幸せな日

「う〜ん……」

 ミューズはようやく目を覚ました。


 誰かが着替えさせてくれたようで、ミューズは楽な服装になっていた。


 あたりは暗くなっており、机上の灯りだけがゆらゆらと辺りを照らしている。

 そのほのかな光の中で、椅子の上で寝ている人物がいるのに気づいた。


 そこにいたのはティタンだ。


 目を瞑っていて静かな寝息を発している、なるべく音を立てないよう気をつけながらベッドから下りた。


 彼も疲れているだろう、起こしたら可愛そうだ。


 恐る恐る近づいて顔を覗き込むが、いまだにティとティタンが結びつかない。


 騎士として鍛えられているティタンの体は、ミューズを覆い隠せるほど大きい。

 組まれた腕もとても太くたくましかった。

 薄い眉毛と骨ばった顔立ち、兄であるエリックとはだいぶ作りが違うけれど愛敬がある。

 今は閉じられている目は黄緑色なのだが、植物の色で結構好きだ。


 寝てるのをいい事に、ミューズはあらゆる角度でティタンを観察していく。


 もうティのふさふさには触れないのが残念だが、ミューズはティタンも好きなので、息を潜めながら眺めていた。


「……そろそろいいかな。恥ずかしい」

 寝ているはずのティタンが、目を閉じたままそう話しかけた。


 驚いて思わず距離を取る。


「起きていたのですか?」


「あぁ、君が起きたときからずっと。まじまじと見ているものだから、どうしようかと思って」

 お互い照れてしまい、部屋には沈黙が流れる。


「本当にありがとう。ミューズのおかげで俺は元に戻れたよ」

 沈黙を破ったのはティタンだ。


「呪いを解くには真実の愛って言われたけど、そもそも俺は女性に縁遠かった。婚約者候補はいたけれど、会ってみてもピンと来なくて。猛獣になってからは尚更誰も寄り付かなった。君がいなければ一生獣のままだったと思う」


「力になれて良かったです。ティ様の姿も凄く素敵でしたよ」


「そちらを気に入る者なんて尚更いなかったなぁ。実は昔、君に釣書を送ったのは知ってるか?」

 初耳である。


「すみません、全く知りませんでした」


「嫡子である事で断られたんだけど、それなら俺が入婿になると言ったんだが、それも断られてしまった。妹のカレンならばと来たが、それは俺が嫌だった。ミューズでしか受け入れる気はなかったからな」

 きっと父が揉み消したに違いない。


「王族からの釣書ではあったが、結局ミューズがどうしても首を縦に振らないので、と君のせいになっていたな。俺は振られたショックで気づかなかったが」

 知らぬ間に傷つけてしまっていたようだ。


「申し訳ございません、父のそのような行いに全く気づけず、ティタン様を傷つけてしまうなんて」


「いや、君の父親が勝手な事をしたのだというのは、その後の調査でわかってたんだ。でも、本当に君が嫌がっている可能性も捨てきれないと怖気づいてしまい……その間にユミルが君の婚約者候補になってしまってな。その頃の俺は正直荒れていた」

 愛しい人が別な男と結婚するかもしれない、と気が気ではなかった。


「この姿になってから、まさかまた君に会えると思っていなかった。驚いたが嬉しかった。ミューズの時は驚かせないよう特に慎重に近づいたのたが、ためらわずよく触れる事が出来たな」


「だって、可愛かったのですよ」

 あのふさふさなたてがみを思い出す。


「今の姿は嫌いか?」


「今の姿も好きです……かっこいいです」

 言いながら頬が熱くなるのを感じた。


 ティタンは優しくミューズを抱きしめる。

 獣の時とは違う、温もり。


「ありがとう。俺を、ティを愛してくれて。まさかこの腕で抱きしめられるなんて、死んでしまいそうなくらい嬉しい」


「私も、ティタン様と婚約出来るなんて、嬉しい」

 二人は優しく抱きしめあっていた。



 その後恙無く婚約を交わし、正式にパルシファル辺境伯領へと移り住んだ。


 もともとティタンは臣下として下る予定で、この土地もティタンが治める事になっていた。


 正式な跡継ぎではないスフォリア領主代理達は、今までミューズが行なってきた事が施行出来ず、徐々に弱まっている。


 王家に口を出したのもまずかったようで、味方はいなくなっていた。


「いずれはミューズの子ども達が治められるよう、時が来るまで王家が管理しておくよ」

 ミューズの祖父にもその旨を話し、了承してもらった。


 もはや領地を保つのも難しいミューズの実家は、どうなっていくのだろうか。

 ミューズの補佐をする予定だったユミルは、実家に帰る事すら許されないようだ。


 勝手に婚約者を替えたのも原因らしい。

 



 結婚式を控えたミューズ達は、とても幸せそうであった。


 ティに会えないのが少し寂しかったが、婚約パーティの前に切ったたてがみで可愛らしい人形に仕立ててもらった。


 辺境伯へと移り住んだため騎士団長も辞めてしまったが、その後をキールが継いだ。


 納得もしておらず一緒に辺境伯領へ行くとごねていたが、キールに騎士団を抜けられては困る、と説得して留まってもらった。

 一年に一度王国にて騎士の大会を開き、そこでティタンと腕試しをするという話で、何とか合意してもらう。


 ルドとライカもティタンへとついていき、パルシファル領の警備隊を作るための指南役となった。


「こんなに幸せでいいのかしら……」

 ティタンの肩に凭れながらミューズは呟いた。


 妹の代わりとして猛獣のお世話係になったわけだが、まさか人生の伴侶が見つかるとは。


 未来がどうなるかなんて、わからないものだ。


「俺もだ。初恋が実るなんて嬉しいよ」

 あの日、あの夜。


 初めて会った時は見習いの騎士だった。

 ティタンを第二王子だと知らない者ばかりだから、誰からも話しかけられなかった。


 偶然とは言え知り合ったミューズは、自分の話を楽しそうに聞いてくれた。


「こんなきれいで可愛くて優しい婚約者が出来るなんて俺は幸せだ」

 自然と唇を重ねる。


「一緒に幸せになろうな」


「はい」


 二人はその生涯を閉じるまで仲睦まじく過ごしていった。


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