第3話
あの強烈な応援部の部活紹介を聴いてから数日後、城ヶ崎努は見学をするために応援部の部室に来ていた。この英明学園は四階建ての建物が三つ、体育館が一つ、二つのグラウンド、テニスコートが3面ある。これは都内にある高校にしてはかなり広めに構成されており、部活動に力をいれているのが窺えた。3つある4回建ての建物は普段授業を受ける1号館、数々の部活の部室が連立している2号館、トレーニングジムや図書館、学食など生徒が使うであろう施設が併設された3号館に別れている。彼は2号館の3階に位置し、目的地である応援部の部室に辿り着いた。緊張から心臓が高鳴る中、勇気を出して彼は横開きのドアを開けた。
「来たあぁぁ!」
開けてから約一秒経ったところで予想だにしない大声が耳に入ってきた。余りの声量、そして唐突さから彼は一瞬ビクッとしてから固まってしまった。そんな彼の目の前には先日堂々とした部活紹介をした応援部部長、鹿島茜が椅子に座りながら両腕を天井に突き上げている。彼女は椅子から勢いよく立ち上がると彼の元へ駆け寄り、その右手を両手で掴んだ。
「新入部員の子だよね? 上履きの色を見るに一年生だね、来てくれて嬉しいよ! 私は部長の鹿島茜、ってこの前の部活紹介で言ったね。どうしてこの部活に来ようって思ったの?」
初対面でいきなりこのハイテンションで詰め寄られ、早口でまくし立てられ、さらに手も握られたのでは普通なら引くだろう。心臓の鼓動が早くなっていくのを実感しながら彼は自分の置かれている状況を鑑みた。今日は見学のつもりで来たが、恐らく彼女は彼のことを新入部員だと勘違いしているのだろう。実際彼はこの部活を第一候補としているので、新入部員だと思われても彼にとってはそこまで迷惑ではなかったが、誤解は解いたほうが良いと考え、正直に打ち明けることにした。
「あの、俺は今日見学で来たんですけど……。」
彼は恐る恐る事実を伝えた。彼女の目を見ると、一瞬キョトンとした表情をして固まっているかと思うと、段々と顔全体が赤くなっていった。
「え、そうだったの!? ごめん、勘違いしてた!」
彼女は握っていた手を慌てて離し、口に手を当て自分の行いを思い出して恥ずかしくなっているようだった。
「えーと、城ヶ崎君は今日見学に来たのね。」
彼女が落ち着きを取り戻したところで、彼らは机を挟んで互いに椅子に座っていた。彼女は彼が見学だと知り、悩み出していた。
「この部活は基本的に生徒からの依頼を受けてから活動することが多いの。だから本当は今日も活動自体は無いんだよね。」
彼女はなぜか苦笑いして応援部の現状を話す。
「活動が無いならどうして今日はここにいたんですか?」
彼はちょっとした疑問を投げかけたつもりだった。しかし彼女は目を泳がせ、何を言おうか迷っていた。
「今日は新入部員がいるかもなぁって思って……。」
奥歯に物が挟まったような言葉に彼は疑念を感じていた。そもそも今日はなぜ部長一人しかいないのか、新入部員が来るかもしれないので待っているというのなら納得は出来るのだが、どうして鹿島先輩が気まずそうにしているのか彼には分からなかった。すると意を決したように彼女が口を開いた。
「実はね、今応援部で活動してるのは私だけなんだ……。」
彼女の告白から彼はこの部活が他の部活とは違い活発に活動してるわけではないのだと察することがてきた。
「元々は私の2つ上の先輩たちがいたんだけど、もう皆卒業しちゃって……今は私1人なの。」
彼女は寂しそうに語っており、彼はそれに耳を傾けた。
「それでね、先輩たちが卒業しちゃうと応援部は私1人だけになっちゃって、部員の数が足りないから部から同好会になっちゃうの。」
彼はてっきり廃部にでもなるのかと思っていたが、同好会という形でも残れるならそこまで心配する必要は無いのではないかと考えた。しかしそれが甘い考えだったのだとすぐに理解する。
「同好会になれば部費も貰えないし、部活紹介にも参加出来なくなるの。そうなったらもう新入部員を入れるのは絶望的になっちゃうじゃない? だからどうしても今年新入部員が欲しいの。」
彼女の言葉には力が込められており、まだ諦めていないということが伝わってくる。だが同時に今の部の状況を知って最終的に入部しないという選択を取るのが気まずくなってしまった。城ヶ崎はどうしたものかと必死に思考を巡らせるが、正直入部を断る理由は無かったのでもういいか、と半分諦めて彼女に告げた。
「だったら僕、入部しますよ。」
気まずかったという様子を相手に悟られないように出来るだけ平静を装った。彼女の目を見ると、キラキラと輝かせ、思い切り立ち上がった。
「よくやったわ茜!」
条件反射で目の前にいる彼女が発した言葉だと受け入れていたが、その言葉の不自然さに気づくのに数秒掛かっていた。
「え?」
彼は声のした方向、つまり後ろに目をやる。すると部室のドアがいつの間にか開いておりそこには女性の先生と思われる白衣姿の人物が左手を腰につけて右手は眼鏡の赤い縁の部分に手を添え、足を肩幅に開きながら胸を張って立っていた。
「佐久間先生、こんな方法で部員増やしちゃって良いんですかぁ?」
もう一度城ヶ崎が鹿島の方を見ると、彼女は両手を机につけて立ち上がって佐久間先生と呼ばれる人物に抗議のようなことをしていた。だがその表情には怒りというものは込められておらず、何か懇願するようだった。
「いいのよ鹿島さん、部員が増えなきゃこの応援部だっていつ廃部になるか分からないんだし。」
鼻歌混じりにそう言ってのけた先生はそのまま部室に入り、彼の元へ近づいた。
「でもこの増やし方は城ヶ崎君が可哀想ですよぉ。」
部活紹介の時に見た凛とした彼女の姿は見る影も無く、今はただ突然現れた女性の先生に振り回されている様子の鹿島を見て、城ヶ崎は自分がいいカモになっていたのだとうっすら理解した。
「それじゃあ城ヶ崎君、この紙に必要事項書いといてね。」
泣きつく様子の鹿島を無視して、先生は彼に入部届とボールペンを置いた。入部すると言った手前これだけすぐに断るのはいささか申し訳ないと考えつつも、自分はカモになっているだけでなく、他にも騙されているのではないかという疑念がぶつかり合って結論を出せないまま彼は固まってしまった。
「ごめんね、城ヶ崎君。こんなやり方で部員を増やすのは不本意ではあるんだけど……こうでもしないと部員は増えないかもって思って……。」
彼女は俯き、その表情は曇っていた。ここで彼はやはり自分は泣き落としをされただけなのだと確信した。彼女としては彼が主体的に入部届を提出しに来ることが理想だったのだろうが、見学と言っていたことから他の部活に入部するのを恐れ、是が非でも今日この場で彼の入部に漕ぎ着けたかったのだろうと推測した。
「もしかして僕は泣き落としされたってことですか?」
あくまで確認のつもりで聞いてみたが、彼女は一度ビクッと体を震わせるとプルプルと震え、顔はみるみる真っ赤に染まっていった。
「え、あ、いや、その……すいません!」
そんな彼女を見てなんと言えばいいか分からなくなり慌てふためく彼はとりあえず謝罪した。そんな二人を見て、女性の先生は高らかに笑った。
「あははは! 二人は見てて面白いわね。」
こんな生徒の状況を見て教師らしからぬ反応をする彼女を見て、またもや城ヶ崎はこの状況での振る舞い方が分からずにあたふたしてしまう。
「まぁ、君の言う通り泣き落とし作戦だったわ。まさか本当に上手くいくなんて思わなかったけど。」
口ではそう言っているが、表情からは見たか、という作戦成功の優越感に浸りつつも彼の反応を余すところなく楽しもうとこちらをじーっと見続けている先生の姿が見えた。
「本当に泣き落としだったんですね……。」
彼はその先生というよりもはや大人らしからぬ態度に苦笑いを浮かべることしかできなかった。ふと鹿島の方を見ると、後ろめたい気持ちがあるのだろう、机を凝視して未だに頬を赤らめこちらを見ようとはしなかった。城ヶ崎は彼女のことを不憫に思った。
「応援部に入るのは構いません。元々ここくらいしか入部するつもりありませんでしたから。」
そう言ってチラリと彼女の方を見るとバッと顔を上げ、驚きの表情を浮かべる彼女と目が合った。
「あら、そうなの?」
そんな彼女とは対照的に先生はあっけらかんとしていたが、作戦が実は意味が無かったことを知り残念がる気持ちも込められていると感じる。
「ほ、ほんとにこの部活で良いの?」
恐る恐る聞いてくる鹿島に城ヶ崎は彼女の目を見て、はっきりと告げた。
「はい、俺は応援部に入部したいです。」
彼女の表情は驚きから歓喜へと変化し椅子から立ち上がると拳を勢いよく天井に突き上げた。
「やったー! ありがとう、城ヶ崎君!」
子供のように飛び跳ねて喜ぶ彼女を見て彼はほっと安堵の吐息を吐いた。そして先ほど目の前に置かれたボールペンを走らせ、入部届を書き上げるのだった。
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