第22話

「私はどうすべきだと思いますか?」

 悩んでいる様子を見せていた鹿島は不安そうな声色で隣に座っていた佐久間に聞いた。それを聞いた彼女は鹿島の目を見てはっきりと告げた。

「それは茜ちゃんが自分で決めることよ。私が出来るのは相談に乗ることくらい。」

 ある意味当然とも言えた返答に鹿島はがっかりした様子でまた悩み出した。そんな彼女をじっと見つめたまま佐久間は彼女への助言を送る。

「私としてはせっかくの高校生活なんだし、茜ちゃんが満足するような選択をして欲しいって思ってる。でも、それで生じる責任から逃げちゃ駄目よ。」

 彼女は最後にそう言い残すと椅子から立ち上がり保健室へと戻っていった。その言葉を黙って聞いていた鹿島は佐久間が立ち去る時も、何も言わずにずっと座っていた。

 夕陽が差し込む室内で2人の男子生徒、城ヶ崎努と冴山紘は頭を抱えながらも目の前の難題に必死に食らいつこうともがいていた。彼らが直面しているのは彼らとしては初めての依頼主からの具体案が無いという事態、さらにそれに加えて頼れる部長である鹿島茜の不在というダブルパンチである。後者に関しては城ヶ崎にとっては問題ではないが、冴山への指導も今回の依頼には含まれていることが彼にプレッシャーを与えていることは想像に難くない。城ケ崎は経験したことのない難題に頭を悩ませていた。冴山には以前鹿島から受けたような基本的な応援部の情報に関する説明は済ませていた。後は具体的な応援なのだが、これに関する指導を直接鹿島から受けたことはほとんど無かったことを彼は思い出した。だったら冴山への指導というものはそこまで難しく考える必要はないのかもしれないという結論に城ケ崎は至った。習うより慣れろと彼女が考えているからこそ新入部員への指導という重要な役目を自分に任せたのかと考察した城ケ崎は冷静に思考を働かせた。ならば直近の問題は今回の依頼主である女子バレー部の藤宮への応援をどのようにして行うかということになってくる。そこまで考えると彼は落ち着くように一旦息を吐いた。それを間近で観ていた冴山がまだ心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫ですか? やっぱり城ケ崎君には荷が重いんじゃ……。」

「いや、問題無いさ。今一番困ってるのは応援のやり方がいまいち思い浮かばないことと鹿島先輩に頼れるか分かんないことだな……。」

 城ヶ崎は冴山のほうを見ながら冷静に現状を分析し、説明した。彼にとって鹿島の協力が得られないかもしれないというのは心の支えがなくなったかのような感覚だった。彼女の声色、言葉は生徒を前に向かせるような魅力があることに加え、応援部としての経験値はまだ入部したての城ヶ崎と冴山にとって依頼を解決するための貴重な材料だった。それを使えないとなれば城ヶ崎の応援部としての数少ない経験、そして彼のこれまでの人生経験という心許ない手持ちで乗り切るしかなかった。そこまで頭の中を整理した城ヶ崎は、この依頼が自分が応援部として一人前になるための通過儀礼のような気がしていた。

「とにかく藤宮さんにもう一度会って話を聞くのがいいんじゃないかな?」

 これからの方針を立てるのはそうするしかないと判断した城ヶ崎は冴山からの提案に対して首を縦に振った。

「そうだな、今日はとりあえず解散するか。」

 2人は部室を後にし、下校した。その途中で冴山と別れ、1人電車に乗って窓の外を流れる風景をボーッと眺めていた城ヶ崎は鹿島のことを考えていた。彼女が何故あの依頼人を避けたのか。そんなことを考えているうちに彼はあることを思い出した。

(そういえば鹿島先輩ってバレー部だったな。)

 それが今回の件に関係していることを彼は推測していた。しかしそれは城ヶ崎にとっても似たようなことだった。彼も元は野球部であるが、野球部の生徒からの依頼が来たとして断ることは無いと自覚していた。それ故に彼女が女子バレー部の依頼主を避けるのか分からず、そもそもバレー部であることが実は関係無いのではないかと思考は振り出しに戻った。結局何も分からぬまま一夜明けたのだった。

 藤宮夏凛の依頼を引き受けた日の翌日、城ケ崎と冴山はもう一度話を詳しく聞くために彼女と放課後に部室で会うことになった。一応鹿島にも連絡していたが、この依頼は城ケ崎君と冴山君の担当よ、と一言だけ返ってきた。部室に来た藤宮は昨日ほどの緊張や不安を感じさせるようなことはなかった。だがそれとは裏腹に2人、特に城ケ崎の緊張は底知れないものだった。彼はそれを彼女に悟られぬよう気を遣いながら藤宮を部室へと招き入れた。3人が席に着くと、城ケ崎が口を開いた。

「藤宮さんはベンチメンバーだということですがそこにどんな不安を抱いているんですか?」

 ここを聞けば何をすべきか分かるかもしれないという淡い期待を抱きながら質問をした。それに対して彼女は悔しそうな表情を浮かべると、ゆっくりと言葉を吐き出していった。

「私、前の冬の大会で初めてレギュラーになれたの。でも今回は外れちゃって、それがショックでね……。」

 彼女の気持ちは元野球部の城ヶ崎にとって十分に理解できるものだった。そらからも彼女の気持ちの吐露は続いていく。

「それで、なんだか頭がよく回らなくてとりあえずここに来たって感じかな……ねぇ、私はどうするべきだと思う?」

 彼女が受けたショックの大きさはその言葉から察するに余りあるものだった。これまでの依頼からも分かる通りレギュラーという単語にそれ以上の意味を抱く者は多い。レギュラーになれなければ意味が無いとすら考える生徒も少数ではあれど間違いなく存在する。城ヶ崎もそのような生徒と一緒に野球をしていたからこそ実感を持てていた。だからこそ言葉は慎重に選ばなければならなかった。彼は必死に思考を働かせ、彼女に伝えるべき言葉を選んだ。

「それはもちろん、チームメイトの応援をすべきだと思うよ。」

 ありきたりな言葉だと彼は思った。そんなことしか言えない自分が情けなく感じられたが、同時にこう言っておけば無難だろうとどこか安心している自分がいることを城ヶ崎は自覚していた。しかし自信というものはあからさまに声色に出ていたようで、声から弱気だったのを判断されたようで、彼女は不安そうな表情を見せる。

「それ応援になってるの?鹿島さんは私に前を向かせてくれるって言ってたけどそんな気持ちにはなれないわよ。」

 彼女は不満そうに声を荒げた。彼女の言うことは最もだった。これでは前を向くどころか悔しさがそのまま残ってしまうだろう。城ヶ崎は自分の無力感に打ちのめされながらもすみません、と平謝りすることしかできなかった。だが実際なんて声を掛ければいいのか城ヶ崎には分からなかった。もしもここでベンチに入れてるだけ喜ぶべきだ、なんて言えば彼女を逆撫ですることになり、より怒りを爆発させるのは必至だろうと城ヶ崎は考えるのだが、良い案が思い浮かばなかった。

「あの……。」

 城ケ崎の横から申し訳なさそうな冴山の声が聞こえてきた。彼なりに勇気を振り絞ったのだろう、2人からの視線を浴びながらもそれに怖気づくことがないようにと気を張りながら意を決したように口を開いた。

「レギュラーになれなかったことが悔しいのは分かります。でも藤宮先輩とは違ってベンチにすら入れない子の方がたくさんいると思うんです。あなたはその部員たちより恵まれていると思うんですけど……。」

 冴山の発言に城ケ崎は言葉を失っていた。彼女には言ってはならない言葉であると彼は考えていたが、運動部としての経験が乏しい、もしくは皆無だと思われる彼がこのことを言うのは、もしかすれば彼女を励ますきっかけになるかもしれないと内心では期待していた面があった。城ケ崎は藤宮のほうを見ると、彼女は顔を真っ赤にして今にも怒り出すような剣幕へと変化していく。冴山はどうやらここまで彼女が怒りをあらわにされるとは思っていなかったらしく、そんな彼女を見て固まってしまった。

「何言ってるの? レギュラーになるためにどれだけ私が努力してきたと思ってるの?」

 彼女は語気を強め、鋭い目つきを冴山へと向けた。思わず冴山は目を逸らしてしまい、城ヶ崎も彼女の雰囲気に押され何も言えなくなってしまった。

「もういいわ、来るんじゃなかった。」

 彼女はそう吐き捨てると鞄を荒々しく肩にかけ、部室のドアを勢いよく開けると早足で去っていった。彼女を引き止めるべきかと城ヶ崎は椅子から立ち上がるが、どう呼び止めれば良いか分からず中途半端に手を伸ばしたまま彼女の背中を見送った。

「すいません、余計なことを言ってしまいました……。」

 重苦しい雰囲気が漂う中、冴山が城ヶ崎に謝罪した。だが城ヶ崎は彼を責める気にはなれなかった。

「いや、俺も大したこと言えなかったしお互い様だよ。」

 城ヶ崎はまたもや自分の無力さを突きつけられ、茫然自失としていた。自分がまだまだ鹿島のようには出来ないことは当然だと思いつつも、冷たい現実が急激に押し寄せてくるような感覚を覚え、彼はまた椅子に座った。何をするべきか分からないままただ部室の壁を眺めていた。

 藤宮が部室を後にしたのと同時刻、鹿島はまだ自動販売機の近くの椅子に座りながらまだ悩み続けているようだった。

「自分のやりたいこと……か。」

 佐久間に言われたことを復唱した彼女は未だ結論が出ぬままに時折ため息を吐いていた。そんな彼女は自分の視線が見つめる先をずっと自動販売機にしていたことに飽きたのか、下駄箱の方へと視線を移していた。そんな彼女の目に、足早に下駄箱へと向かう藤宮の姿が映った。この時間に下駄箱に向かう生徒は珍しいものではないが、鹿島は何か思うところがあったのか、椅子から立ち上がり藤宮の背中を追いかけようと駆け出した。

「藤宮さん、どうしたの?」

 彼女は不安そうな表情を浮かべながら顔の見えない藤宮を引き止め、彼女の様子を窺っていた。藤宮は下駄箱の目の前で止まったかと思うとその瞬間に彼女は鹿島の方へ振り返り詰め寄って来たかと思うと鋭い目つきで彼女に怒りをぶちまけた。

「あなたの後輩にとんでもないこと言われたぞ! どんな指導してんだよ、先輩ならしっかりしてくれよな!」

 藤宮の不満の爆発に鹿島は目をぱちくりさせて彼女の目を見ていた。口を開けている鹿島を見て藤宮はフンッと鼻で息を吐くと荒々しく下駄箱の扉を開け、靴を取り出すと地面に捨てるように空中で靴を持つ手を離した。彼女の靴は地面にぶつかると底が地面についたまま静止した。藤宮はバタンとドアを閉めると靴を履いて昇降口を出ていった。鹿島はその姿を見送るように彼女の背中姿を目で追っていたが、ふと我に帰り苦笑いを浮かべた。

「まだまだ私が必要ね、そりゃそうか。」

 そして鹿島は急いで応援部の部室へと走り出した。

 

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