真実の愛と呪い
「皆の者、今日はわが息子、第二王子ティタンの婚約式に参加してもらい、誠に感謝している」
国王アルフレッドの言葉に、皆面を伏せ、静かに耳を傾けていた。
「ティタンが病に倒れたという話は皆知っているだろうが、この度回復する兆しが見えた。いまだ病状は変わらぬものの婚約式の運びとなったのだ」
容態はどうなのだろうと心配の声があがる。
「噂では容姿が変わってしまったと聞いたと思うが、事実だ。ティタンは人ではなくなった」
ザワザワとした声が大きくなる。
「ティタンが罹った病、それはとある魔術師による呪いだ。次期国王のエリックを狙った卑劣で悪意に満ちた呪い、それを庇い受けたティタンの体はみるみる崩れていき、別なものへと変わってしまった」
王族の悲痛な表情を見て、ミューズもティタンの様子が心配になる。
「ミューズ=パルシファル辺境伯令嬢、こちらへ」
「はい!」
急に名を呼ばれ、ミューズはぎこちない動きで国王のもとへ行く。
その隣にはティが付き添い、一緒に壇上へあがった。
「今までティを見てくれてありがとう、よく頑張ったな」
「いえ、私は当然の事をしたまでです。そのような言葉を頂くわけには……」
「君は私達家族を救ってくれたのだ」
国王は皆に向き直り、演説を続ける。
「こちらのミューズ嬢は、わが家族の大恩ある令嬢だ! なんと言ってもティタンの呪いを解くために、力を尽くしてくれた」
そのような覚えはないと思い、ハッとティを見る。
怒られるのではないかと、ティは縮こまっていた。
「この獣こそが呪いを受けたティタンの姿だ!」
あぁ~~と、心の中で声を上げ、ミューズは危うく卒倒しそうになった。
「実はミューズ嬢以外にも声をかけた令嬢はおる。しかし、その姿を見ただけで皆悲鳴を上げて逃げてしまった、仕方のないことだが……しかしミューズ嬢は臆することなく、この獣姿のティタンを受け入れてくれた。正体も知らず、王族が大事にしている獣というだけで、数々の世話を一人でこなしていた。時には獣の身を清めてあげ、体調を崩した時には看病をする、献身的な世話を行なってくれたのだ」
だいぶ話が盛ってある。
マオやチェルシーに目をやるが、涼しい顔で逸らされた。
「おかげで間もなくティタンの呪いは解ける。ミューズ嬢の勇気と優しさのおかげだ」
「お待ち下さい!」
一人の令嬢が声を上げた。
「私だって、その獣がティタン様だと知っていたら、誠心誠意尽くしていましたわ! 昔からお慕いしておりました!」
エリックが立ち上がり前に出る。
「君は、ティのお世話を頼もうと思った令嬢の一人だな」
「はい、覚えていて下さり、とても光栄です!」
令嬢の目はキラキラと輝いていた。
「もしも始めから知っていたら、ミューズ嬢のように献身的な世話が出来た、と言うことでいいのかな?」
「はい! 私はティタン様の事をずっと昔から好きでした! 自信があります!」
ミューズを睨みつけながら言うのだから、余程自信があるようだ。
「……なるほど。ポーラ=レミントン子爵令嬢はそれ程までに自信があるのか。では、今までの話が嘘だと言ったら?」
「えっ?」
エリックの足音と低い声が響く。
「このティは、王族の妻となる者を見極めるための王家の魔獣だ。手懐けることが出来なければ、王族の妻にはなれない。レナンはたまたま一人目で手懐けてしまい、噂は広まらなかった……となったらどうする?」
レナンを呼び寄せ、二人でティを囲むように立つ。
さりげなくミューズを令嬢の視線から外させるよう、彼女を隠すようにして。
「王族である我々への愛がなければ、この魔獣は受け入れない。君も試してみようか。大丈夫、噛まれたとしてもここには腕の良い治癒師が大勢いる。
さぁティ、あちらの令嬢へ近づいてご覧。間違えて噛み付いてしまってはだめだよ、場所が悪ければ死んでしまうからね」
「ひっ!」
物騒な事を言うエリックに令嬢は悲鳴を上げた。
エリックは眉を顰める。
「おかしいな、ポーラ=レミントン子爵令嬢。ミューズ嬢より自信があるのならば、ティが近づいても大丈夫なはずだが」
ティがゆっくりと近づいた。
わずかながら唸り声をあげている。
「ティが選んだミューズ嬢を貶したのだ。ティも怒っているようだな」
鋭い目つきに、尖った牙、前足からは爪も出ている。
「この状態で自信があるなどと宣言出来る令嬢はそうはいない。肝が据わっているな」
いつ逃げ出すのかとエリックは楽しそうだ。
充分に近づいたところでティは止まった。
あと少しで令嬢に飛びかかれる位置だ。
「どうする? ポーラ嬢、発言を撤回するか?」
「は、はい、申し訳ございませんでした!」
ヘナヘナと座り込む令嬢を助ける者は、誰もいない。
父親であるレミントン子爵すら、足が竦んで動けなかった。
「不愉快だな。キール、この親子をつまみ出せ。二度と王宮へ入れるな」
「はっ!」
素早く二人を拘束させ、王宮の外へと案内させた。
あれだけエリックに名前を呼ばれた令嬢は、貴族の恥としていい縁談など来ないであろう。
最初のうちは名前を出さないようにと務めたが、ミューズを睨みつけたことが引き金になった。
恩人を侮辱されてそのままになどしてはおけない。
「これでミューズ嬢の正当性がわかりましたね。申し訳ない父上、あのような者が紛れ込んでしまいました。続きをお願いします」
レナンと共にエリックが席へ戻ると国王は咳払いをしてから、話を続ける。
「ではミューズ嬢、最後の解呪をお願いする」
(最後の解呪?)
どういったものだろうか。
「真実の愛によって、ティタンの呪いは解呪されるのだ。献身的に尽くし、愛を育んできたミューズ嬢なら出来る」
真実の愛とは、それはつまり……
「愛する者の口付けでティタンは元に戻れるのだ」
今度こそ卒倒するかと思った。
キスが嫌なのではない。
ティの事は好きだし、ティタンの事も好きだ。
しかしこのような大勢の観衆の中で、なぜ行う必要があるのか。
(昨日でも、一昨日でも良かったじゃない!)
このお膳立てを誰がしたかはわからないが、パーティのパフォーマンスとして選ばれたに違いない。
恋愛小説ならよくある事だが、現実で望むものではない。
周りの視線が痛い。
「くぅ〜ん……」
ミューズはその声にハッとした。
今辛いのは自分ではない、呪いがかかっているティタンの方だ。
数ヶ月も前から人間の姿からこの愛らしい姿になっている。
自分ならともかく、ティタンは人間に戻りたいはずだ。
自分で戻せるかどうか、もちろん不安ではある、しかし、ティタンはミューズを選んでくれたのだ。
その気持ちに応え、生涯側にいたいとも思う。
「恥ずかしいから目を瞑ってくださいね……」
素直に閉じてくれたのを確認し、そっと唇を重ねた。
途端にティの体が光り出した、ミューズは目を開けていられない。
じつはマオとニコラの幻惑魔法である、これでティタンの姿は皆からは光輝いて見えてるはずで、本人の姿はまだ確認出来ないはずだ。
ミューズにも知られてはいけない、ここからイリュージョンよろしくの早着替えに入るからだ。
(体が痛い、骨が軋む、内臓が潰れそうだ)
ティタンの視界はグングンとあがり、叫び声を必死で抑える。
体が獣から人へ、作り変えられているのだ。
眼の前には目を閉じているミューズがいる。
何も纏っていない姿を見られたら、社会的に死ぬだろう。
歯を食いしばりながら、両腕を伸ばし、足を揃える。
上半身はメイド達が、下半身はルドとライカが着せていく。
この日のために用意した遮光グラスをかけ、急いで服を着せている。
最後に髪を撫で付け、ティがつけていたスカーフを左腕に巻いた。
ティタンから侍従達が離れたのを確認し、マオとニコラは徐々に魔法を解いていく。
激しい光が引いていくのを感じ、ミューズは目を開けた。
「ミューズ……」
目の前には大きな男性がいた。
ミューズより頭2つ分高いであろう男性は、紛れもなくティタンだ。
薄紫色の髪に黄緑の瞳、白を基調とした格調高い衣装。
左腕にはティがつけていたスカーフをつけている。
「君のおかげで元に戻れた。礼を言うぞ」
ニカッと笑うは爽やかな笑顔。
ミューズはさすがに3回目の驚きには耐えきれず、気を失ってしまった。
「ミューズ!」
急に崩れ落ちたミューズの体を支え、抱えこむ。
その体はとても軽く、すっぽりとティタンの腕に収まってしまった。
すぐに治癒師が来てくれる。
「特に体に問題はありません。余程気を張りすぎたのでしょう、ゆっくりと休ませてあげてください」
ミューズを抱えたまま、ティタンは息を吸い込んだ。
「皆の者、今日は俺の婚約パーティに来て頂き誠に感謝する! しかし、今まで俺の解呪に力を貸してくれていたミューズが、過労で倒れてしまったのだ。式の途中であるが、俺とミューズが抜けてしまうことを許してほしい!」
よく通る声でそう言うと愛おしそうにミューズを見つめる。
「結婚式については、後日改めて書簡を出すつもりだ。その時はぜひ万全の状態で皆様をお招きしたい」
「パーティはまだ始まったばかりだ。アドガルムのおもてなしを存分に楽しんでいってくれ。では先に失礼する」
挨拶が終わり、退場すると駆け出さんばかりの早足で自室に向かう。
マオも合流し、ミューズを心配している。
「心身ともに疲労がたまったですか。ミューズ様をしっかり休ませるです。ちなみに見えてなかったとは思うのですが、大丈夫そうでしたか?」
「大丈夫、だと思う……」
気を失ってしまったのが自分の裸を見たからとは思いたくない。
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