第5話
「まず応援部に相談をする、というのはハードルが高い気がします。なので今の応援部に必要なのは親近感だと思います。」
城ヶ崎は思いついたことを話していき、鹿島はそれを興味深そうに聞いていた。
「ここで問題なのはいくら応援部の知名度を上げてもそのハードルのせいで依頼が来ないということです。」
彼にとって最大の問題点を挙げた。知名度自体で言えば決して劣っているわけではない。応援部という他の高校には無いであろうネーミング、部活紹介での鹿島のあのインパクト、これらがそれを裏付けていると城ヶ崎は確信していた。そして現在応援部がぶつかっている問題が依頼することへの心理的な抵抗なのだ。
「応援部に相談することが恥ずかしいと捉える生徒も少なくないでしょうから、これをなんとかしたいですね。」
彼はいたって真面目に考え、彼女と二人で一つの机を囲んで話していた。
「じゃあそのハードルを下げるには……人望が必要かな。」
彼女は先輩たちのことを思い浮かべているのだろう。だがそれでは時間がかかり過ぎるというのが現実だ。どうすれば依頼が来るようになるか、それを考えていた城ヶ崎は一つの結論に達した。
「それよりは実績ですね。具体的に言えば五月に行われるであろう各種競技の春季大会における依頼が必要だと思います。」
最も良い手段であり、口で言うのは簡単だが難しいことだった。だが、春季大会の時期を逃せば夏の大会まで応援部としての活動がまともに出来るか怪しくなってしまうのではないかと考えられた。
「きっと依頼を待ってるだけじゃダメだね。もっと積極的に行動しないと。」
鹿島もそれを理解しているようで、彼女の決意が込められた目は真っ直ぐで、気持ちの強さを感じさせた。だが現実は非情であり、何か良い策が浮かぶわけでもなかった。そこからも二人で唸りながら考えるが、具体的なことは思いつかずにその日は解散となった。
途中まで帰り道が一緒だったので同じ電車に乗って帰ることになったのだが、思春期真っ只中の城ヶ崎にとって部活以外の時間は何故か緊張してしまい、何を話すべきか分からず終始緊張していた。なんとか部活の時と同じように喋ろうと努力はするが、部活という集中する場ではなくなった瞬間に彼の脳内のスイッチが何か切れてしまったような状態に陥っていた。幸い鹿島はそんな彼の状態に気付いていない様子で時折会話を振ってくれるのが彼にはありがたかった。
家に着いてからも応援部としての実績を得るためにどうやって依頼をもぎ取ろうかと頭を悩ませた。真っ先に思いついたのは工藤や瀬良の二人だが、入部したての彼らに新人戦に出る機会があるとは考えにくい。となると必然的に上級生からの依頼を受ける必要があるが、彼には上級生の知り合いは鹿島しかいないため、鹿島に依頼を受けてくるよう頼むしかない。自分に出来ることはないかとまた考えるが、知らない一年生にいきなり応援させてほしいなんて言われれば十中八九断るのが普通だ。次に鹿島が依頼を受けることは出来るだろうかと考えるが、そんなことはいくら考えてもしょうがないことだとすぐに思考を放棄する。そこまで考えたところで彼はハッとした。
「なんでここまでやってるんだ、俺は?」
応援部に入部した以上、これも応援部としての活動の内の一つなのだろうが、城ヶ崎はまだ入部したての一年生である。ここまでする必要は無いのではないか、という誘惑にもにた思考が脳裏をよぎる。そこまで考えると、彼は頭の中を一度空っぽにした。何もここまで頑張ることはない、後は二年生である鹿島先輩に任せよう、と脳内でその結論に至ると部活のことについて考えるのを止めた。
翌日、城ヶ崎には入学初日のような緊張感は無く、英明学園での新しい日常がシフトしていた。新しい登校、新しい下駄箱、新しいクラスメイト、その一つ一つへの新鮮さは段々と薄れていくのを実感した。自分の教室に入り席につき、彼の到着に気づいた工藤が彼に近づき、会話を弾ませた。
「昨日サッカー部に行ったけどすごかったよ。先輩は皆新人戦に向けて必死だったなぁ。部長の海道先輩もすごく上手かったんだ! あんなシュート、僕も打てるようになりたいなぁ。」
昨日の部活がよほど楽しかったのか、彼は目をキラキラと輝かせながら話している。
「そういえば応援部はどんな感じだったの?」
「え……?」
唐突に自分に向けられた質問に彼は言葉を詰まらせた。昨日したことと言えば、応援部として活動するにはどうすればいいかを鹿島と話しただけだ。とても工藤のような話は出来ない。
「実は応援部として活動するにはどうすればいいかを考えてたんだよ。でもそれが難しくてな……。」
彼は自分のやっていることが虚しく思えてきた。松永や瀬良、周りのクラスメイトたちはそれぞれ自分のやりたいことを見つけて前へと進んでいる。では応援部はどうか、他の部活には程遠く、まずまともに活動できるかどうかさえ怪しい状態なのだ。それが彼には恥ずかしかった。
「へぇ、応援部も大変なんだね。どんな活動する予定なの?」
意外にも工藤は彼の話に食いついてきたことに城ヶ崎は戸惑ったが、その反応に安堵して話し続ける。
「応援部ってのは生徒からの依頼を受けてから活動する不定期な部活なんだ。だからまずはその依頼を受けなきゃいけないんだが、あてが無くて困ってるんだ。」
彼は応援部の現状を赤裸々に語った。部員が二人しかおらず廃部危機であること、それを避けるために実績が必要であること、春季大会の時期に一件依頼を受けたいこと、これらを話して工藤はうーんと唸りながら目を瞑り、難しい顔をして考えていた。
「ごめん、何か力になりたいけど何にも思いつかないや。」
工藤はお手上げだというふうに苦笑いを浮かべてきた。やはり簡単には思いつかないかと理解しつつもやはり少し落胆する気持ちがあった。
「やっぱり難しいよな……。」
彼もまた改めて考えるが、依頼を受けるということとが決して無理矢理にでも応援を押し付けることになってはならないという板挟みのような状態だと自覚する以外得られる答えは無かった。
二人で頭を悩ませていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「二人ともどうしたんだ? そんな顔して。」
その声の主は瀬良であり、彼らがなぜ悩んでいるのか知りたげだ。
「今、応援部に依頼してくれる人を探してるんだ。心当たりは無い?」
半ばダメ元であろう工藤の提案に瀬良は天井を仰ぎ数秒考えると、あっ、と声を上げ手をパンと叩いた。
「実はうちのバスケ部にいるんだよな、そういう人。」
思ってもみなかった瀬良からの提案に城ヶ崎と工藤は固まってしまった。
「そ、それってどんな人なんだ?」
反応が遅れつつも城ヶ崎は信じられないという気持ちを抱きいていた。瀬良は平然とした様子で依頼人となり得る生徒について話し始めた。
「二年の先輩なんだけどよ、春季大会のレギュラーに選ばれたんだよな。でも結構緊張しやすいタイプでな、試合近いからナーバスになってんだよ。」
レギュラー争いの厳しさを知っている城ヶ崎にとって、その気持ちは痛いほど理解できた。
「でもそういうのって他の部員に話すもんなんじゃないの?」
工藤の発言からは彼がレギュラーになることが当然だった人物だということが窺えた。
「それがよ、うちの部活レギュラー争い激しいからピリピリしてんだ。だからその先輩も俺と同じ中学だったからって理由で話せてるだけだし。」
彼の中学時代でも、レギュラーになることを何よりも重要視する部員は少なくなかった。だからこそ彼がレギュラーになった時は、なれなかった者からの冷ややかな視線というものを感じることがあった。そんな経験があったからこそ、彼はその瀬良の先輩部員が応援部の依頼人に相応しいと確信できた。
「その先輩に応援部のこと勧めてみてくれないか? 俺たちに打ってつけの先輩かもしれない。」
ここで焦ってその先輩に会わせてほしいなどと頼めば結果として気まずいものになるだろう。いきなり見知らぬ応援部の後輩から応援させて欲しいなどと頼まれては困るに決まっていたからだ。瀬良の言っているその先輩が春季大会に出ると言うのなら、まさに応援部が望む条件にピッタリと合致する生徒であり、若干興奮していた城ヶ崎としては是非依頼してほしいと強く願っていた。
「おう! いいぞ。」
幸い二つ返事で瀬良は快諾してくれたので、それに彼は胸をホッと撫で下ろした。これから応援部としての活動ができる、それが何よりも彼には喜ばしいことだった。
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