第10話
昼休みに宣伝の放送を流してから数日が経ったが、依頼書を投函する箱には一枚も入っていなかった。箱の中身を見るたびに肩を落とすのは中々に堪えるものがあった。依頼が無い以上鹿島と話す機会も減っていき、まさに応援部廃部が目前にまで迫ってきているように感じられた。この状況をどうにかしたいが何も案が思い浮かばず、ただ焦りだけがまだ放送から数日しか経っていないというのに募っていく。
その焦りを感じながらも高校生活は彼にとって楽しいものだった。皮肉にも部活が忙しくない彼には工藤や瀬良のような友人達にも恵まれ、中学の頃よりもかなり心が軽くなっていた。それに一役買ったのはやはり鹿島茜の存在だった。部活自体は活発ではないものの、活動を通して彼女の言葉に彼自身が癒されつつあるのは言うまでまでもない。だが部活動が行えないことへの焦りから、城ヶ崎はため息をついてしまうが、そんな彼に声をかける人物がいた。
「ため息なんてついちゃってどうしたの?」
そう話しかけてきたのは同じクラスの松永蓮だった。サッカー部である彼はまだ入部したてにも関わらず朝練に午後練と、忙しい毎日を過ごしている、まさに今の城ヶ崎とは対照的な生徒だ。そんな正反対な2人だが、入学当初からよく話す仲である。
「この前の昼休みに応援部の宣伝やっただろ? あれから依頼人が来なくて困ってるんだよ。」
彼は愚痴るように工藤に悩みを吐き出した。それを聞いた彼は城ヶ崎にとって既視感があるようなうーん、と考えているそぶりを見せた。前には何も思い浮かばなかった工藤だが、今回は違った。
「じゃあ僕の応援を依頼しようかな。」
唐突にそんな提案をした工藤に対して、城ヶ崎は驚きを隠せなかった。
「ほ、本当か!?」
まさかの案に城ヶ崎は動揺しているが、工藤は至って平然とした様子でニコニコと笑顔を彼へと向けている。それはこの提案が工藤にとって冗談ではないと彼に理解させるほどだった。段々と思考を落ち着かせた彼にはこの機会が応援部からすれば願ってもない提案だと容易に理解できた。
「分かった、それじゃあ放課後空いてる日を教えてくれ。」
工藤は応援部員である自分に直接依頼しに来ているのだから依頼書を書く必要は無いと城ヶ崎は判断し、口頭で済ませようとする。
「早速明日なら空いてるから、その日でいい?」
もう既に日程を考えていたかのように工藤はすぐに日にちまで教えてくれた。
「あぁ、分かった。先輩にも連絡しておく。」
冷静さを取り戻した城ヶ崎だが、まだ嬉しさが滲み出ている様子で工藤からの依頼を受けた。
「じゃあそれでよくしく。」
あっという間に日程が決まり、工藤は前へと向き直った。まさかの出来事に城ヶ崎はまだ現実を受け止めきれていない部分があったが、この上ない幸運に純粋な気持ちで喜び、明日には応援部としての活動が行えることを楽しみにする気持ちが強まっていくのを感じていた。城ヶ崎はすぐに鹿島に連絡を入れた。ものの数秒で返信が返ってきたことに驚きつつも内容はさらに驚愕するものだった。
『せっかくだし城ヶ崎君がやってみたら?』
予想外の返答は工藤から依頼を受けたこと以上の衝撃を彼に与えたと同時に不安にさせた。彼女の言葉を肌で感じ、耳で聞いた身としてはっきりと彼は、それが容易に真似できるものではないと理解していた。だが同時に何故彼女がこんなことを言い出したのかも察していた。現状の応援部において肝心の応援をできる人間は彼女しかいなかった。それでは仮に応援部が廃部危機を回避したとしても、応援部とは名ばかりの集団になってしまうのは必至であり、それを危惧しての提案なのだろうと考えられた。城ヶ崎はそこまで考えると、覚悟を決めた。
「じゃあ明日の放課後に応援部の部室に一緒に来てくれ。」
城ヶ崎の応援部としての初依頼ということもあって、彼は緊張した心境で翌日を迎えた。
工藤からの依頼を受け、応援部として初めて本格的に活動することになった城ヶ崎だが、一夜明けても緊張は変わらず続いていた。だが緊張する日々が続いていたせいか、彼は冷静さを失ったり、無駄に不安になったりすることはなかった。工藤との約束の時間である放課後が刻々と近づき、ついに終礼が終わると、多くの生徒が各々の部活へと向かっていった。城ヶ崎と工藤の2人は応援部の部室へと歩いていった。
「にしても変な感じだね、友達に応援してって頼むのは。」
部室へと向かう途中で、工藤はこの状況を面白がっているように見せた。それに比べて城ヶ崎にはそんな余裕は無く、緊張が増すばかりだったので友達との会話といえ、どこかぎこちない反応をしてしまう。
「あ、あぁ、確かにそうだな。」
それを見て察したのか、余計に工藤は彼のことをからかった。
「城ヶ崎君緊張し過ぎでしょ。」
工藤は相変わらず緊張するそぶりを見せず、彼だけが楽しんでいるように見えた。
「仕方ないだろ。俺だって初めてなんだ、応援部として応援するっていうのは。」
工藤は本音を吐き出した。応援部として何か凝ったことをすべきなのだろうと考えている城ヶ崎だが、一向にアイデアは見つからなかった。だが工藤は意外な事実を口にしてきた。
「ふーん、でも僕は鹿島先輩じゃなくて城ヶ崎君に頼むつもりだったから、どっちにしろ変わらないけどね。」
それは何故か問おうとしたのを彼は直前で止めた。工藤からすれば初対面の彼女よりも普段から話している城ヶ崎に頼む方がハードルとしては低かったのだろう。そこまで思考を巡らせたところで、工藤は友達の繋がりで応援部に頼っただけで、城ヶ崎が応援部ではなかったら依頼などはしてこなかったのだろうということに気づいた。今回も前島先輩と同様のケースだと実感すると、彼は少しだけ残念に思いつつもそれ以上に冷静になることができた。
部室に到着し、先に工藤を中に入れて椅子に座らせると、城ヶ崎は以前鹿島先輩がやっていたようにドアのガラス部分を黒い紙で覆った。次に工藤の座った席の反対側に座ると、小さく息を吐いた。
「応援部である俺にどんな相談があるんだ?」
城ヶ崎はまず工藤の悩みを聞き出そうとした。初めて応援をすることになるが、何か解決する糸口を見つけようと、彼女がやっていたことを思い出していた。
「実は春の大会で1年生に出場機会を与えるって監督に言われたんだけど、僕はそれを狙っているんだ。」
城ヶ崎はサッカー部ではなかったが、英明学園のサッカー部は部員も多く、レギュラー争いがかなり激しい部活であるというのは有名な話であり、それでも勝ち取ろうとやる気に満ち溢れた生徒たちが必死に練習に励んでいるのは放課後のグラウンドを見れば一目瞭然だった。ならばバスケ部と同様、ピリピリした空気が漂っているに違いないと城ヶ崎は直感した。
「僕は入部した時から朝の校庭でのランニング、家に帰ってからの筋トレを毎日欠かさずやってきた。」
城ヶ崎が知らない工藤の一面を知ると同時に、彼のストイックさに驚嘆した。これほどの努力を続けているのは、まだ入学してから1ヶ月ほどしか経っていないとはいえ、相当な気合が入っているのは言うまでもなかった。
「すごいな、それだけ本気ってことか。」
工藤の努力量の多さに城ヶ崎は思わず息を呑んだ。中学の頃に練習に明け暮れていた彼でも自主練にここまでの熱意を込めることはなかったからだ。
「まぁね、そのために英明に来たんだし。」
彼は自信満々という様子で城ヶ崎を真っ直ぐに見つめていた。
「なら、なんで応援部に依頼なんてしたんだ?」
ここまで工藤の部活に対する熱意を知れば知るほど、彼の悩みが城ヶ崎には分からなかった。今まで応援部に依頼してきた生徒は皆何かしらの悩みを抱えていたが、工藤にはこれといって解決すべき点が見当たらない。
「別に悩みを解決して欲しいわけじゃないんだ。僕は応援部に応援してもらいたいんだ。」
工藤の願いはまさに応援部の本来の役目とも言えるものだった。これまでの応援部が生徒の悩みを解決し、気持ちを前へと向かせようとしていたことに対し、工藤が望んだのは純粋な応援、既に前へと進んでいる者の後押しすることだった。まだ城ヶ崎はやったことは無いため、今まで見てきた鹿島先輩の真似をすればいいということではないことが分かり、彼は途方に暮れかけ、焦りが強まっていった。
「まぁ、少し言いづらいんだけど、僕の自主練に付き合って欲しいんだ。」
考え込む城ヶ崎を救うような依頼内容を知り、彼は呆気に取られた。
「え?」
情けない声を発してから彼は一瞬固まると同時に彼のやることがはっきりしたように感じたが、応援部特有のルールに抵触しないか不安になった。
「応援部は依頼主の練習に付き合うのは禁止なんだ。だから工藤が望むようなことはできないな。」
「付き合うって言っても一緒に練習するんじゃなくて、ただ見てるだけでいいんだ。」
彼の言っている意味が城ヶ崎には分からなかった。言葉を付け足すように工藤は話し出す。
「普段僕は朝に近所を走ってるんだ。でも今度からは校庭を走ろうと思ってね。そこで僕が走っているのを城ヶ崎君に見て欲しいのさ。」
何故そんなことを工藤が望むのか彼には分からず、拍子抜けしたというのが正直なところだった。だがそんなことでいいのか、と案外楽なことを頼まれたとも感じた城ヶ崎は快く了承した。
「分かった、それならできる。で、何時に俺はいればいいんだ?」
工藤は彼の言葉にほっと息を吐いた。安堵した表情を浮かべた彼は微笑みながら話を続ける。
「7時半に校庭に来てくれると助かるよ。」
来るのが難しくない時間だったので、城ヶ崎はそれを了承し、今日は解散になった。城ヶ崎は鹿島先輩に今日話し合った内容を要点をまとめて連絡した。
家に帰ってからの城ヶ崎は依頼内容が難しいものではなかったためか、以前までの緊張は消え去っており、安心して眠りについた。
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