番外編:猛獣になった第二王子⑨

部屋で休むよう皆に促され、ティタンとミューズは部屋に戻る。

チェルシーも付き添いで来てくれた。



ミューズは髪が濡れているのにも関わらず、ティタンの為に来てくれたのでそれを乾かす為らしい。


チェルシーが改めて乾かして、動きやすいように編みこんでいく。


(かわいい…)

ティタンはますますミューズを好きになり、彼女を見るともはや可愛いという言葉しか出てこなくなった。


こんな可愛い子が自分の側にいるなんて、人間時代にもなかったので今の生活は夢のようだった。


こんなに華奢で細いのに身を挺して自分の前に出たのは、さぞ勇気が要っただろう。


自分でも爪と牙が剥き出しの獣が目の前にいるのを想像すると、ゾッとするほどなのだから。



ベッドに上り、丸くなってミューズを見る。


勇敢で可憐な女性に見惚れてしまっていた。



手際よくチェルシーがミューズの姿を整えていく。


「ではミューズ様とティ様は休んでいてくださいね。ティ様も本日は本当にありがとうございました、ミューズ様の為にあのように庇い立てをして頂きまして…皆を代表してお礼を申し上げます」


深々とチェルシーは頭を下げた。


「お食事の時間にまたお声がけさせて頂きますね、どうぞごゆっくりお過ごし下さい」

チェルシーが部屋を出ていく。



二人っきりの部屋。


ミューズもベッドに上がり、ティタンのたてがみに触れる。


「ティ様…」

優しく撫でられて心地よい。


ミューズにだったら何時でも触れられて構わない。


すっかり心を許していた。


ぐるぐると喉が鳴る。


「私の家族を守ってくれてありがとう」

(ミューズにとっての大事な人は、俺にとっても大事だ)


心の中で返事をした。


ミューズには何も気にすることなくここで過ごして欲しいと思う。





「ティ様がいなかったらと思うとゾッとします。あの者たちは私をいつまでも操れると思っているのだわ」

(絶対に俺が守る。連れてなんていかせるものか)

また来たら絶対に追い返してやると意気込んで、眉間に皺を寄せてしまう。



「しっかりと皆に伝えて、何らかの対応を考えなくては…」

(きっとマオが何らかの手段を講じるよ、だから安心して)

ため息をつくミューズを勇気づけようと、鼻先をクッとミューズの手に押し当てる。


少し湿っぽいひんやりとした鼻だ。



ミューズはティタンの顔に両手を添えると、鼻と鼻をちょんとつける。



「いつも励ましてくれてありがとうございます、ティ様が側にいてくれて本当に助かりますわ。このような不安なんて、些細な事に思えてしまいます」


キスをされたのかとティタンは硬直していた。


ミューズは安心感からか疲れが出てくる。

「少し休みますね、ティ様。お休みなさい」

ミューズが体を横にするとティタンも寄り添ってくる。

「暖かくて気持ちいい…」

(ゆっくりお休み…)

二人で目を閉じ、眠りにつく。






ティタンは夢を見た。


清々しい青空のもと、広大な花畑の中に立っていた。


人間の姿だ。


久々の感覚に思わず自分の体に触れていく。

「戻ったのか?」

剣を振るう為のゴツい手も、鍛えた筋肉も見覚えがある。


「ティ様」

呼ばれ振り向けば満面の笑顔のミューズ。


「ミューズ!」

ようやく名を呼ぶことが出来た。


両手を広げ、彼女を待つ。


「えっ?」

彼女はティタンに目もくれず、行き着く先は獣姿の自分。


相変わらずの獣姿な自分と、その隣にミューズが寄り添っている。




「ティ様」

ミューズはたてがみに触れ、幸せそうな顔をしており、獣姿のティも満更ではない顔をしている。




「いや、そいつも俺だけど、本当の俺は俺で…」

何だかこんがらがってくるが、本当のティタンはこちらだ。


「ミューズ、俺はこっちだ」

ミューズの目線がこちらを向くものの、ティに触れている手は離れない。


「好きですわ、ティ様」


満面の笑みに嬉しくなるも、気になった。


人間の姿の自分か、獣の自分か。

「それはどっちに対して……」


問いかける前に視界がぼやけてしまった。





気づくとベッドで寝ていた。

そこでようやく夢と気づく。


(戻れたのは嬉しかったな…)


仕方ないことだが、ミューズは人間の姿の自分にはまだ会っていない。

いざ会ったらどう思ってくれるのか、気になって仕方がない。



それ故好意を持たれている獣姿の自分への嫉妬が湧き上がってしまったのは、仕方ないと思う。



いつまでもこの姿でいるわけにはいかない、本当の意味で一緒にいられるようになりたいのだから。


(自分は人間、自分は人間…)

時折今が幸せ過ぎて戻るのを忘れてしまいそうだが、言い聞かせるように心の中で何度も復唱をする。


ふと気づくとミューズの気配がない。


衣擦れの音が聞こえ、そちらに目をやる。


ミューズが着替えているではないか。




「!!!」


声を出さなかった自分は偉い。


見てはいけないと懸命に目を閉じた。

瞼の裏にはミューズの白い肌が焼き付いている。


(絶対に、知られてはいけない。忘れるんだ)

知られて軽蔑されてしまう事を恐れるものの、記憶から消去することが出来ない。


罪悪感と後悔と、少し喜んでる自分への嫌悪感に苛まされてしまった。


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