第6話

「え、依頼人候補見つかったの!?」

 応援部部長である鹿島茜は目が飛び出そうになる程驚いたかと思うと、城ヶ崎の手を両手で掴みぶんずつと上下に激しく振った。

「すごいよ城ヶ崎くん! で、どんな生徒なの?」

 急なスキンシップに戸惑いを隠せない彼だが、彼女がすぐに質問してくれたことで冷静さを取り戻すことができた。

「生徒の名前は前島大輝、バスケ部の二年生です。春季大会でレギュラーに選ばれましたが、本人の性格からしてプレッシャーに悩まされているようです。」

 僕は内心緊張しながらも淡々と生徒の状況を述べていく。応援部の依頼人としては申し分無い理想的な人物だとは思ったが、初めてでもあったので不安だった。全て説明したところで恐る恐る鹿島のほうを見る。彼女の目は輝いていた。

「応援部に依頼をするのにピッタリな相手だわ。それで、彼は依頼してくれそうなの?」

 彼女の疑問も当然で、ここが最重要なのだろう。せっかく候補が見つかったとしても候補で終わっては意味がない。

「同じ部活に瀬良っていう同級生がいるんです。そいつから応援部の話をするよう頼んであります。後はその前島先輩が応援部に依頼をするか決めるって感じです。」

 ここまで話すと、緊張した空気が二人の間に流れた。いくら最適と思えるような生徒を見つけたところで本人の意思が肝心なのだ。もし断られれば、また一から依頼主を探さなければならない。詰まるところ応援部の命運という案外冗談では済まされないものを瀬良は引き受けてしまっているのだと痛感させられた。

「そういえば、鹿島先輩の方は誰か良い人見つけられましたか?」

 仮に前島先輩が依頼人にならなかった場合の保険が欲しかった城ヶ崎は質問した。

「私ほ方も一人候補は見つけたけどまだ確定じゃないかなぁ。」

 彼女は視線をキョロキョロ動かし、何かをはぐらかそうとしているように見えたが、候補がいるならそれでいいか、と城ヶ崎が追求することはなかった。

「とにかく、その前島って人が応援部に依頼してくれるよう願いましょうか。」

 彼女はそう張りきった様子だが、その依頼が来るまで応援部としてやることは何も無いのかと急に脱力感が湧いてきた。だが本来中学の頃のように部活にのめり込むつもりはない彼はなぜ脱力感が湧いてくるのか自分でも分からなかった。もしかしたらまだ中学の頃の記憶を引きずっているのかと、当時の記憶が蘇ってくるが、それを首を振ってその記憶を振り払い、考えるのをやめた。自分はもうそこまでの部活に対する熱量は無いのだと何度も言い聞かせた。

「城ヶ崎くん、どうしたの? 難しい顔しちゃって。」

 唐突に聞こえた声にハッとすると、鹿島が心配そうに彼を見つめていた。

「あ、すいません、考え事していて……。」

 彼女を無駄に心配させてしまったと反省し、自分のそれまでの思考をそこで完全に止めた。もう自分には中学の頃のような熱意は無いのだと言い聞かせる。

「今日はありがとうね。」

 彼女から礼を言われ、彼は何のことか理解できなかったが、嫌な予感だけは何故かしてきた。

「城ヶ崎くんが依頼人候補を探してきてくれるなんて思ってもみなかったよ。」

 彼女はそう言って微笑む。ここで彼は自分が応援部としての活動に熱意を持って臨んでいたことに気づいた。だがそれは彼の望まないことであり、中学時代を思い起こさせる忌むべきものなのだ。それだというのに彼女に礼を言われるほど熱中しているなら抑えるべきだと反射的に彼は思考する。

「いえいえ、たまたまですよ。」

 彼は謙遜する、しなくてはならないと思い込んでいる。そもそも瀬良がいなければ前島先輩が候補に上がることはなかった。自分が見つけたのではなく、他人から提供してもらったのであって誇れるものではないと考える。

「そんなことないよ、城ヶ崎君が見つけてきてくれなかったら私何も出来なかったかもしれないし。」

 彼女は自分を嘲笑するような声で貶すが、そんなことを言われたとしても彼には嬉しいという感情は湧いてこなかった。

「まだ確定したわけじゃないですから、今からそんなお礼言われても困りますよ。」

 彼は自分の胸の内で強くなっていく葛藤を抑えようとさりげなくこの会話を終わらせようとする。

「城ヶ崎君の言う通りかもしれないけどやっぱり私は嬉しいよ。」

 彼女が彼の意図も知らずに笑顔を向けてくる。彼にとってそれは自分が部活に熱中しているということを示すもののはずだったが、他人に感謝されるのは気分が悪い訳ではなかったので、今日は諦めることに決めた。

 部活が終わり帰宅した彼は今後の部活動について考えている。これからも応援部としての活動をしていくか悩んでいた。そもそも彼が応援部に入部したのは中学の頃のような全力で打ち込む必要が無さそうな緩い部活だと思ったからである。だが蓋を開けてみれば廃部危機でそれを免れるためには依頼人が必要で自分達で探さなければならないという面倒という一言に尽きる部活だった。ならば部活を止めればいいと言われればそれはそうなのだが、一度入部すると言ってしまった手前、急に退部すれば後味が悪くなるのは明らかだ。緩く部活をしたい彼にとって、運動部ほどの忙しさや厳しさが無い代わりに廃部危機を脱するために奔走しなくてはならない応援部というのは諸刃の剣だというのが現状だで、そんな板挟み状態の彼はひたすらに考え続けていた。だがそんな結論は出ることなく翌日へと時は進んでいく。

 慣れた様子で城ヶ崎は学校へ向かった。最寄駅から10分ほど歩かなくてはならないが、それは当たり前となり苦に感じることもなくなっている。そんな彼を入学早々悩ませているのが応援部についてだ。そのことが頭から離れないまま登校した彼は自分の教室についた今でもソワソワしていた。

「おはよう、城ヶ崎。」

 朝にも関わらず人一倍元気な声で挨拶をしてきたのは瀬良だった。

「朗報だぞ、前島先輩応援部に依頼するってさ。」

 朝一番に言われることとしては百点満点に近いような報告に彼は目を見開いて声を上げた。

「マジか!」

 朝早い教室でこんな大声を出したのだから教室中の注目を浴びたのは言うまでもない。だが彼はそんなことお構いなしに瀬良との会話を続ける。

「その先輩いつ部活来れるんだ?」

 彼は焦る必要はないというのに、心理的には今にも瀬良に詰め寄るのではないかというほど前のめりになっていた。

「今週中には行くって言ってたから予定立ったら俺から城ヶ崎に伝えるぞ。」

 瀬良は親指を立てて彼にニカッと笑った。城ヶ崎は落ち着きを取り戻して大きく息を吐いた。依頼人が見つかったので応援部の廃部危機を逃れるのに大きな第一歩を踏み出せると安堵した城ヶ崎は前島先輩が応援部に来た時のことを想像していたが、あることに気づいた。

 (応援てどうやるんだ?)

 応援と言われれば甲子園などで座席から多くの高校生たちが声を張り上げたり、吹奏楽部が演奏したりする様子が思い浮かぶが、部長である鹿島茜はメンタルサポートをすると部活紹介で豪語していた。これほどの設備が整った英明学園において周囲からのプレッシャーは並の高校よりも重いものだという指摘もしていた。今みでの彼女との会話で応援のやり方について話すことはなかったが、やり方は彼女が知っているに違いないと考え、彼はそこで思考を止めた。

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