第19話
瀬良も加わり、以前よりも会話が増えてきた放課後の勉強会は中間試験まで実施される予定だったため、試験前日となった今日、つまり最後の会が始まっていた。試験がもう間近に迫っていることもあっていつもより一段と3人は集中して勉強している。しかしそれがずっと続くわけではない、決まって静寂を壊すのが瀬良翔人であった。
「俺、中間不安だったけどなんとかなりそうだな。」
サッカー部に入っている瀬良は試験1週間前までは部活動があるため、勉強時間を確保するのが難しかったのだろう。しかしその部活もこの期間では活動することもなく、さらに空いてる日にはこうして3人で勉強しているのも相まって瀬良が抱いていた不安はかなり消えているように城ヶ崎には見えた。
「あぁ、俺も心配することはもう無いかな。後は待つだけだ。」
「マジで助かったぜ。ありがとな、城ヶ崎、冴山。」
瀬良が冴山の名を口にした時、冴山の手はピタッと止まった。彼は目線を動かさずにボソリと呟いた。
「……どういたしまして。」
その穏やかな声を聞いた城ヶ崎は、冴山の声色が初めて彼が部室に来た時の無機質なロボットのようなものでも、これまでの勉強会の時に聞いた今にも消えそうなもののどちらにも当てはまらない声だと気づいた。それほどに瀬良から礼を言われたことが嬉しかったのだろう。今ならば、と城ヶ崎は先日聞いたことと同じ質問をした。
「そういえば、冴山ってどうして応援部に依頼したんだ?」
この質問に対して以前は答えなかった冴山だが、今はペンを動かす手を止めたままゆっくりと城ヶ崎の方へと視線を動かした。
「城ヶ崎君は人に何か頼る時、具体的には今のように試験勉強を手伝ってほしいと頼む時、どんなことを考えますか?」
「そうだな……相手にできるだけ迷惑をかけないようには気をつけるな。」
城ヶ崎は何故冴山がこのような質問をするのか分からず、とりあえずその場で思考した。分からないことがあれば人に聞くことは彼にとってなんら不思議なことではないのだが、そう考える人は大多数だろう。
「僕はどうしても失敗してしまった時のことを想像してしまうんです。せっかく人が僕のためにしてくれたのに、結果的に上手くいかなかったら、その人を裏切ることになると考えてしまうから。」
城ヶ崎は彼が依頼した理由をなんとなく理解した。人に頼ることには相手へ申し訳なさを抱くことはおかしいことではなく、それは城ヶ崎も一緒だ。彼はその相手への気遣いをしすぎてしまうのだろうと彼は考えた。
「中学生の頃、嫌なことがあって、それからは何か大きなことを人に頼む時、どうしてもそれが失敗してしまった時の相手の落胆する顔を思い浮かべるようになってしまったんです。」
彼は顔色ひとつ変えず、感情も無いままに話し続けた。冴山は城ヶ崎と同様中学生の時にトラウマを抱えていたのだ。当時彼がどれほど後悔し、苦しんだのかは知る由もないが、中学のクラスメイトを避けるためだけに英明に来たという事実はその心情を察するのを容易にさせた。
「それからは人に頼るのが極端に怖くなり、それは酷くなる一方で人と関わるのも躊躇うほどでした。当時のクラスメイトに申し訳なくて、誰も志望しないであろう高校を探しました。僕の中学では運動部は弱かったので、英明なら誰も受けないだろうと思ってここに来ました。」
自分の失敗で他人に迷惑をかけてしまった時の罪悪感というものを城ヶ崎は嫌というほど理解していたし、冴山に同情すらしていた。
「なるほどな、だから冴山は部活に入ってないんだな。」
納得したように瀬良は冴山の方を見る。
「人に頼るのが怖かったから応援部への依頼ということならハードルは低かったってことか?」
城ヶ崎は冴山が依頼してきた理由を考察し、彼に聞いた。応援部に依頼することは勇気がいるものだとばかり考えていたが、冴山にとってそれは例外だったのだ。友人の善意に頼るのではなく、応援部への依頼という仕事にすれば自分が失敗したとしても申し訳なさは軽減されるかもしれないと冴山は考えたのだろうと彼は推測する。
「はい、城ヶ崎君の言う通りです。ですが結局依頼は出来ず、頼るという形になっしてしまいましたが……。」
城ヶ崎は自分が応援部としてではなく、個人で受けたことを思い出し、取り乱した。
「そ、そうだった。余計なことだったか……?」
城ヶ崎は知らなかったとはいえ自分の勝手な行動で冴山を苦しめていたのではないかと考えていた。そして城ヶ崎が焦るのと同様、彼を見て冴山も慌てて言葉を付け足した。
「いえ、あの時断らなかった僕が悪いんです。城ヶ崎君は謝らないで下さい。」
彼は両手を胸の前で左右に振って、城ヶ崎に非がないことを伝えた。それを聞いたところで彼の中から申し訳なさが消えるわけではなかったが、冴山の言葉を受けて内心ではホッとしていた。
「それに今回の勉強会で得るものもありました。」
彼はどうやら今回の依頼で何か自分の不安を払拭できる何かを掴んだらしく、普段のあの仏頂面からほんの少しだけ穏やかさが感じられるような微笑みを浮かべていた。
「城ヶ崎君に問題の解き方を聞かれた時、なんて言うか、心がフワッとしたと言いますか……嬉しかったんです。」
そう告白した彼は勉強会を開催する前とは明らかに顔つきが違うことを城ヶ崎は感じていた。それほどまでに、彼が変わるキッカケを得られたということが驚きでもあった。
「他人に問題を聞くというのは城ヶ崎君にとってはほんとに些細なことだったと思います。でも聞かれた僕にはとても新鮮なことでした。」
冴山は自分の感じたことを赤裸々に語っていく。ここまで饒舌な彼を見るのは瀬良はもちろん城ヶ崎にも初めてなことだった。2人は黙って冴山の話を聞き続けている。
「不思議と人に頼られることに、悪い気はしなかったんです。」
人に頼ることを恐れ、人間関係をも閉ざしていた冴山が応援部に依頼をするというのは、やはりハードルが高いことだったのだろう。それでも彼が勇気を振り絞ったことに城ヶ崎は尊敬の念を抱くと共に、応援部を頼ってくれたことが誇らしかった。そしてその勇気の甲斐あってか、それが報われた冴山の表情は晴れ晴れとしていた。
「だから少しは人に頼ってもいいのかなと、今は考えています。」
これが冴山が辿り着いた結論なのだろうと城ヶ崎は思っていた。
「そんな考えもいいんじゃないか。そのくらいが冴山には丁度良いかもな。」
本来このような考えに行き着くことが正しいかと問われると城ヶ崎は首を横に振るだろう。人に頼るときに、相手に申し訳なさを抱くのは至極真っ当なことであり、そうあるべきなのだ。しかし冴山の場合には違うのではないかと城ヶ崎は考えていた。
「そうだなぁ、頼られるのはあんま悪い気しないよなぁ。」
瀬良は冴山に同調するように腕を組んで首を縦に振っている。そして2人に気持ちを打ち明けたことでさらに踏ん切りがついたのか、冴山は咳払いを挟んでからまた口を開いた。
「だから僕は決めました。」
そして鞄から何か紙を取り出し、机に置いてからそれを城ヶ崎の前にスライドさせた。その紙には1番上に『入部届』と記載されていた。
「僕は応援部に入部します。」
思いもよらない冴山の言葉に城ヶ崎は目をパチクリとさせ、瀬良はえっ、と声を上げていた。城ヶ崎は決意に満ちた目を真っ直ぐと向けている冴山と目が合っていた。
「入ってくれるのか?」
眼前に広がる状況を飲み込みきれず、聞く必要も無いことを城ヶ崎は冴山に問うていた。
「はい、この部活なら僕はより成長できるような気がします。」
冴山は再度応援部に入りたいということを言葉で城ヶ崎に示した。彼からすればこれは嬉しい誤算であり、部員が増えることは応援部の廃部危機を救うことに大きく貢献するのは明らかだった。
「ありがとう、冴山。助かるよ。」
城ヶ崎は座りながら喜びを全身で味わうように体の力を抜いた。
「はい、これからよろしくお願いします。」
冴山は今までで1番の笑顔を見せていた。瀬良もマジか、と驚くような表情をしていたが、ホッと息を吐いた城ヶ崎に声をかける。
「良かったな、応援部ってたしか部員足りないんだろ?」
「あぁ。でもこれで規定の3人になるからとりあえず廃部になることは多分なくなるだろうな。」
城ヶ崎は安堵した様子のまま、この喜びに浸っていた。それは無理もなく、まさに今応援部が直面している問題をなんとクリアしたのだ。この状況に城ヶ崎は大きな喜びを感じていたが、それほどまでに彼にとって応援部の存在は大きいものになっていたのだ。
「それじゃあ、試験が終わったら部室に来てくれないか。鹿島先輩とも改めて挨拶しとかないとな。」
「はい、楽しみです。」
依頼人として部室に来ていた生徒が次は部員として部室に来るということを奇妙に感じつつも城ヶ崎は冴山と微笑み合うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます