番外編:猛獣になった第二王子⑤

この姿になってから、初めて城内を歩く。


視線がとても痛い。


視線の責め苦に負けぬように堂々と歩けば、皆がティタンを怖がった。

逆に威圧感を与えてしまったようだ。


なので今度は背を丸め、なるべく下を向いて歩いてみる。

それでも怖がる視線は変わらない。


見知った人達のそんな視線を浴び、ティタンは心が重くなる。


「ティ…様。もうすぐ着きますよ」

名前の部分で言い淀む。

誰かに聞かれてはまずいと思ったのだろう。




ニコラが連れてきたの場所は城の暗部だ。

知られてはいけない、見てはいけない場所。

正直ティタンは地下牢に入ったことはない。


自分が入る事も、話を聞くこともないからだ。


そういうのは全て尋問官やニコラが請け負っていた。


(こういうところに幽閉されてもおかしくない姿だがなぁ)

じっと自分の手のひらを見る。


大きな肉球。

力を込めればぐっと鋭い爪が出た。

歯を食いしばれば、鋭い牙が見える。


これで人間を襲えば、確実にひどい怪我になるだろう。


「ティ様、大丈夫ですか?」

先程の言い淀んだ名前をそのまま使うようにしたようだ。



思わず自分の考えに浸ってしまった。

ティタンはこくんと頷き、ニコラの後をついていく。


地下というだけあって、下に向かう階段が続いている。


四本脚だとどうやって降りたらいいか、少々悩んでしまった。


まぁ転げ落ちても潰すのは先を行くニコラだけだし、仕方ないかとゆっくり足を出してみる。




何とかニコラを潰す事なく降りられた。




地下は血生臭さと湿気で酷い匂いだ。

閉じられるならば鼻を閉じたい。


人の気配はする。


誰も彼もが牢の奥にいる。

暗い中をニコラは僅かな灯りを頼りに、迷わず歩いていく。

ティタンも今の目では、この薄暗がりがはっきりと見えていた。


当たり前だがここにいるのは罪人ばかり。


牢の奥には見たことがある顔がいくつかある。


外の牢には移せない、知られてはいけない秘密を持った者達だ。


「最奥にいます」


誰がとはニコラは言わないが、わかる。

ティタンには聞ける言葉もないが。




暫く歩いた。

ティタンはただ付いて行くのみ。





「連れてきたのね?」


立ち止まったところで聞こえたのは、女性の声。


「待ちくたびれたわ。それがエリック様の代わりに魔法を受けた弟ね」


意外と元気そうな声だ。


紫の髪はだいぶ傷んでいる。肌もくすみ、傷ついているが、目だけは何故か輝いていた。

狂ったような顔つきだ。

ティタンは警戒し、身体に力を込める。


こういう手合いは何をするのか予測が出来ないからだ。




「申し訳ありません、なかなか許可がおりなくて」

ニコラはにっこりと微笑んだ。


「エリック様の弟なら、あたしの弟だわ!さぁ、解いてあげるからこっちにおいで!」


異様な雰囲気に思わずティタンは唸り声を上げる。

「いけませんティタン様、未来のお義姉様ですよ」




ニコラの言葉は訳がわからなかった。

戸惑った故、完全に油断してしまった。


ニコラがティタンの首を上から押さえつけたのだ。


爪も牙も届かず、身動きが取れない。


「お静かに。呪いを解いてもらうだけです」

ニコラは耳元でそう囁いた。


「約束、忘れてないわよね?呪いを解けばあたしをここから出してエリック様に会わせてくれるって」

「もちろん。嘘などつきません、僕は拷問を受けるあなたを助けたでしょ?あなたのその力、とても素晴らしい。愛する人にかける情熱も感銘を受けています」


嘘つきな、ニコラの声だ。

人の良さそうな、甘い褒め言葉。


ティタンは体の力を抜いた。


「そうね…あたしが結ばれたいのはエリック様だもの。あなたは要らないから」


女は何かを唱え、ティタンの体に触れる。


黒い靄が体から抜け出て、何かが晴れていく。


「解いたわ…さぁ、エリック様のところに連れて行きなさい」


女は苦しそうだ。


ニコラは確認するようにティタンに声を掛ける。


「…ティタン様、体は大丈夫ですか?」


ティタンは頷く。

ようやく首から手を離してくれた。


「強引に押さえてしまい、すみませんでした。あの場で暴れては解いて貰えない可能性がありまして…」


ふふっとニコラは笑う。


「死の呪いは解けましたね、あぁ良かった…これであとはティタン様を愛してくれる人を探すのみ…!」

「早く、ここから出しなさい!!」


女の叫び声とニコラの笑い声、ティタンはまだよくわかっていない。

死の呪いというのが、もう一つの呪いだったのか。


「ティタン様、あなたに掛けられた呪いはあと一つ。ここからは一人で戻れますね?」


ニコラの声はとても優しい。

いくらか安堵が混じった声だ。


「僕はもう少し、あの罪人と話します。詳しくは後で話しましょう」 


ティタンにここから去るように話すと、ニコラはゆっくりと牢に向かう。


「今開けますね」

「さっさとしなさい!エリック様に会う前に、湯浴みをしたいわ。それに新品のドレスも欲しいわね。あの方に会うならばきちんとした格好をしないと。この前の傷が痛むわ、拷問した奴はちゃんと処罰したの?傷跡が残るのは嫌よ、凄腕のきちんとした治癒師も呼んでよね」


ニコラが鍵を開け、中に入る。


そして、躊躇うことなく女の顔面を殴りつけた。


「そんな心配、もうしなくていいんですよ。エリック様に会えることはないのですから」



ニコラはそれだけを言うと腰の剣を抜いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る