第1話

 四月、それは新たな出会いの季節である。全国のあらゆる学校で入学式が執り行われ、期待と不安に胸が一杯の新入生が入学してくる時期だ。都内某所の英明学園でもそれは例外ではない。続々と校門を通っていく新入生たちをまず大きな桜の樹が祝福するかのように咲き誇る。風が吹き、花びらが舞う、そんな季節を感じさせる美しい光景を右手に見ながら、新入生たちは校門を通り過ぎていく。そしてそれは新入生の一人である城ヶ崎努もそうだった。青色に近い明るい紺色を主体とし、金色のボタンが並ぶ学生服に身を包み、耳が隠れ、眉毛上まで伸びている黒髪にシュッとした顔立ちに比較的細い目つきからして恐らく第一印象としては根暗というのが最も多いだろう。幹から枝が横にまで伸びるほど大きな桜の樹を一目見てから通り過ぎると、ボールなどが外に飛んでいくのを防ぐための緑色の網目状のネットが張り巡らされたグラウンドが真正面に見えてくる。その突き当たりを左に曲がると下駄箱が視界に入る。金属塗装が所々剥がれているその下駄箱は歴史を感じさせ、床や壁は白色だったのだろうが、長年生徒に踏まれ続けたせいか、薄く汚れている。彼は事前に知らされている自分の番号が記された下駄箱を見つけると靴を入れ、学生鞄から藍色の靴袋に入った上履きを取り出した。その上履きの全体は白を基調としており、黄色のラインが入っている。この色は学年を表しており、彼の代は黄色になっている。その上履きを履くと、壁に張り出されたクラス分けの表を見る。自分の名前をB組に見つけた彼は階段を昇り、一年生の教室がある二階へと足を運んでいく。

 二階に上がると左側の手前から奥にA組からC組が、右側の手前からD組とE組が配置されている。城ケ崎がB組の教室に入ると、すでに半分以上の生徒が席についており、ただ黙って教室を見渡す者や、隣同士で初対面でも会話をする者に大まかに分かれていた。その状況を俯瞰しつつも、彼は黒板にチョークで書かれた文章を読んだ。

『教卓の上にある資料を一枚ずつ取ってください。』

 その文章の下には教卓を指しているであろう下向き矢印が伸びており、教卓には三種類の紙が束になってそれぞれ置かれていた。それらの紙は今日の予定表、今後の日程表、そして近日行われる部活動紹介のための集会の日時と参加する部活一覧だった。

 城ケ崎は教室の右から三番目の真ん中あたりに位置する自分の席に着くとそれらの紙を一瞥し、部活動紹介に関する用紙をまじまじと見つめた。元々運動部に入るつもりのなかった彼は運動部の名を素通りしていき、文化系の部活を眺めていた。美術部、文芸部、写真部などありきたりの部の名前を見ていくと、ある部活の名を見て彼は目を留めた。

「応援部……?」

 そのありそうであまり聞いたことのなかった部活の名を見て、城ケ崎は思考を巡らせるくらいには興味が湧いていた。

(まぁ、これなら丁度いいかもな。)

 中学では運動部だった彼にとって、この運動部と文化部の中間に位置しているようなこの部活はピッタリだと感じたのかもしれない。気になる部活が見つかったところで彼は部活紹介用紙を見るのをやめた。教室内では高校初日特有の緊張感が漂う中、彼は特に何をする訳でもなくただ黙って先生が来るのを待っていた。

「ねぇねぇ、君何部に入るか決めたの?」

 最初それが自分に向けられた言葉だと彼は気づかなかった。数秒の間が空きつつも、彼は自分に話しかけてきた人物の方を見ると、その人物は右隣の席に座っている男子生徒だった。ショートヘアの金髪でかつ童顔、おまけに碧眼という日本人離れしたその容姿は、まさに城ヶ崎とは正反対の人物だと言える。

「……俺はこの応援部っていうのが気になるかな……。」

 城ヶ崎は緊張した声色で答えた。それもそのはずで彼は漫画から飛び出して来たのではと疑わせるその少年の容姿に度肝を抜かれていたのである。

(この人、ハーフなのかな?)

 そう考えつつも城ヶ崎は彼に質問した。

「そっちはどの部活にしようと思ってるの?」

 彼は突然の美少年の登場に動揺しつつも出来るだけ自然に話そうとする。

「僕はサッカー部に入るつもりなんだ。」

 城ヶ崎の考えを気にする素振りなど全く見せずにその美少年は自分が入りたいと思っている部活をあっさりと答えた。恐らくこの高校に入学すると決まった時からサッカー部を選んでいたのだろう。

「サッカーは前からやってるの?」

 初対面の相手との会話ということもあり、彼は緊張していたが、それをなるべく気付かれぬよう平静を装って会話を繋げる。

「うん! 小学生の時からやってるよ。」

 彼は特にこちらの気苦労に気づくことはなく、城ヶ崎の質問に答える。

「僕はね、このサッカー部に目標としている人がいるんだ。」

 彼は目をキラキラ輝かせながら言った。しかし何故か城ヶ崎は彼を苦手だと直感してしまった。

「そうなのか……良かったな。」

 どうして自分が彼に苦手意識を抱いたのか分からないまま彼の話を聞いていく。

 そして間もなくして、担任と思しき先生が教室のドアをガラガラと開けて入ってきた。その先生は案の定、城ヶ崎のクラスである一年B組の担任であり、今日の日程について話を始めた。だがそれも要点だけ言えば今日は入学式があるというだけの話で、彼は既にその先生の話に飽きていた。そして出席確認が行われ、出席番号順に名前が呼ばれていく。ほどなくして先ほど城ヶ崎に話しかけた右隣の椅子に座る彼の名前が呼ばれた。

「工藤蓮君」

「はい!」

 先生に自分の名前が呼ばれると工藤は元気よく手を上げて答えた。彼の目を見て城ヶ崎は自分がやはり彼に何かしらの苦手意識を抱いていることが間違いないのだと自覚したがそれが何なのか分からないまま、時間が過ぎていった。




 


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