真実の愛と呪い
キスが嫌なのではない。
ティの事は好きだし、ティタンの事も好きだ。
しかしこのような大勢の観衆の中で、なぜ行う必要があるのか。
(昨日でも、一昨日でも良かったじゃない!)
このお膳立てを誰がしたかはわからないが、パーティのパフォーマンスとして選ばれたに違いない。
恋愛小説ならよくある事だが、現実で望むものではない。
周りの視線が痛い。
「くぅ〜ん……」
ミューズはその声にハッとした。
今辛いのは自分ではない、呪いがかかっているティタンの方だ。
数ヶ月も前から人間の姿から、この愛らしい姿になっている。
自分ならともかく、ティタンは人間に戻りたいはずだ。
……本当にティタンを元の姿に戻せるのかどうかは、心配である。
しかし、ティタンはミューズを選んでくれた。その気持ちに応え、生涯側にいたいとは思っている。
「恥ずかしいから目を瞑ってくださいね……」
暫し悩んだ後、そっとティにお願いをする。
素直に目を閉じてくれたのを確認してから、そっと唇を重ねた。
◇◇◇
唇が触れた瞬間、途端にティの体が光り出した。
ミューズは目を開けていられず、目を閉じ、押さえる。
煌々とした光が室内を照らす、そこにいる誰もがあまりの眩さに目を開けていられず、目を押さえて驚いていた。
実はマオとニコラが協力し、魔法でこの光を生み出したのだ。
この眩しい光のせいでティタンの姿はまだ確認出来ないはず。
ここからイリュージョンよろしくの早着替えに入る。
このミッションはミューズにも知られてはいけないものだ。
◇◇◇
(……体が痛い、骨が軋む、内臓が潰れそうだ)
ティタンの視界はグングンと高くなっていく、叫び声を上げたいのを必死で抑えた。
体が獣から人へ作り変えられているのだ。
四つ足から二本足に。あるべき姿へどんどん変化していく。
眼の前には目を閉じているミューズがいる。
(どうか気づかれませんように……)
何も纏っていないこんな姿を見られたら、ティタンは社会的に死ぬだろう。
何より愛しい人に嫌われる事を想像すると、寒気が走った。
そうならないためにも、歯を食いしばり声を押さえ、両腕を伸ばし、足を揃える。
眩しい光の中、ティタンの側には数人が集まっていた。
上半身はメイド達が、下半身はルドとライカが担当し、ティタンに服を着せていく。
この日のために用意した遮光グラスをかけ、急いでティタンの身なりを整えているのだ。
急ぎ、でも丁寧に服を着せていく。
最後に髪を撫で付けて、ティの姿の時につけていたスカーフを左腕に巻いた。
これで、ティがティタンへと変わったことがわかるだろう。
ティタンから侍従達が離れたのを確認したマオとニコラは、徐々に光量を下げていく。
激しい光が引いていくのを感じ、ミューズは目を開けた。
◇◇◇
「ミューズ……」
目を開けると体格の良い大きな男性が立っていた。
ミューズより頭二つ分高いであろう男性は、紛れもなくティタンである。
薄紫色の髪に黄緑の瞳、白を基調とした格調高い衣装を身に纏っていた。
左腕にはティがつけていたスカーフをつけていて、代わりにティの姿が無くなっている。
本当に獣がティタンであったという証拠だ。
「君のおかげで元に戻れた。礼を言うぞ」
ニカッと笑うは爽やかな笑顔。
「あ……」
本当に獣が人に。
ミューズはさすがにこの驚きには耐えきれず、気を失ってしまった。
「ミューズ!」
急に崩れ落ちたミューズの体を支えるよう、慌てて駆け寄り抱えこむ。
その体はとても軽く、すっぽりとティタンの腕に収まってしまった。
すぐに治癒師が駆けつけ、ミューズの容態を診ていく。
「特に大きな問題はないようです。恐らくですが、気を張りすぎたのでしょう。今はゆっくりと休ませてあげてください」
その言葉に、ミューズを抱えたままであるティタンは、息を吸い込んで話し始める。
「皆の者、今日は俺の婚約パーティに来て頂き誠に感謝する。しかし、今まで俺の解呪に力を貸してくれていたミューズが、過労で倒れてしまったのだ。式の途中であるが、俺とミューズが抜けてしまうことを許してほしい!」
よく通る声でそう言うと愛おしそうにミューズを見つめる。
「婚姻については、後日改めて書簡を出すつもりだ。その時はぜひ万全の状態で皆様をお招きしたい。パーティはまだ始まったばかりだ。アドガルムのおもてなしを存分に楽しんでいってくれ。では先に失礼する」
挨拶が終え退場すると、駆け出さんばかりの早足で向かう。
向かう先はミューズの為に用意していた部屋だ。
マオ達も合流し、ミューズを心配そうに見つめる。
「心身ともに疲労がたまったですか、ミューズ様をしっかり休ませるですよ」
マオの言葉にティタンは頷く。
「……ちなみに見えてなかったとは思うのですが、大丈夫そうでしたか?」
「大丈夫、だと思う……」
気を失ってしまったのが自分の裸を見たからではないと思いたい。
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