番外編:猛獣になった第二王子(18)

「これでミューズ嬢の正当性がわかりましたね。申し訳ない父上、あのような者が紛れ込んでしまいました。続きをお願いします」

エリックがレナンと共に席へ戻ると父である国王が咳払いをし、話を続けた。


ようやくといった気持ちだ、ティタンも呼吸を整える。


「ではミューズ嬢。最後の解呪をお願いする」

呼びかけられたミューズが困ったような顔になる。


何もわかってないのだから、そういう表情になるだろう。


「真実の愛によって、ティタンの呪いは解呪されるのだ。献身的に尽くし、愛を育んできたミューズ嬢なら出来るはずだ」



真実の愛とは、それはつまり、

「愛する者の口付けでティタンは元に戻れるのだ」

驚き、そして身震いを起こしている。


戸惑っているのだろうか。

それとも、やはり嫌か?


親愛の証として、鼻と鼻を合わせるのはしてくれた。



しかし唇となると違うだろう。





ミューズの目は周りに向いており、大勢の観衆もティタンとミューズを見ている。


突き刺すような大量の視線を感じ、ミューズは今にも泣き出しそうなほど、困惑し、落ち着きを失っていた。




「くぅ〜ん…」

思わずティタンの口から声が漏れる。


兄の指示とはいえこのような状況下はティタンも申し訳なく思っていた。


思えば王家側の都合でミューズに負担を強いてばかりだ。


今後はミューズの意思を尊重し、無理のない、生活を送らせてあげたい。





ミューズはティタンの声にハッとし、その目を見つめる。


迷いのあったミューズだが、きゅっと唇を結ぶ。


もじもじと恥ずかしそうだ。


視界の端で二コラとマオなどが立ち位置に着くのが感じられる。



自分も頑張らねばならないので、きっと口づけの余韻には浸れない。




「恥ずかしいから目を瞑ってください…」


ミューズの両手が頬に触れ、そっと唇が重ねられた。







途端にティタンの体は光らせられる。ミューズが目を閉じたのが見える。


マオとニコラの幻惑魔法だ。

皆から見えないように、眩い光を魔法で生み出している。


服を持った従者たちが見えた。


四本足で立っていたところを、前足を上げて二本足で立つように体制を変える。


さすがにティタンからしても眩しすぎるが、薄目で何とか己の体を見る。


どういう仕組みか。

体毛は吸収されていき、爪も短くなっていった。



(体が痛い、骨が軋み内臓が潰れそうだ)


ティタンの視界はグングンとあがり、叫び声を必死で抑える。

体が作り変えられているのだ。


人間の姿には戻れているが、衣服はない。


ここから色々な意味で本番だ。





(何なのかしら、この光は?)

目を閉じても視界が白い。


強い光で、全くティタンを確認できない。


(ティ様…いえ、ティタン様は、無事なの?)


元の姿に戻れたのだろうか?

それとも呪いは解けなかったのか。


確認しようにも見ることが出来ない。





ミューズの目の前では元の姿に戻ったティタンが体の痛みに耐え、衣類を身につけているところだ。


歯を食いしばりながら、両腕を伸ばし、足を揃える。

上半身はメイド達が、下半身はルドとライカが着せていく。


この日のために用意した遮光グラスをかけ、急いで服を着せている。


最後に髪を撫で付け、ティがつけていたスカーフを左腕に巻いた。


急いでティタンから離れたのを確認し、マオとニコラは徐々に魔法を解いていく。


「大丈夫、ですよね?

「そのはずだけど、ミューズ様の反応次第では?」


ティタンの裸は見ていないと思うが…やはり聞くまで不安だ。



激しい光が引いていくと、ミューズが目を開ける。


「ミューズ…」

なるべく優しく声を掛ける。


内心ではビクビクだ。


自分よりも小さいミューズは見上げるようにして自分を見た。


まだ目が慣れていないからか、ぱちぱちと何度も瞬きをしているが、綺麗なオッドアイがまっすぐにティタンを見つめている。


口を開け、呆けたような表情だ。


猛獣が本当に人間になったのだから、無理はないと思うが。

周囲も似たような表情になっている。


「君のおかげで元に戻れた。礼を言うぞ」

笑顔で感謝を伝えると、ミューズはそのまま目を閉じ、ふらっとその体が後ろに傾いてしまった。


「ミューズ!」

とっさに支え、抱えこむ。


意識があるようには見えない。


目配せするとすぐに治癒師が来てくれた。


ミューズの体はとても軽く、ティタンはずっと抱えたままだ。


大事な女性だ。


床になんて下せるわけがない。


「特に体に問題はありません。余程気を張りすぎたのでしょう、ゆっくりと休ませてあげてください」

それを聞いてほっとし、ミューズを抱えたまま、ティタンは息を吸い込んだ。


「本日お越しの皆様、今日は俺の婚約パーティに来て頂き誠に感謝する!

しかし、今まで俺の解呪に力を貸してくれていたミューズが、過労で倒れてしまったのだ。式の途中であるが、俺とミューズが抜けてしまうことを許してほしい」

よく通る声でそう言うと愛おしそうにミューズを見つめる。


「結婚式については、後日改めて書簡を出すつもりだ。その時はぜひ万全の状態で皆様をお招きしたい」


「パーティはまだ始まったばかりだ。アドガルムのおもてなしを存分に楽しんでいってくれ。では先に失礼する」



挨拶が終わり、退場すると駆け出さんばかりの早足で自室に向かう。

マオも合流し、ミューズを心配している。


「心身ともに疲労がたまったですか。ミューズ様をしっかり休ませるです。ちなみに見えてなかったとは思うのですが、大丈夫そうでしたか?」

「大丈夫、だと思う…」


気を失ってしまったのが自分の裸を見たからとは思いたくない。


もしも見えていたとしたら、確かに未婚の女性にとって刺激は強すぎるかもしれないが…。

「見えていたとしたら、俺だってもう他に婿に行けない…」

ティタンも顔を真っ赤にしてしまった。




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