第2話

 退屈な入学式を終え、これからの大まかな日程についての説明を担任から受けた城ヶ崎は、今日出会ったばかりの工藤蓮と二人で下校していた。高校から最寄り駅までは徒歩で約十五分かかり、車が忙しなく走っている大通りのすぐ傍を歩いていく必要がある。車の走行音が聞こえてくるなか、城ヶ崎と工藤は二人で横に並びながら最寄り駅へと向かっていた。

「ねぇねぇ、城ヶ崎君は中学の頃何してたの?」

 学校では自分のことについて色々と教えてくれた工藤は彼の過去について興味を持ち始めたようだった。自分が野球部だったことを話すべきか一瞬悩んだが、特にそれを拒む理由が見つからず、城ヶ崎は話し始めた。

「俺は子供の頃から野球をやってて、中学では野球部だったんだ。」

 彼は少し緊張した面持ちだ、それは工藤と初対面だからというだけではなく、この記憶が彼にとって苦しいものだからだ。

「今はもうやってないの?」

 彼のその一言にズキンと心が痛むと同時に言葉が詰まり、次に何を言えばいいのか分からなくなる。

「あ、あぁ……もう野球は辞めたんだ……。」

 これ以上余計な詮索をされたくなかった彼は自然体で答えるべきか分からず、中途半端に反応してしまった。自然体に見せようとしている反面、内心では早く会話の話題を変えようと必死に思考を巡らせている。

「へぇ、そうなんだ。」

 思っていたよりも軽い反応だったことに彼は安心した。そのためか足取りも軽くなり、気分も良くなる、会っていきなり自分の過去を知られたくないと必死に仮面をつけて接してきた自分が馬鹿らしくも感じだが、自分でも何故そうするのか理解できなかった。

「それじゃあ、僕こっちだから。また明日!」

 最寄り駅の入口から地下に伸びる階段を下っていき、改札を通ったところで工藤が城ヶ崎に手を振った。城ヶ崎は手を振り返すと、彼は城ヶ崎とは別方向のホームへと歩いていった。工藤と別れ、一人になった彼は不思議と心が軽くなったような気がしたが、それが逆に彼にとっては心苦しいものだった。

 入学式から数日経ち、高校初の授業が始まっていく中、放課後に体育館で部活紹介が行われる日になった。六時間目が終わり、クラスではやはり部活紹介のことで話が持ちきりだった。

「今日は楽しみだね。」

 そう笑顔をこちらに向ける工藤に対し、初日から感じていた緊張もだいぶ解れていた城ヶ崎はもうどこにでもいるような友達同士の関係になっていると感じていた。

「そうだな、工藤はサッカー部なんだろ?」

 城ヶ崎の問いに彼はまた一段と目を輝かせる。

「うん! 本当に楽しみだなぁ。」

 相変わらず彼は部活紹介を楽しみにしているのだということが伝わってきた。一クラスずつ体育館へと入っていき、壇上の前には自分がどの部活に入りたいか、友達はどこに入るかという期待と高揚感に胸を膨らませる新入生がほとんどだった。

「なぁなぁ、城ヶ崎は応援部考えてるんだよな?」

 体育座りで部活紹介が始まるのを待っている中、彼の隣であぐらをかきながら口を開いたのは瀬良翔人だった。若干鋭い目つきに逆上がった黄土色の髪という不良と思いかねない彼は入学式の後から少しずつ言葉を交わすようになった。見た目からして多少の威圧感を感じる人もいるだろうが、話してみるとノリがよく、気さくな人物だと気づいた。

「あぁ、少し興味があるからな。」

「にしても珍しいよな、この高校来てんのに運動部に入らないのは。」

 瀬良がそう言うのももっともで、この高校はスポーツ推薦は取っていないものの文武両道を掲げており、運動部の活動が盛んなのだ。だからこそこの高校に来る理由に運動部に入るのが目的だと言う生徒は多いので、城ヶ崎のように運動部に入らないのは珍しいと言える。

 では何故最初から運動部に入るつもりのない彼がどうしてこの高校に来たのか、それはやはり彼の中学生の頃からの未練というものだ。

「おっ、そろそろだな。」

 待ってましたと言わんばかりに瀬良が壇上に目をやった。そこには入学式の時にも見かけた上級生が壇上の脇でマイクを持って立っていた。

「これから部活紹介を始めます。まず初めにサッカー部の方、お願いします。」

 上級生の言葉を合図にサッカー部であろう学ラン姿の生徒が壇上の傍から歩いてきた。

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。サッカー部部長の海道大地です。」

 そう自己紹介を済ませた彼はサッカー部とは思えないほど色白でショートヘアの銀髪が照明に照らされ反射していた。

「僕たちサッカー部は週四日、グラウンドで練習しています。」

 そこからはサッカー部の成績や年間予定などが説明されていった。それを城ヶ崎はぼーっと聞き流していたのだが、時折おーっというこの部への期待が込められた声が所々から漏れ出ているのが聞こえ、この高校がスポーツに力を入れているのを実感した。

(皆、やっぱり運動部に入りたくて来てるんだな。)

 サッカー部を皮切りに野球部、バスケ部、バレー部などの運動部が続々と自分達の部活紹介を済ませていく中、ついに彼の一応の本命である部活の名が呼ばれた。

「続いて応援部の方お願いします。」

 すると一人の女子生徒が他の部活の時と同様、壇上の脇からスタスタと歩いてきた。ポニーテールにされたピンク色の髪をなびかせ、マイクの前に立ってから一呼吸置いた。

「皆さんこんにちは、私は応援部の鹿島茜です。」

 そう口を開いた彼女はハキハキと自信を持って話しているように見えた。

「応援部って何やるんだ?」

「さぁ? 俺らの応援でもしてくれんじゃない?」

「てかこの高校来て応援部って、中学とかで何があったんだろうね。」

 ひそひそと応援部を嘲笑するかのような言葉が聞こえてきて彼は不快に思った。そんな彼の怒りにも似た感情を吹き飛ばすように彼女を話を続ける。

「応援部という名を聞いて疑問に思った方も多いでしょう。なぜこの英明学園にこのような部活が存在するのかと。」

 彼女は物怖じしない口調で続ける。その堂々とした佇まいは先ほどまでの冷やかしを跳ねのけるようだった。

「この英明高校は文武両道を掲げ、他の高校とは比べ物にならないほどの運動設備を整えています。それは何故か? 高校生活を充実したものにして欲しいというのが学園側の願いだからです。」

 このような説明をするのは本来教員の役目であり、そして大半の生徒はそれを退屈そうに聞き流し、ただ時間だけが過ぎていくのがよくある光景である。しかしこの体育館内においてそのような生徒は明らかに少ない。それほど壇上で演説にも近い部活紹介を行う鹿島茜に惹かれているのであり、それは城ケ崎努も例外ではない。多くの生徒が壇上にくぎ付けになっていき、視線が集中する。彼女は自身に向けられる視線に臆することなく話を続ける。

「そして、その部活動に励む皆さんを全力で応援するのが私たち応援部なのです。これだけの環境が整えられているこの学園で、皆さんに最も足りないのはメンタルだと私は考えます。この学園の一流の設備は有名です。その設備でトレーニングを行い、大会に出場すれば周りからの視線というものは一際強いものだと実感できるでしょう。そのプレッシャーに押し潰され、全力を発揮できなければ充実した学園生活を送ることは困難であり、だからこそ皆さんにはメンタル面でのサポートが必要です。ですので部活動に関する悩み事がある場合は気軽にご相談下さい、全力で応援し、皆さんのメンタル保護に努めます!」

 彼女の決意に満ちた声に対し、最初のように応援部を嘲笑するような声は消え失せていた。

「私たち応援部は皆さんの入部をお待ちしています、ご清聴ありがとうございました!」

 そう言って一礼した彼女は壇上の脇へと戻っていき、その彼女を新入生たちは拍手で讃えていた。他の部活に比べ、遥かに短い時間だったが、どの部活よりもインパクトを残していたが、それこそが鹿島茜の魅力だと言える。

「応援部の鹿島先輩すげぇな。つい聞き入っちまったぜ。」

 興奮気味に瀬良が語りかけてくる。城ヶ崎は彼に話しかけられてやっと我に返ったような感覚だった。

「あ、あぁ、すごかったな。」

 彼は自分がとんでもない部活に入部しようとしているのだと実感した。しどろもどろになりつつも彼の応援部に入ろうという考えは変わらなかった。

(あの部活なら俺に合ってるかもしれない。)

 彼は中学の頃のあの部活に熱中した日々のことを思い出していた。あの暑いなか必死にグラウンドを走り回り、友達と全力で打ち込んだ日々は確かに価値あるものかもしれないが、それと同時に彼にとっては苦い思い出でもある。運動部という競争がある部活に嫌気がさしつつも未練を捨てきれずに英明学園に来た彼にとって応援部とは新しい青春の日々を送るのに打ってつけだと彼は直感した。

 全ての部活紹介が終わり、教室に戻った新入生たちは興奮冷めやらぬ状態でお互いにどの部活に入りたいかという話で再度盛り上がっていた。それは城ヶ崎も同じで、工藤、瀬良と共に入部した後のことについて語り合った。

「僕はやっぱりレギュラーになりたいな、せっかく英明来たんだから。」

「それなら俺だってバスケ部でレギュラーになりてぇ!」

 工藤と瀬良がお互いに目標を言い合っていく中、彼はその二人に対して何か眩しいものを感じていた。

「じゃあ俺は応援部で二人を応援しようかな。」

 半分冗談の口調で言ったつもりだったが、二人はそんな彼を笑って肯定している。思っていたよりも真面目に捉えられ照れたのか、城ヶ崎は少し頬を赤らめ、二人と笑い合った。




 

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