第7話

 瀬良から前島先輩が応援部に依頼をすると言ってから数日、ついにやってきたその日は応援部としての初めての活動日である。

 今年度入部した新入部員である城ヶ崎努はこれから行われることへの期待と不安を抱えながら部室で鹿島茜と共に依頼人が来るのを待っていた。

「そういえば聞いてなかったんですけど応援部の応援て何やるんですか?」

 彼からすればようやくと言うか、何故今まで聞かなかったのか不思議なくらいの質問をした。応援の仕方が自分の想像しているものと違うだろうということは分かっていた。メンタルサポートと言っていたので励ますというのが最も可能性の高い方法だった。しかし彼はただ話すだけで生徒の精神状態をいい方向へと導けるなどという虫の良い話が本当にあるのかと半信半疑だった。

「細かいことを話すと長くなるかもしれないから見たほうが早いよ。」

 彼女は笑顔でそう言うと、彼にむけてウィンクをしたので、余程の自信があるのだろうと城ヶ崎は一応納得した。その時、部室のドアがガラガラと音を立てて開いた。2人はドアの方を見ると、1人の生徒が緊張した面持ちで部室へと入ってくる。

「応援部に依頼をした2年の前島です。」

 そうぎこちなく名乗った彼を鹿島は一歩前へ出て快く迎え入れた。

「今日は来てくれてありがとう。適当な椅子に座って。」

 彼女に促されるまま、彼はいくつかある椅子の内の1つに腰掛けた。彼女はというとドアの方へと歩いていき、ガラス部分に黒い紙をテープでとめて外部から見えないように覆った。これは応援部としての依頼人の情報を外部に漏らさないということへの配慮なのだろうと城ヶ崎は得心する。次に彼女は部室内に点在する椅子と机を1つずつ運び、前島と向かい合わせになるように座り、口を開いた。

「今日は来てくれてありがとう。私は応援部部長の鹿島茜です、よろしくね。」

 彼女は持ち前の明るさをフル活用して挨拶を済ませた。前島も先ほどまでの緊張がほぐれたような声で挨拶を返した。

「今日はどういった悩みで来てくれたんですか?」

 早速本題に入ろうと彼女は切り出した。城ヶ崎にとって応援部に相談するというのはやはりハードルが高いことであり、初対面に近いような彼女にわざわざ会って話をするというのは余程のことなのだろうと固唾を飲んで2人を眺めていた。

「春の大会のレギュラーに選ばれたんだけど、周りからのプレッシャーや嫉妬のようなものを感じていて……精神的に参りそうなんだ。」

 彼の訴えは切実で、城ヶ崎にもそれは痛いほど理解できた。中学の野球部でスタメンをもぎ取った彼も、他の部員からの視線や態度を気にしていたからだ。彼は苦い過去を思い出し、ギュッと唇を噛んだ。

「そういう悩みは運動部で、特に英明学園ともなればよくある話なのよね。そういう悩みを人に相談できずに抱え込む人はいるけど、それはより自分を追い詰めてしまうだけなのよね。だから前島君みたいに人に相談するというのは良い解決法の1つなの。」

 彼女はあの明るさでまるで友達のような親しみやすさがあり、なおかつ聞いていて心が軽くなるような声色だった。彼女の応援部としての技量に驚きを隠せない城ヶ崎は彼女の邪魔をしないよう声が出そうになるのを堪えながら聞き続けた。

「それで聞きたいんだけど、前島君は自分がレギュラーになったことで友達との関係がギクシャクするのが嫌なの?」

 鹿島は自然に前島の悩みを引き出そうと試みた。レギュラーになることで周囲の部員との軋轢を生むというのはよくある話だ。それを気にする人間もいれば、レギュラーになれない奴が悪いと割り切る人間もいることを城ヶ崎は過去の経験から知っていた。

「そうだね、今まで一緒に頑張ってきた友達との関係が壊れるんじゃないかっていう不安が一番大きいかな。」

 前島の表情は曇っていて真剣に困っているということが伝わってきていた。

「そういう時はあえて普段通りに接することがオススメよ。」

 鹿島は1つの解決法を提示した。えっ、と固まった前島にさらに説明を続ける。

「君が気まずさを感じているように、君の友達も気まずさを感じているものなの。だからその友達が普段と様子が違ったら嫉妬心を持たれているんじゃないかって不安になるんだろうけど実際はそんなことないってパターンも多く存在するわ。」

 彼女の説明に前島はそうか、と胸を撫で下ろし、安堵の表情を見せた。

「だから前島君は今まで通り接していれば、友達とのすれ違いも無くなっていくはずだから。」

 そう最後に告げた彼女の微笑みは人を安心させるまさに天使のようだった。

「ありがとう、相談に来てよかったよ。」

 前島はそう言って席を立つと最初に部室に入ってきた時とは違い、晴れやかな表情で部室を後にした。彼が立ち去ってから城ヶ崎は彼女に話しかけた。

「あんなふうに活動するんですね。」

 見ていただけの彼でさえ心が洗われるような感覚にさせられたため、驚きと感動が彼の中にはあった。時間にしては数分、だがそのたった数分で前島の顔色は全く違うものに変化していた。彼女はニコッとはにかんだ。

「まぁね、依頼内容によってはやることもガラッと変わってくる時もあるわ。今回みたいに話を聞いて解決策を提案するだけの時もあれば、部活に顔を出したり試合に着いていったりね。」

 応援部の活動内容はまさに臨機応変で、彼は自分がそれについていけるか不安を抱いた。それを見透かしたかのように彼女はまた笑った。

「最初は私が手取り足取り教えるから心配しないで大丈夫よ。」

 彼女はそういって彼の肩をポンと叩いた。その手の感触が消えぬままその日の部活は終わった。

 僕らは帰り際に廊下で佐久間先生にばったり出くわした。

「先生、今日部活出来ましたよ!」

 久しぶりに来た依頼がやはり嬉しかったのか、佐久間先生を見つけるなり走り出し、飛びついて喜びを爆発させた。

「よかったじゃない! 上手く出来たのね。」

 先生も彼女と同じように喜び、ハイタッチしていた。この先生もそんなに応援部のことが大事なのか、と内心驚きもしたが、その光景は見ていて微笑ましいものだった。

「城ヶ崎君が見つけてくれたんですよ。」

 彼女が急に彼の名前を呼ぶので、彼は何事かと思った。すると彼女はこちらへと駆け寄り、彼の腕を引っ張り、先生の元へと彼を多少強引に連れていった。

「今日の依頼を解決できたのは彼のおかげなんです。」

 彼女は嬉々として彼の功績を話す。それを聞いていて彼は恥ずかしくなり、慌てて口を開いた。

「いや、僕は連れてきただけで依頼をこなしたのは鹿島先輩じゃないですか。」

 これは彼からすれば謙遜のつもりはなかったし、本音だった。だがそれでも鹿島は彼の目をじっと見つめていた。

「違うよ城ヶ崎君、君があの依頼人を見つけてくれなかったら、そもそも私が話すことも出来なかったよ。だから本当に君のお陰なの。」

 彼女の表情からは安堵や感謝が感じられたが、それだけではないと彼は直感した。しかし、それが一体どういう感情なのか、彼には分からなかった。

「とりあえず、今日は今年度の記念すべき第1回目の応援部活動日よ。この調子で頑張りなさい。」

 何か気まずい雰囲気になりかけるのを察したのか、佐久間先生が彼らを鼓舞した。

「そうですね、これからも頑張ります。」

 彼女からは先ほどの何か思わせぶりな表情は消え去り、いつもの明るい鹿島茜へと戻っていた。城ヶ崎は違和感を抱きつつも帰宅するのだった。

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