番外編:猛獣になった第二王子⑧

誰かが来るとは聞いていない。


「何の用ですか?何も聞いてないですよ」


マオがすぐに応対してくれたようだ。

任せれば大丈夫かと部屋に戻ろうと思ったが、話を聞いて足を止める。


「ミューズを出せ。家族が来たと」

(家族だと?)


偉そうな言い方。

ミューズの元家族だろう。


ぶわっとティタンの毛が逆立った。

マオから情報は聞いている。


ミューズを虐げ、蔑み、傷つけた者達。


ティタンは玄関へと向かい直す。

まずは話を聞こうと、相手から見えない位置で立ち止まる。


ティタンがこの姿で出てしまえば、まともに話を聞くことは出来ないだろうから。


何しに来たのか、意図が知りたい。




ミューズとは縁を切っている、それが契約の条件だったから。

その為に手切れ金を渡し、二度と関わりを持たないようにとしたのだ。




何しに来た?彼女を取り返そうと来たのか?

それならば許せない。


それを防ぐための契約と手切れ金だったのだから、引いてくれなければ新たに手を打たなければならない。



「お引取りを。あなた方はミューズ様の家族ではありません」


マオははっきりと断った。

この家での全権は実質マオが握っている、大概のことは彼女が判断して裁定を下すことになっていた。


「縁を切ったとはいえ、実の娘だ。それに王家の意向で無理矢理切らされたもの、私達は家族だよ」


法的に手続きもしているし、手切れ金まであちらは喜んで受け取っている。


公爵の対応とは思えない。




「僕達はミューズに会いたくて来たんだ。本当に獣のお世話をする者に選ばれるなんて思ってなかった…出来れば帰ってきて欲しい」


若い男の声、元婚約者というユミルの声だ。


帰って来てほしいなど、させるわけにはいかない。


そもそもミューズの義妹と婚約をした裏切り者のくせに、どの口が帰ってこいなどというのだ。


「ミューズ様はこれからもずっと、我が主と共にこの屋敷で暮らすのです。帰ってください」

マオは一貫して、拒否を続けている。


「あの猛獣が主?滑稽な話だ」

「何だと?」


嘲笑う声、ティタンも怒りがこみ上げてくる。

マオも怒りの声を出しているし、そろそろ追い払ったほうがいいだろう。



「屋敷に入るな!」

マオの怒声が突然響いた。


「それ以上入るなら、容赦しない!ここで排除する!!」

無理矢理に入って来たのだろう。

マオの怒りに満ちた声だ、珍しい。


マオの風魔法で歩みを止められているが、あちらも魔力をためている。


「ふん、使用人風情が生意気な。ミューズの為か?あんなくだらない、どこにでもいるような女に執心し、私に歯向かうとは…とんだ痴れ者だな」


ティタンは切れた。



魔法を放とうとしたようだが、その前にティタンが踊り出る。


「ぐうぅぅ…!」


低い唸り声と逆立つ毛。

目は真っ直ぐに、侵入しようとしたスフォリア家の者達を睨みつけている。


明らかに敵意を向けられ、スフォリア家の面々は怯えた。


「この獣…私達に襲いかかろうというのか…?!」


さすがに後ずさっていく。


スフォリア家の者とティタンの間は、僅か数歩の距離しかない。


「その獣は王家の者です。危害を加えれば、重い処罰が待ってるですよ」


「くっ…!」

攻撃することが出来ないと悟り、急いで逃げ出す一同。




もう少しマオの声掛けが遅ければ、ティタンの方が飛びかかっていたかもしれない。


「もう大丈夫ですよ、ティ様…ティ様?」





(許せない、許せない!)


怒りで満ち溢れたティタンにマオの声は響かない。


(彼女をくだらないと言ったか?あのような素晴らしい女性を?馬鹿にしおって!!)


自分を唯一受け入れてくれた彼女を貶す言葉は許せない。


(連れて帰るなどさせものか!)


生家を語る時に見た悲しい表情。

あのような表情などもう見たくない、させたくない。


(そう思わせないよう、八つ裂きにした方がいいのか)


今の自分なら剣も持たずにそれが出来る。

今から追いかけて、実行するか。


「ティ様!」


不穏な事を考えていたら、ミューズの声が聞こえた。


愛しい人が心配そうな表情でこちらを見ている。


「皆が怯えています…落ち着いて下さい」


ハッとした。


急いで周囲を見れば、怯えた目。


やってしまった。



屋敷の者を怖がらせるつもりはなかったのに。


「きゅうぅぅ…」

項垂れ、その場に座り込む。



「皆を助けてくださり、ありがとうございます。あのような姿や声は初めてでしたが、きっと皆を守るため必死だったのですよね」

ミューズが優しく撫でてくれた。



あのような姿のティタンを止めるのはミューズも怖かっただろうな。

本当に申し訳なく思う。




ミューズが止めてくれていなければ今頃人を襲っていたのだ。


いかなる理由でもそんなことをしてしまったら、ティタンは獰猛な獣として処分され、もうここに戻ることは出来なかっただろう。

人を襲うということはそういうことだ。



ティタンはミューズにすり寄る。

感謝の気持ちを込めて。


「ティ様に感謝していますよ。大丈夫ですから」


ミューズに撫でられると自然と喉がなる。

安心できる、心地よい場所にティタンは安心しきっていた。

同時に恐れも少しある。




この場所を失いたくない。




ティタンは祈るばかりであった。






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