番外編:猛獣になった第二王子④

食べることや体を動かすことに慣れ始めた頃、ニコラがティタンの様子を見に来た。



昔からニコラからはよく血の匂いがしていた。

彼自身が怪我をしてるわけではないらしいが…。


この姿になって嗅覚が鋭くなったからか、今日はより血の匂いが濃く感じられる。


「兄さん、どうしたですか?」

暗く沈んだ顔のニコラは、黙ってティタンを見ていた。


「なぁマオ。ティタン様は好いてる人はいるか?逆にティタン様を好いてる人は?」

「唐突なのです、ビックリです」

マオはニコラの言葉に目を丸くしていた。


「エリック様には伝えたんだが、件の魔術師から呪いを解く方法を聞き出す事が出来た。だが簡単なのか、難しいのか、俺にはわからなくて。判断がつかずここに来たのだが…」

「回りくどいです。はっきり言って欲しいのです」

ニコラは未だに困惑している。



「呪いは真実の愛で解ける、だそうだ」


ニコラははぁっとため息をついた。


「真実の愛…?」

お伽噺か乙女話か?

白々しい言葉にマオは寒気を感じる。


そもそも真実の愛って、なんだ?


「呪いを掛けた魔術師の女が言った…それが解く方法だと。呪いをかけられた相手は、愛する人からキスをされれば解けるそうだ。全く巫山戯た話だ」


「適当な人間では、ダメですか?」


真実の愛とはわからないが、敬愛や親愛のようなものではどうなのだろう。


「駄目らしい。本来掛けたい相手と違うから別な一つは解いてもらえそうだが」


ニコラは申し訳なさそうにティタンを見る。

「地下牢から出すわけには行かないので、ティタン様にも一緒に地下牢へと来て頂くようになります。僕がしっかりと付き添いますので、けして危険な目にはあわせません」


ティタンはコクリと頷いた。


「問題は、ティタン様がこの姿で城内を歩くという事です。一部の者はティタン様だと知っていますが…殆どの者は知りません。王族がこのような呪いをかけられるとは、外聞が悪いのもあり、情報は伏せさせました」


情報が漏れたとしても人間がこのような猛獣になるなど、信じる者は少ないかもしれない。


「猛獣になったなども、目の当たりした者ですら信じられない者が多いようです。ですので現在ティタン様は、病に倒れたという事になっています。あえて公表はまだしていませんが、もしこの状況が続くようならば…時期を見て公表いたします」


ティタンはふむ、と考える。

今のところ治るとも治らないともわからない。

しかし、自分を愛してくれる女性などいるのだろうか。


先行きが見えない。

不安だ。



「兄さん。ティタン様ですが、王族が管理する新たなペットでどうです?」

「うがっ?!」


ペットとはなんだ!!

抗議するつもりで声を出した。


「アルフレッド陛下の気まぐれでも、エリック殿下の狩りの成果でも、何でもいいのです。ティタン様は本当の猛獣ではありませんが、要するに手出ししてはいけない生き物だと、周囲に認識させるです」


王家の所有物とし、余計な手出しも、害を為すことも許されない存在だとアピールする為だ。


「場内を歩く際は必ず信頼出来るものと一緒です。誰かと一緒なら、誰も何も出来ないのです。今のティタン様を見て手を出す者はほぼいないと思うのですが、ティタン様が害をなしたとし、冤罪を掛けられないようにする為です。ティタン様を処分しようとするかもしれないので、連れの者が必要なのです」


余程豪胆なもの以外は猛獣に近寄る事などはなさそうだ。


しかし、猛獣を忌み嫌い排除するための嘘をつくのはありえる。




「信頼出来る者のリストとシフトを作る。基本はマオにお願いするが、付きっきりは無理だしな。部屋の外にはあの双子の護衛騎士を配置しよう。それ以外だと、騎士のキールが信用出来そうだ」

頭の中で大丈夫そうな人員をピックアップしていく。


ニコラはちなみに、と続けた。


「マオはティタン様のことを、愛してたり、するか?」

「あっ、そういう対象にはならないですよ。ティタン様と結婚とか死んでも無理なのです。死にます」


「キュウゥゥ…」


キッパリはっきり断られ、流石に傷つく。



いや、こちらもマオは対象外だけど?


対象外だけど、それでも何だろう…こう、グサッと来る感覚は。

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