第23話

 藤宮が怒りながら部室を後にしてから城ケ崎と冴山はそれぞれ机に向かい今後のことについて考えていた。

「それにしても、藤宮さんは僕たちに何を求めているのか分かりませんね。」

 冴山は先ほどのような沈んだ様子を未だに引きづっているようでありながらも、今回の依頼において最も城ケ崎たちを悩ませる問題に切り込んだ。冴山の指摘した通り、城ケ崎にも今回の依頼にはこれまでとは違うとっつきにくさが感じられていた。具体的には依頼主が何を求めているのか2人にはいまいち分かっていないのだ。それを少しでも理解するため、城ケ崎は今までの状況をシンプルに整理し始めた。

「まず藤宮先輩はレギュラーを目指してきたけど春の大会はベンチメンバーとして出場、それが悔しいんだろうな。」

「でもそれは応援部に依頼したところで何も変わらないのではないですか?」

 冴山の指摘は最もだ。いくら応援部といえど所詮はただの部活の1つに過ぎない。城ケ崎は依頼を受けた時には考えていなかったが、応援部が彼女の悔しさをぶつけるサンドバックのような役割になっているのではないかという説が脳裏をよぎった。だが仮にそうだったとして城ケ崎は一概に彼女を責める気になれなかった。これまでの依頼でもレギュラーという地位に人一倍こだわりを持った生徒がいたことや、城ケ崎自身の経験から藤宮の気持ちは理解できたからだ。それに対し冴山の意見は運動部を経験していない、この学園の中でも少数派に含まれるであろう視点からもたらされるものであり、彼の彼女への発言も悪気があったわけではないと分かっているからこそ彼も責める気にはならなかった。城ケ崎は腕を組みながら冴山からの問いに答えようとする。

「確かにそうだ、だけど藤宮先輩の気持ちは分かる。レギュラーという」

 曖昧な答えしか言えないことが城ケ崎には歯がゆかった。それと同時に藤宮の気持ちをどう前に向かせるかどうかを考える。だがどうしても応援部のようなほぼ他人の集まりの自分たちに出来ることがあるのかという壁にぶつかるだけだった。そんな八方塞がりのような雰囲気が部室内に漂う中、1つの走る足音が廊下から聞こえてきたかと思うと、部室の扉が開いた。2人の視線の先には息を切らし、肩で呼吸をする鹿島茜の姿があった。

「君たち、藤宮さんに何言ったの?!」

 開口一番に彼女は2人を問い詰めるた。その気迫に押され2人は視線を逸らし、気まずそうにするが、責任を感じているのか、冴山が先に口を開いた。

「レギュラーにそこまで固執する必要はないんじゃないかって言ってしまいました。」

 冴山が白状し、鹿島ははぁ~とため息を吐き、手で顔を覆った。

「それは言っちゃダメなやつ……。」

「すいません、その前に俺が藤宮先輩に何も助言できませんでした。」

 城ケ崎も申し訳なさそうに鹿島に伝えた。

「そうかぁ、まぁ仕方ないわ。冴山君はまだ入部したてで運動部の経験も無し、城ケ崎君もまだ応援部に入ってから一ヶ月しか経ってないもんね。今回は私の指示のミスでもあるから、そんなに気にしないで。」

 彼女は2人を叱ることなく、穏やかな声色でそう言った。彼女の言葉に城ケ崎は安心し、今の状況について簡潔に説明した。

「正直、藤宮先輩が何を求めているのか分からないというのが本音です。」

 現状、こんなことしか言えないのが城ケ崎には情けなく感じられた。彼の報告を受け、彼女はうんうんと相槌を打つ。さらに城ケ崎は自身の考えをつけ加えた。

「もしかして、藤宮先輩は応援部を悔しさをぶつけているだけなんでしょうか……。」

 城ケ崎の言葉には悲しさが滲んでいた。そんな彼の感情を感じ取ったのか、鹿島はそんな彼を慰めるように語りかけた。

「英明だと特にレギュラーになることを一番の目標にしている生徒は少なくないわ。彼女にとってはよほどショックだったのね……。」

 鹿島は手を顎に当てて考えているようだった。彼女が応援部へ久しぶりに顔を出したことが嬉しく忘れていたが何故いきなり来たのか、さらに頑なにやりたがらなかったというのにここまで協力的になることが城ケ崎には疑問だった。

「そういえば、どうして急に来たんですか? あれだけ僕らに依頼をやらせようとしていたのに。」

 素朴な疑問を鹿島に投げかけると、鹿島は一瞬の間を置いて明るいトーンで返してきた。

「まぁ、ほっとけなくなったって言うか、やっぱり私は応援部が良いかなって思ったんだよね。」

 城ケ崎には彼女の言葉に嘘があるようには思えなかったが、その言葉を言った彼女に何か違和感を覚えたが、咄嗟のことで上手く口では言い表せず、そのままスルーしてしまった。鹿島はそのままいつもの調子で話を進めていく。

「もう一度彼女の話を聞いてみるしかないかな。」

 彼女の出した案は城ケ崎と冴山がついさっき失敗したことであり、またやったところで上手くいかないのではという懸念があるが、鹿島がいればどうにかなるんじゃないかという安心感もあった。しかし今回は一度彼女を怒らせてしまった分、また藤宮から話を聞かせてもらうには骨が折れそうだと城ケ崎は予感していた。

「どうすればもう一度藤宮先輩と話せますかね?」

 藤宮との会話に持ち込めれば鹿島がどうにかしてくれるだろうと期待するしかなかった城ケ崎はどうすれば藤宮ともう一度話ができるようになるかを考え始めた。

「そもそも応援部に相談するという時点で何か特別な事情があるのよ、だからそう簡単に依頼を取り下げることは無いわ。」

 彼女は己の経験則からか、焦ることなく彼女の心理について推理していた。そんな彼女は頼もしく、まさに応援部部長という貫禄すら感じられた。それが城ヶ崎には嬉しくまさに応援部にはなくてはならない存在だと実感していた。鹿島は自分の机を2人の使っている机に近づけ、3人はそれぞれの椅子に座る。彼女はもう依頼を解決するための道筋を立てているかのように話し始める。

「まずは2人がちゃんと藤宮さんに謝ること、それからはどうにかして私が説得してここに連れてくるわ。今度は3人で彼女の話を聞きましょ。」

 2人ははい、と返事をした。藤宮を怒らせ、失望させたことに罪悪感を抱いている2人は緊張した面持ちで鹿島の指示に従うことにした。そして彼女は自信に満ち溢れている様子で胸を張って宣言した。

「それで、彼女と話し合いになったら私に任せて、よく見ていてね。」

 よく見ていて、ということは冴山や自分の指導も兼ねているのだと理解した。自分よりも鹿島の方が冴山の指導をするには適任であると思っていた城ヶ崎は肩の荷が降りたような気分だった。これならば冴山への指導もより良いものとなるという確信が城ヶ崎にはあった。そしてすでにこの時点で彼は先ほど抱いた違和感のことなど忘れていたのだった。

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