった。
今まで一緒に訓練したりしていたけど、もしかしてもふもふ好き?
堅物キールの知らない部分を知ってしまったようで複雑な気分。
「それよりもこちらの獣、ティ様が怒るとは何を言ったのですか?ティ様は人語がわかります。余程の事でない限り怒りなどしません」
(こいつら、ミューズに対して聞き捨てならない事を言ったんだ!追い出すのでは生温い、俺に制裁をさせろ!)
ティタンは眉間にしわを寄せ、牙を見せながら抗議をする。
「それは…」
言い淀むカレンに代わり、マオが指示を飛ばす。
「王族に対する不敬罪です、この二人を貴族牢へ連れて行って欲しいです」
マオは迷うことなくキールに告げる。
「これから婚約パーティなのですから、雑音は邪魔なのです。キール様早く連れてってほしいのです」
「承知した」
(お、俺がするって言ったのに…)
とは思いつつ、この後を考えたら血生臭いのは避けた方がいいかと考え直して、見送ることにした。
騎士が二人を拘束するのを見て、ちょっとだけ胸がすっとした。
「何よ、このガキっ!私が衛兵を呼んだのよ!拘束するならあっちだわ!」
カレンがマオに対し文句を飛ばしているが、マオは意地悪そうな顔をしてみ返すばかりだ。
「ティタン様の従者と、護衛騎士がついている令嬢を連れていくなんて、この国に仕えている騎士がするはずがない」
二人は暴れていたがずるずると引っ張られていった。
「婚約を見せて悔しがらせようかとも思いましたが、うるさいのは嫌です。退場してもらいました」
招待状を出して呼んでいたのは間違いなかった。
一応の義理などもあったかもしれないが、マオの思惑はまた違ったみたいだ。
ミューズは連れていかれたカレンとユミルを見て、複雑そうな顔をしたが、チェルシーも気にしなくていいと声をかけている。
あとに残ったキールはミューズに一礼をし、
「正式な挨拶には後ほどお伺いしますので」
と、普段は見せない笑顔を見せた。
と、仕事に戻っていった。
後でしっかりお礼を言おうと思うが、もふもふ好きなのもぜひ聞いてみたいものだ。
間もなく国王である父のの挨拶もあるし、もうこれで触られるのは終わりだろう。
やがて、国王夫妻と王太子夫妻、第三王子が入場してきた。
「皆の者。今日はわが息子、第二王子ティタンの婚約式に参加してもらい、誠に感謝している」
国王アルフレッドの言葉に、皆面を伏せ、静かに耳を傾けていた。
「ティタンが病に倒れたという話は皆知っているだろうが、この度回復する兆しが見えた。いまだ病状は変わらぬものの婚約式の運びとなったのだ」
病状はどうなのだろうと心配の声があがる。
ティタンはそわそわしてしまう。
ミューズの心配そうなので顔も見え、居た堪れない。
病に倒れた者が隣にいるって知ったら、どんな風に思うだろうか。
「噂では容姿が変わってしまったと聞いたと思うが、事実だ。ティタンは人ではなくなった」
ザワザワとした声が大きくなる。
人ではないけど、この姿はこの姿でいいと思い始めていた。
何よりミューズが気に入ってくれたし、数ヶ月過ごしたこの姿に愛着はでている。
間もなく戻れるからというのが大きいが。
「ティタンが罹った病、それはとある魔術師による呪いだ。次期国王のエリックを狙った卑劣で悪意に満ちた呪いだ、それを庇ったティタンの体はみるみる崩れていき、別なものへと変わってしまった」
王族の悲痛な表情、ミューズも皆も心を痛めていた。
ハラハラしながらティタンは畏まっていた。
いよいよ元に戻れるんだという希望と、早着替えを成功させねばと緊張する。
「ミューズ=パルシファル辺境伯令嬢、こちらへ」
「はい!」
名を呼ばれ、ミューズはぎこちない動きで国王のもとへ行く。
その隣にティタンも付き添い、一緒に壇上へとあがった。
久々に登るそこは、どこか懐かしい。
「今までティを見てくれてありがとう、よく頑張ったな」
国王がミューズにねぎらいの言葉を掛けてくれる。
「いえ、私は当然の事をしたまでです。そのような言葉を頂くわけには…」
頬を染め、恥ずかしそうなミューズはとても可愛らしい。
「君は私達家族を救ってくれたのだ」
国王は皆に向き直り、演説を続ける。
「こちらのミューズ嬢は、わが家族の大恩ある令嬢だ!なんと言ってもティタンの呪いを解くために、力を尽くしてくれた」
一瞬訝しげな顔をしたミューズがハッとして、ティタンの方を見た。
(とうとうばれてしまった)
怒られるのではないかと、ティタンは縮こまる。
怒られるならいい、嫌われさえしなければ。
「この獣こそが呪いを受けたティタンの姿だ!」
その言葉を聞いたミューズが危うく倒れかけたのを見て、
(あっ、戻れないかもな。これ)
とティタンも卒倒し掛けていた。
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