西荘拓弥(本編Ⅱ:第9話~本編Ⅲ:第13話)
真中明日香さん。
いま、本社内でもっとも注目を集めている人。
正規の中途採用で総務課に配属されている。
高卒では四半世紀ぶりらしい。
目力が強く、凜としているのに、
仕草が可愛らしく、いつも僕らを立ててくれる。
総務課のシステム調整の担当になれた僕は、
将来の人生の幸運まで、すべて使いつくしている気がする。
他のセクションが投げやりにシャットアウトするSE的な話題が出ても、
食いつくように聞いてきて、的確な質問までしてくれるし、
他の女子が引くような趣味の話をしても、
嫌な顔一つしないで相槌を打って聞いてくれる。
〇pearmintの話を15分も聞いてくれた女子なんて地上にいるわけがなかった。
二次元からリアルブートされたような人。
〇haos 〇eadで言えば、〇ナの容姿と七〇の属性を併せ持ってる。
そして、声が〇ェリー〇ェ。
人気が出ないわけない。
でも、声を掛けられるようであれば、情シスなぞにはいない。
僕と真中さんが話してると、情シスの同僚からの視線をビンビン感じる。
嬉しくない。ちっとも嬉しくない。っていうか喋りたいなら自分から喋れよ。
僕だって絶対にそうだったろうから、文句も言えないけれど。
社内システムの移行の詰めが甘く、バグが出まくった時だった。
オロオロしていたリーダーを横に、
真中さんが、プログラムをざっと見て、手を入れ始めた。
リーダーに進言する体になってはいたものの、
実質的には、真中さんがバグフィックスを担っていた。
急ごしらえの工程表と、当座手当すべきリスト、
将来的な負債返済リストを手早く作った後、
「西荘さんなら大丈夫です。
絶対、いけますよ。」
リーダーに。
僕ら、一人一人に。
男って、ほんとに単純なものだと思う。
爆上がりした士気で、バグフィックスを、
その日のうちに、終わらせることができた。
リーダーがオタオタしたままなら、
間違いなく一週間は食って、他の部署から指弾されまくったろう。
微笑んでいる真中さんが、神に見えた。
じゃなくて、真の女神だ。
後日、リーダーは、
真中さんの上司である桑原総務課長に拉致され、
小会議室で、小一時間、ごもっともな説教をされていた。
その翌日、総務部長から、
正規一名、非正規一名の枠を確保する旨の連絡があった。
「桑原君から進言があってな。
くれぐれも、許可なく真中君を使わぬようにと。」
人が増える喜びよりも、悔しさが先に立った。
あんなにできる人が、年寄りの墓場になってる
役立たずの総務課にいるのがおかしい。
出張旅費の申請を難癖つけてブロックしてくる奴らの元にいるなんて。
絶対に、情シスに移してやる。
人事部の中間面談の際、
情シスの男子社員は、結託して真中さんの優秀さを語った。
鉄オタとミリオタとサバゲーオタ、洋ゲーオタとドルオタ。
趣味も嗜好も性癖も違う、
業務外で話したこともない社員が一致結束するなんて、
会社に入ってはじめてのことだった。
それなのに。
「……それはね、
どの部署からも言われてるの。」
作戦は、うまく、いかなかった。
「ここだけの話、真中さんは取り合いになってるのよ。
君達のとこに行ったら、営業や経営企画から守れる?」
守れ、ない。
営業や経営企画は、
いい歳して吐き気がするようなリアル陽キャの群れだ。
体育会出身、キラキラした服、美容室でビシッと決めた髪、
週末サーフィンのイケてるメンズ達にインネンを吹っ掛けられたら、
Q〇Houseのうちのリーダーじゃ、
土中にめり込むまでぺっしゃんこにされるだけだ。
「桑原君が、君達を護ってることに気づかない?
来月の真中さんの出張申請、断ることもできたのよ?」
……確かに。
営業や経営企画のように、無理を言ってこないし、
担当課ではないのに、クレーム処理もしてくれている。
ただ。
感情的には、どうにも納得できないものがある。
あんな総務課にいたら、絶対に宝の持ち腐れだろうと。
*
「西荘さん。」
真中さんは、凜としてて、澄んでいて、可愛い。
生きている御姿が、ただただ、尊い。
他の女性ではなんとも思わないのに、
真中さんの身体から薄い香水が薫ってくると、
自分が息を吸ってしまっていいのか不安になる。
「ちょっと前から、思ってたんですけれど。」
真中さんが、語った言葉は、本来、僕らが考えることで。
絶対にできるわけがないとあきらめていたことで。
「社内の業務仕様、統一してみませんか?」
真中さんの前の職場は、業務仕様をほぼ統一していたという。
そこまで効率が良かった会社が、どうして潰れてしまうのか分からない。
「……きっと、私のせいですね。
あの時は、自分のことばかり考えていたと思いますから。」
そんなこと、絶対にない。
そう言えるくらい、口が上手ければ、情シスなんぞにいない。
ああ、コミュスキル+3リアルブースターが目の前にあれば、
1億円出したって買うのに。
「……う、うちのリーダーには、持って行かないほうが。」
「?
どうしてですか?」
「どうしてって……。」
言えない。
リーダーが、かわいそうすぎて。
外のセクションに対する発言力がゼロだなんて、
真中さんに知れたら、リーダー、絶対に職場放棄する。
……悔しい、けど。
こんなこと、言いたくないけど。
「……まず、真中さんの、直属の上司に相談してみたら。」
「……ぇ。」
真中さんの行動が、止まった。
静かになったと思った、次の、瞬間。
顔が、突然、
「ぼっ」と赤くなった。
まるで、CGのスチル絵の別バージョンのように。
「そ、そ、そうですねっ。
そ、そうしてみますっ!」
逃げるように、情シスのドアを開けて、
跳ねるように走って行ってしまった。
薄い匂いだけを残して。
「………。」
だから、怨念の視線を送って来るなよお前ら。
僕だって、死にたいくらいなんだぞ。
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