第4話
あの泣き落とし作戦を受けた日から一夜明け、城ヶ崎は教室で瀬良と工藤に昨日の出来事を話していた。
「そんな漫画みたいな展開あるか!?」
「廃部になりそうだから泣き落としなんて思い切った方法だね、しかも先生が考えたなんて。」
瀬良は目に涙を浮かべゲラゲラと笑い、工藤は苦笑いしつつも呆れた様子で首を振っている。城ヶ崎は昨日の出来事を脳内再生してみるが、瀬良の言う通り漫画のような展開でありつつも、応援部の今の状況が芳しくないという現実も突きつけられていることは鮮明に記憶されていた。鹿島には近いうちにまた来て欲しいと頼まれているので、とりあえずやることも無いので今日行くことになっている。
「でも面白そうじゃねーか、応援部。」
瀬良は何か見世物でも見ている気分なのか、早く物語の続きが見たい子供のような目で城ヶ崎を見ている。
「そんなことより、バスケ部とサッカー部にはもう入部届出したの?」
彼は応援部での出来事が珍しいだろうと思ったので真っ先に話したが、バスケ部やサッカー部の方も気になっていた。
「バスケ部の方はそこそこ人来てたぞ。昨日の時点で十人以上はいたな。練習の様子見てたけどよ、すごかったぜ、やっぱ英明はレベル高ぇって感じだった。」
瀬良は興奮気味にバスケ部について話している。その口調や目つきからバスケが好きだということがありありと伝わってきた。それは彼に限った話ではない。他のクラスメイトでも自分が見た部活について語り合う生徒は少なくないが、やはりそれだけ英明学園の運動部のレベルの高さは新入生の彼らに良い刺激を与えているのだ。
「サッカー部は今日初めて行くんだよね、でも瀬良君の反応を見るにきっとすごいんだろうなぁ。」
工藤は今の時点でサッカー部のことを楽しみにしていた。それもそのはずで、この学園に来る生徒の多くが運動部に入ることを目的としているため、入学する時点で入部する部活を一つに絞っていることは珍しくない。城ヶ崎のように特に入部したい部活が無かったにも関わらずこの学園に入学する生徒の方が少ないのではないのだろうか。そして彼のような珍しい生徒でもない限り、応援部に入部しようとする生徒が少なく、廃部の危機に陥るのも容易に想像できた。
放課後になり、クラスメイトたちは各々の部活に嬉々として向かっていった。そんな生徒たちの背中を見ながら城ヶ崎は部室棟内に位置する応援部の部室へと歩いていった。
ガラガラと部室のドアを開けるとそこには既に鹿島が椅子に座って待っており、彼が来るなりこちらに笑顔を向けてくる。
「それにしても応援部に新入部員が来るなんて……感激だよ。」
よっぽど彼の入部が嬉しかったのか、一日経った今でも彼女は余韻に浸っていた。
「にしても昨日の今日でまた来るなんて、何か応援の依頼でも来たんですか?」
鹿島が座っている場所の近くにある椅子に腰掛けた彼にとって、彼女には近いうちにと言われていたので今日でなくてもよかったとはいえ、何故こんなに早くもう一度来るよう頼まれたのか分からなかった。
「応援の依頼は来てないよ。でも城ヶ崎君には応援部としての活動について詳しく知ってもらおうと思って。」
確かに今の彼には応援部は生徒からの依頼を受けて応援する、という表面上の知識しか無かった。この部についてより知ってもらいたいであろう彼女は応援部に関する説明を始める。
「まず応援部は生徒からの依頼を受けて、その生徒の相談にのったり、応援したりするの。具体的な依頼の受け方はこの依頼書に必要事項を記入して、部室前にある箱に入れられたらそれを回収するの。依頼書に指定された時間に応援部が待機して、依頼主に会うって流れよ。」
彼女は依頼書を持ちながら部活紹介で聞いた内容に加え、事細かな説明をした。城ヶ崎は部室の前に設置されていた机の上に投函箱と思しき箱と、その横に置かれていた依頼書の束を見たのを思い出していた。
「大まかにはそれでいいんだけど、注意して欲しいところがあってね、まず一つ目にその生徒の情報を外部に漏らさないこと。ここに相談に来る人の多くはあまり同じ部活の人に知られたくない場合がほとんどだから、第三者に依頼内容を話すのはダメよ。」
真剣に話す彼女の表情はまさに部活紹介の時と全く同じ印象を受け、緊張感があった。
「二つ目は、あくまで私たちがするのは応援だということよ。」
「あくまで、応援?」
彼女の言葉の意味が分からず、思わず復唱した。
「そう、具体的に言えば練習相手になったり、依頼主の練習メニューを考えたりということはしないってことよ。あくまで私たちは影から支えるの。」
そこまで言われて彼は理解した。だが依頼主が第三者に知られたくないというなら、応援部が練習相手になるのは他の生徒にバレてしまわないだろうか。
「先輩たちの中に元々スポーツをやってた人がいてね、応援部の活動だって言ってその部活の練習に参加した人がいたのよ。さすがにそれはダメだってなったけどね。」
彼女は迷惑だったと怒るのではなく、苦笑いを浮かべている。
「要するに、応援部は便利屋じゃなくて、あくまでメンタル面で生徒を支えるってことよ。それが応援部のルールであり、誇りよ。」
部活紹介にも聞いた言葉だが、それが最も重要なのだろう。力強く放たれたその言葉の重みはきっとこれまでの応援部が培ってきたものなのだと城ヶ崎は感じた。
「分かりました。ちなみに応援の依頼ってどのくらいの頻度で来るんですか?」
「それが不定期なのよねぇ。」
彼女は指を顎に当て悩んでいるように見えた。応援部は他の部活動とは違い生徒からの依頼が来なければ特にやることが無いように思えた。
「それに応援部って合宿とか無いし、こんな不安定な部活だからほとんど部費も降りないわ。」
彼女の応援部についての話を聞けば聞くほど、このような前代未聞な部活動がよく学校側に認められたな、と彼は内心驚いていた。先輩たちがいたようなので彼女がこの部の創立メンバーという訳ではないだろう。
「それにしても応援部ってよく部として認められましたね。創立してから何年くらい経つんですか?」
「今年で三年目よ。」
「三年目!?」
さらっと言い放たれた衝撃の事実に城ヶ崎は愕然とした。だとしたら鹿島の先輩たちが部の創設者ということになり、当時は出来上がったばかりの部活に彼女は一人で入部したということだ。
「どうして応援部に入ろうと思ったんですか?」
当たり前の疑問であり、城ヶ崎にはそこまでして応援部に入ろうとする理由が分からなかった。彼自身は絶対に入りたいという確固たる願望があった訳では無く、なんとなくで選んだくらいのものだ。だが彼女は応援部の存続を願っていて、不本意でありながらも泣き落としまで仕掛けてきたほどだった。彼にはそこまでの気概は当然無かった。彼女は彼の問いに、昔を懐かしむような目で口を開いた。
「私ね、元々は女子バレー部に入るつもりでここを受験したの。でも中学の頃に大怪我しちゃってね、それで引退試合も出られなかったの。それで燃え尽きちゃって、やる気が出なくて、それでも何か悔しくて英明に来たんだ。そんな時に校内の掲示板に応援部の張り紙がしてあって、それを見てここだ! ってなったわ、一目惚れってやつかな。すぐに応援部に入部して、活動を通して先輩たちから色々教えてもらったわ。それに先輩たちはその学園では有名だったらしくてね、応援の依頼だけじゃなくて恋愛相談なんかもあったわ。」
そう語る彼女の表情は笑っていたのだが、目はどこか遠くを見ているような虚しさがあった。彼女が昨年度のような熱意に溢れた活動がまたしたいのだろうということがひしひしと伝わってくる。その部活動に打ち込もうともがく彼女の姿は健気で、応援したくなるような魅力があった。だが同時に彼にはもう彼女の願いを叶えるための手段が無いことがもどかしかった。
「さぁ、暗い話はここでお終い! 他に質問はある?」
鹿島はいつもの元気な姿に戻った。だが彼には質問したいことなど無く、今はどうやって依頼を受けようかということだけを考えていた。
「いや、質問はもう無いです。やっぱり依頼が来ないと始まらないですよね……。」
彼はもうそのことで頭が一杯で、独り言のように呟いていた。そんな彼を見て彼女はクスッと笑った。
「城ヶ崎君、考えてくれるんだ。」
不意に彼女が笑ったので何かと思った彼は彼女の言葉に自分でも驚いていた。そもそもなんとなくで入ったこの部活についてこうもすんなり考えているが、彼にとってこれは無意識な内に行われた思考だったのだ。部活に打ち込もうとする思いが自分にもあるのだと自覚し、それが彼にとっては嬉しいような、まだ過去を引きずってしまっているような複雑な心境だった。
「せっかく入部したんですし、俺も活動はしたいですから。」
そう本心を述べ、彼らは今後について話し合いを始めた。
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