第17話
工藤からの依頼を完了し、帰宅してから家でテレビを見ていた城ヶ崎は自分のスマートフォンから通知音が鳴ったことに気づいた。彼はそれを手に取り、誰からの連絡だったのか確認すると微笑んだ。画面をつけた彼の目に飛び込んだのは工藤からのあるメッセージだった。
『練習試合、行けることになったよ!』
彼の実力からすれば当たり前なのかもしれないが、本人は嬉しいようで、それは彼の依頼を受けていた城ヶ崎も一緒だった。そして春の大会も近くなり、それぞれの部活動に熱が入るのを時折放課後に部室からグラウンドの様子を鹿島と同じように眺めている城ヶ崎は感じていた。生徒たちの部活にかける思いや、目標に向かってひたむきに努力する姿は彼にはとても眩しく感じられた。
それから数日が経過したが、応援部に依頼は工藤の件以来届いていない。予想外にもいくつかの依頼が来たのは城ヶ崎にとって意外であり、この空白の期間が珍しいかのように感じられた。5月に入りまた1週間ほど経ってから、鹿島から依頼が来たという旨の連絡を受け、彼は部室に来ていた。城ヶ崎が着いた時にはすでに鹿島が来ており、グラウンドで活動する運動部の練習風景を眺めていた。
「城ヶ崎君、こんにちは。」
彼女は明るい声で彼を出迎えた。彼も挨拶を返し、もはや定位置と言える机に鞄を置くと椅子に座った。ここまでは彼にとってローテーションとなっており、それに続くように彼女も椅子に座る。隣同士ではないが彼と彼女の距離は2メートル弱、それが彼らの自然な距離だった。
「今日はどんな依頼が来たんですか?」
これまでいくつかの依頼をこなしてきた城ヶ崎は応援部という部活を頑張ることに抵抗はなくなってきていた。それほど応援部の居心地はよく、過去のトラウマを思い出さずに済んでいるが、彼は無自覚だ。その状態であることこそ彼がトラウマを思い起こしていない証明であるのだが。
「それがねぇ、ちょっと意外なのよねー。私も初めてだわ。」
依頼用紙を眺め、深刻そうな顔をする彼女から初めてそんなことを聞き、城ヶ崎はどんな内容なのか不安になった。応援部本来の目的とも言える運動部に所属する生徒への応援や、千住のような恋愛相談をこなしてきたが、そのどちらでもないのは鹿島にとって初めてなのだとしたら、一体どんな内容の依頼が来るのか。
「それってどんな内容なんですか?」
城ヶ崎は初めての内容に不安がられながらも、心のどこかで楽しみにしていた。きっと鹿島なら良い応援をしてくれるという信頼があってのことだった。
「依頼主は1年生の冴山絋。内容は『試験勉強を応援して欲しい』よ。」
彼女から明かされた特殊な依頼内容に城ヶ崎は思わず本音が飛び出した。
「えぇ……。」
その直後、深刻そうだった彼女の表情はいきなりその様相を変えた。
「あっはは! だよね、そんな反応するよね。」
彼女は待ってましたと言わんばかりに声を上げて笑った。今までの表情が演技だったかのようなテンションの変わり方に城ヶ崎は一瞬ポカンとしてしまうが、それが彼女なりの冗談だと気づいた。
「鹿島先輩も僕と同じ反応したんですか?」
彼は苦笑いを浮かべながら彼女に聞いた。彼女の反応を見るに、この依頼内容に対して彼がどのような反応を示すのか知りたかったのだろう。
「さすがに試験勉強の応援を頼まれるとは思ってなかったけど、これも依頼よ。真面目にやるわ。」
彼女はこの依頼を断る気はさらさら無いようで、笑顔を見せつつも、依頼への心意気はいつもと変わっておらず、彼も気を引き締めた。どんな内容であれば依頼は依頼であり、それに応えることが応援部の活動内容だ。彼女にはそれに対するプライドがあるからこそ、このような依頼もこなそうとするのだろう。だが城ヶ崎にはある疑問があった。
「あの、依頼主は1年生なので僕が担当するんじゃないんですか?」
これだけ依頼解決にむけて張り切るのは良いことなのだが、依頼主である冴島は1年生だ。ならば同じ1年生である城ヶ崎がこの依頼を担当するのが自然な流れではないかと彼は考えている。そんな彼を見て、鹿島はきっぱりと言い放った。
「いや、私が担当するわ。最近城ヶ崎君がやること多かったし。それに応援部だから勉強を教えることはないわ、ただ応援するだけよ。」
彼女は応援をすることを楽しみにしているのか、早く依頼主が来ないか首を長くして待っている。城ヶ崎は久しぶりに彼女の応援を間近で見ることができることに心が浮き足立っているのだが、恥ずかしいのでそれを彼女には見せないようにする。
そしてしばらく時間が過ぎ、部室のドアが開いた。
「こんにちは。」
部室に入ってきた依頼主と思しき銀縁の四角い眼鏡をかけた小柄の男子生徒は仏頂面を浮かべ、今にも消えそうな声で挨拶をしてきた。一見何を考えているのか分からない、感情の起伏が顔に出るのか怪しいというのが城ヶ崎が抱いた第一印象だったが、緊張しているのだろうということは想像できた。
「来てくれてありがとう、それじゃあこの席に座って。」
あらかじめ準備された3つの机と椅子、1つは依頼主が座るためのものであり、残り2つはその1つの机に向かい合うように置かれている。3人はそれぞれ椅子に座ると、部室を訪れた依頼主は口を開いた。
「依頼させて頂いた冴山絋です。今回はこれから行われる中間試験で一緒に勉強して欲しいと思って依頼しました。」
冴山は緊張した口調で用件を2人に伝えた。どうやら応援部と一緒に勉強がしたいらしく、それが友達作りのためか、単純に勉強を教えて欲しいだけなのか、詳しい理由は定かではないがそれが応援部には出来ないことだと城ヶ崎は瞬時に理解した。そしてそれは鹿島も同じだったようで、冴島に対し申し訳なさそうにしていた。
「……冴山君、応援部はあくまで応援するのが目的なの。だから一緒に勉強するとなるとこの部活のルールに反してしまうから出来ないわ。」
予想外の返答だったためか冴山は驚きを隠せない様子で目をキョロキョロ動かしている。あくまで応援しかしないというのはこの部活の良い点でもあり悪い点でもある。もし応援部が生徒の手伝いをするような部活であれば部活に使う用具の片付けや、体育祭に文化祭などの学校行事の手伝いなど雑用を押し付けられるようになるのは必至だろう、それを危惧しているからこそ鹿島は応援部はあくまで応援しかしないというスタンスをとっている。悪い点としてはその曖昧な基準が今のように依頼主を困惑させてしまうことだ。この誓約を知った上で冴山がどのような決断を下すのか、城ヶ崎は固唾を飲んで見守っていた。
「でしたら申し訳ありませんが、今回の件は無かったということで……。」
冴山は少し残念そうにしつつも椅子から立ち上がった。部室のドアへと歩いていく、その後ろ姿やさっきの表情を見て、城ケ崎は居ても立っても居られなくなった。そして気づいた時には彼も勢いよく立ち上がっていた。
「だったら、俺と一緒に勉強するのはどうだ?」
条件反射のように彼の口から飛び出た提案に対し冴山はこちらへ振り向き、鹿島は首を傾げていた。
「でもそれじゃあ……。」
彼女の言おうとしていることはその場の誰もが理解しているだろう。実際に勉強を手伝うことは応援部の活動からは外れてしまう、しかし城ヶ崎はそれでもいいと考えていた。なぜ彼がそこまでして冴山の依頼を受けようとするのか、それは依頼を受けてもらえないと知った彼の表情に同情していたのもあるが、彼自身が依頼に応えることに喜びを覚えていたからだった。
「はい、なので応援部としてではなく個人として彼の依頼を受けようと思います。」
わざわざ応援部としての肩書きを捨ててまで彼が依頼をこなそうとするのは冴山にとって意外だったのだろう、彼は困惑した表情を浮かべていた。
「いいんですか?」
冴山は申し訳ないと思っているか、城ヶ崎の態度に怪しさを感じているのか、イマイチ納得していないような視線を向けてくるが、城ヶ崎はそんなことを気にするそぶりを見せなかった。
「あぁ、俺は問題無いよ。明日からでいいか?」
彼は淡々と話を進めていこうとし、鹿島はそれならと言って彼の提案を受け入れた。依頼主である冴山も最初は戸惑っていたが、城ヶ崎に頼ることを決めたようで、彼に握手を求めた。
「それじゃあ、明日からよろしくお願いします。」
同級生だというのに敬語を使う冴山との距離感がまだ掴めていない城ヶ崎は差し出された手を握った。
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