第28話(最終話)
「っていうことがあったのよ。」
……。
「へぇぇぇ。仁がねぇぇ。
そりゃぁ、傑作だわー。」
なんで、荻野がここにいるんだか…。
勤め先、青山だろうが。
「バカだな仁よぉ、
俺、けっこうこのへん、庭だぜ?」
「お前の調査先は大手じゃないだろ。
っていうか、なんだその恰好は。
今日、平日だぞ? ベンチャーしか通じないぞ?」
半個室の中華料理屋だからいいようなものを。
街中では十歩は離れて歩きたい。
「お前、俺にそんな口きいていいのかぁ?
俺、お前んとこの大株主様だぜ?」
は?
って……。
マジ、かよ。
桁、億いってる……。
「お前んとこの株、学生の頃から買いましてんの。
日本企業にしてはROEもPBRも高いしさぁ。
バブルの火傷もちっちゃいし、
関連会社に分散して持たしてるから外資べったりの役員もいないし、
資本しっかり積んでて経営は手堅いし、
昔買ったやつは運用益だけで倍くらいになったぜぇ?」
はぁ……。
長期ポジションのトレーダー、か。
コイツならやっててもおかしくなかったわ……。
それならいっそ……、
あー、だめだだめだ。
こいつに運用なんて任せたら、心臓いくつあっても足らないわ…。
「んだから、ちょーっとお前んとこに手を出してたってわけよ。
ちょっかい出してたのはそういうことかよ。
なにその謎の超個人的事前インサイダー介入。
こんなのに遊ばれた滝沢専務がかわいそうに感じるわ。ほんのちょっとだけ。
まぁ、大手教育出版会社の代表取締役の椅子に座る予定らしい。
同窓繋がりで向こうの創業家から請われてのことだから、
本人的には悪くないのかもしれないけれど。
「前の社長がめちゃくちゃやって現場ボロッボロにしちゃったんよ。
あたりまえの経営能力があれば、誰がやったって立て直せんの。
ぼく、やっぱ有能! とか思い込みたいだろうから、
ちょうどいいんじゃねぇの。ま、俺は先物を売っとくけど。」
いろいろ惨いことを……。
「でも、あの時に、桑原君が撃ち方止めと言ってくれなければ、
こんなのじゃ済まなかったでしょうね。
拾った命、無駄使いしそうだけど、こっちには無関係ね。」
砺波さんも怖いこと言うなぁ……。
「仁よぉ、
俺、お前がてっぺん取るのに賭けてんだからな。」
ならねぇよ。
「そうね。
次の次の次の次の次の次くらい、かな?」
なに本気で受け答えしてるんですか、砺波さんも。
「あら。
私はずっと、そのつもりだけど?」
……やめてください。
っていうか、砺波さんがやればいいじゃないですか。
玉突きで史上最年少、女性初の人事部長が見えてるのに。
「ふふふ。
ガラスの天井、なかなか割れないものよ?」
そういわれっちゃうと……。
「そんな先の話はいいけど、
まだ、できないの?」
……その話を、いま、ここでしますか?
え、本気? 本気なの??
「そ、
その。」
うわ。
なんか、嫌な汗が……。
えぇぇ……ほ、ほんとに言うの??
「て、手前までは、いくようになったんですけれども、
強度が、た、足らないので、
その、奥に、までは……。」
は、は、はずかしぃっ……
な、なんだ、この、拷問……。
「ん、なんの話だよ?」
げっ。
つい、砺波さんしかいない雰囲気で言っちゃったじゃないか。
……なに耳打ちしてんですか、砺波さんは。
「あーあーあー。
あー、そういやそうだったそうだったそうだった。
そっちにそう繋がってる話だったかー。」
……コイツ、殺す。
「仁よぉ、お前、気長にやれやー。
静香なんて毒女、そうそう当たらねぇんだからさぁ。」
……学生の頃みたいに言いやがって。
……あぁ。
そ、っか。
コイツを信用したのは、
この話があってから、だったか。
僕のことをバカにしなかったの、コイツだけだったから。
「まぁ、貴方達の場合、
先に結婚しちゃうっていうのも手よね。
明日香ちゃんの配転、避けられそうにないんでしょ?」
……だよ、なぁ。
できることは多いし、なんにでもやる気持ってくれるし、
周りの士気もあげてくれるし、なんてったってひた向きで可愛いし。
総務で腐らせとく意味、ひとっつもないんだよな。
っていうか、まさか、社長案件になるとは。
これはもう、どうすることもできない……。
ただ、明日香さんいないと、
総務で業務をしっかり廻せる若手がゼロになるっていう……。
……弱ったなぁ、ほんとに。
「ふふ。
そんな桑原君に朗報を一つ。」
……ぇ?
*
「たっだいま戻りましたっ!」
あは、は。
そういう、こと。
(「書類上、短期出向扱いにしてたのよ。
勿論、本人承知の上で、ね。」)
一言も言ってくれなかったぞ。配属先の変更ってだけしか。
所属長が後から知るって、こんなことあるか。
組織として、どうかと思うけど。
まぁ、産休の子のために臨時で雇った派遣の子が妊娠しちゃって、
残余のあまり期間枠に押し込んでたってことらしい。
三条も強引にやったもんだわ。もともと無理筋だからなんも言えない。
向こうはめちゃくちゃ惜しかったらしいけど。
当然だよ。なんてったって頓宮さんだもの。
「お帰りなさい、頓宮さん。」
「はいっ!」
あぁ。馴染むなぁ。
ちっちゃいなぁ。可愛いなぁ頓宮さんは。
「旦那さん、名古屋でお一人ですけれど、
よろしいんですか?」
「……無理言って、出して貰いましたから。
これで、十分です。
毎週、実家に帰る理由もできましたし。」
あぁ。
そういえば、旦那君の実家、静岡だっけ。
交通費、課税対象になっちゃうなぁ。向こうは上の説得が難しそう。
って。
なんか、ニコニコしてる。
「愛の告白、されたんですって?」
うわ、目を細くしたニヤニヤおばさまモードだ。
ひさびさに見たな、頓宮さんのこの顔。
「そりゃぁもうもう。
名古屋にまで鳴り響きましたからっ。」
なんだそりゃ。
……恥ずかしいなんてもんじゃないな。
「……嬉しいですよ。
桑原さんが、幸せそうにしてる姿は。」
「……社会人としては、どうかと思いますが。」
喜怒哀楽、封ずべし。
それが正しいと思ってたけど。
「そんなことないですよっ。
明日香ちゃん引き継いで、ちゃんと、働きますからねっ。
おまかせくださいっ!」
びしっと敬礼するちっちゃくて可愛らしい頓宮さんが、
なんともおかしくて、笑ってしまった。
*
「……。」
いや、そんな。
この世の終わりみたいな顔して。
「離れたく、ない、です……。」
今日から。
明日香さんは、情シスに転属する。
グループリーダー補佐として。
一応、ちょっとだけ、手当が乗る。
業務仕様の標準化は、情シスの統括責任者から総務部長へ、
総務部長から常務へ、常務から社長へ上申された。
デジタルトランスフォーメーションの講演を
外資系のコンサルから聞いたばかりらしかった社長が
予想よりもずっと乗り気になってしまい、常務に詳細仕様を問うた。
常務が説明できないものが総務部長へ、
総務部長から情シスの統括責任者へ、
統括責任者から担当者へ、担当者から明日香さんへ。
そして、明日香さんが、
一番、詳しかった。
社長に目をつけられちゃった以上、
この人事は、一課長如きでは、動かしようがなかった。
ちょっと前なら、自分が持ってきた仕事だろうと、
チャンスだぞ、と言ったろうな。
「そうですね。
僕も、寂しいですよ、明日香さん。」
素直でいるのが、一番だから。
「……はい。」
「出勤と、退勤を合わせましょう。
できれば、お昼か、夕食を一緒に。
土日は、いつも、一緒にいましょう。」
こんなこと、僕が言うとは、
死んでも思わなかったけど。
「……はいっ。」
この、勢いで。
「結婚、しましょうか。」
ほんとに、軽く。
……って。
しまっ、た。
これ、半年後くらいに、
いろいろ片付けた後で、
もっとちゃんと演出して、言う予定だったのに。
ぁ。
いや、取り消せない。
取り消すと、違った意味になるから。
うわ。わわわ。
ど、どうしよう。
明日香さんが、固まって。
口を、目を、大きく開けて。
……手を、覆って。
涙が、ぼろぼろと、出て。
「………。」
溢れだして、しまって。
今日、転属の日なのに。
明日香さん、挨拶、させられるのに。
「……、
ほんとに、
わたしで、いいん、ですか。」
「はい。」
「……、
わたし、汚れてますよ。」
「ちっとも。」
「………
あんなところに勤めてた、あんなことしてた、
汚らわしい、醜い、ふさわしくない売女って、
親戚に、ずっと、言われますよ。」
「言ってくる者から縁を切ります。
私の親は言わないかと。」
「………
うまくいかないの、わたしのせいかもですよ。
躊躇ってましたから。わたしなんかでいいのかって。」
ああ、なるほど。
そういうこともありえるのか。
「それなら、
明日からが楽しみですね。」
「っ!?
………
ず、ず、ずるいですっ。」
え、なにが?
「………
わたし、
すっごく、わがままですよ。」
「ぜんぜん。」
「………
料理も、できませんよ。
生ハムを切るやつすら出せませんよ。」
「美味しいお店をご存知ですし、
お洗濯とお掃除はお上手ですね?」
「あ、あ、甘やかさないでくださいっ!」
ふふふ。
「………
わたし、ちっとも可愛くないですよ。」
「誰よりも可憐な魂をお持ちです。」
「………
わたし、野蛮で、獰猛ですよ。
仁さんが、思ってるより、ずっと。」
「頼もしい限りです。」
「………っ。
わ、わたし、ちっともお金持ってないのに、
めんどくさい生まれで、
要りもしない嫌な親戚が、いっぱいついてきますよ?」
「二人で、解決していきましょう。
これまでのように、ひとつ、ひとつ。」
「………っ!
わ、わたし、ほ、ほんとにめんどくさいし、
すっっごく嫉妬深いんですよ。
きょ、今日だって、
「帰って来たら
毎日燃え上りますね?」
「………っ!?」
あはは。
「明日香さん。
貴方こそ、ほんとうに私で良いのですか?
まだ、貴方と繋がれていな」
「仁さん以外なんて、
ぜっったいに、嫌ですっ!!」
熱烈な、魂ごと奪われるような接吻を、
出社前の、完全に整えたはずの服装で。
身体が、操られたように、
築浅の、フローリングの床に、吸い寄せられて。
目の前には、全身を真っ赤にした明日香さんが、
両の手首を、掌で、
おろしたての薄桃色のスーツが、乱れて、
互いの動悸が、高鳴って、
「……
じ、時間給、取りましょう、か。」
「……
は、はんきゅうで、
お、お願いします。」
ぇ。
「い、いまなら、
い、い、いいですから。」
こ、こ、このままで?
「そ、その……
……も、
もえ、ません、かっ……」
ぁ。
あ。
「!」
………
う、うわ、ぁ……。
これ、
なら、
い、いけて、しまえる、かも……っ
彼女に振られて女性不信になった僕は、
部下のすべてと結ばれる
完
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