番外編:猛獣になった第二王子②
体の痛みに気を失ったティタンが目を開けると、まず大きな前足が目に入った。
薄紫の体毛。
自分の髪色と同じだなぁと思う。
手を動かそうとしたら、目の前の前足がピクリと動く。
「?」
わからない。
自分と同じ動きをするなんて。
体は思うように動かない。
誰か、いないか?
声を出し、誰かを呼ぼうと思った。
「ぐうぅ…」
長らく寝ていたことで喉が枯れたのだろうか。
聞き覚えのない声が出る。
喉の震えを感じた。
紛れもない自分の声のはずなのだが。
「…ティタン様?」
憔悴したマオの声。
側に居たのか。
声の方へ視線を移す。
テーブルに突っ伏していたのだろう。
髪はボサボサ、顔色は悪い。
いつものマオらしくない。
俺はどのくらい寝ていた?
あの後何があった?
聞きたいのに、声が出ない。
「ティタン様、良かったです。目を覚まさないかと、思ったのです」
よろよろとマオがティタンの方へと歩み寄る。
「くぅぅー…」
空気が漏れるような音。
頑張っても声が出ない。
「ティタン様、今は言葉は出ないのです。理由を説明するので、落ち着いて聞いて欲しいのですが…」
マオは用意していた鏡をティタンに向けた。
「今のティタン様は、人じゃないのです」
瞬きを何度しても鏡に映るのは変わらない。
自分も口を開けば、それも口を開く。
鋭い牙が列を為していた。
掌を見れば大きな黒い肉球。
グッと握れば大きな爪が出てきた。
(これは、どういう事だ?)
思い出せ、最後の光景を。
目を瞑り、記憶を遡る。
覚えているのは王宮での事。
国外からの来賓を招いていた。
あの時の自分は護衛を兼ねて兄の側にいた。
何度も会ったことのある人達。
けれど油断していたつもりはない。
感じたのは僅かな違和感。
決定的なものはない。
ただ嫌な感覚を受けた、それだけは覚えている。
わかったのは、それを浴びた後だ。
一つ一つは何ともない。
でも大量に身体に蓄積され、入り込むそれは、悪意の塊にしか思えなかった。
ぞわりと肌に纏わりつく、粘着性を感じる悍ましさ。
ひと言でいうと厭らしいものだ。
(そうだ、蝶が…)
鱗粉だったのかあれは。
細かい粒子が見えたのを思い出した。
その後体が熱くなり、一瞬の内に激痛が走ったのだ。
眼前は紅く染まり、骨が軋んだ。
無理矢理皮を引き裂かれるような感じた事のない痛みだった。
痛みに慣れていると思っていたが、関節を、皮を、内臓を伸ばされるような痛みは耐え難かった。
冷静な兄が叫んでいた。
怒りとも悲しみとも分からぬ表情で。
マオは誰かを呼ぶよう指図をしていた。
治癒師か王宮術師か、多分その辺りかもしれない。
眼前に濃い赤が見えていたので、多分出血していたんだろうと判断した。
従者のニコラがいない。
いつも彼は兄の側にいるのに、それだけの緊急事態なのだろうか。
父や母、その近くにいる義姉のレナンまでは見えなかった。
もはや視界がぼやけて視えなくなっていたからだ。
(あの後こうなったのか…)
たてがみフサフサの猛獣、それが今のティタンの身体だった。
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