第27話
……あらぁ……。
「ど、どうでしょう、か……?」
いつのまに。
ほんとに、隙のない企画書を作ってる……。
えぇ……。
っていうか、ここまで、徹底したものとは……。
本文85枚、カラー概要版1枚、別紙15枚、作業マニュアルつきって…。
内部書式の統一に国際標準からスタートしてるけど、
ちゃんとブレイクダウンしてるし、
様式フォーマットもそれぞれの書式ごとにちゃんとあるし、
入力手順も画像つきでしっかり丁寧に書いてるし、なにより、
「エラー入力修正プログラム、ですか。」
「か、簡単なやつなんですけれど。
情シスの方々と、パイロット版を作って、
課内の皆さんに、試して貰ったりして、いろいろ。
ぎょ、業務時間外ですから。残業枠には支障ないように。」
うーん…。
企画書作成起案が総務部長を通っている以上は、
総務的には立派な業務内なんだけどなぁ。
情シスは、うちの会社の中ではブラックな気風に近いから、
ブラックそのものだった明日香さんと相性が良すぎる。
こんどリーダーの額めがけて
でも、これなら、
いけちゃうのかもしれないなぁ。
仕事は、情熱を持っている人の元に来るから。
「今日の会議終わりで部長にお時間を頂きましょう。
私も一緒に行きます。」
「!
は、はいっ!」
まぁ、パイロット版の域を出ないけど、
総務内はこれでちょっと廻しやすくなるかもしれないなぁ。
「恐れ入ります。
課長、内線、7番です。」
ぇ。
あ、はい。
「はい、お電話替わりました桑原です。」
「……大変恐れ入ります。
受付の安藤でございます。」
あぁ、安藤さん。
受付、明日までだっけ?
「あの、ですね、
い、いま、受付のほうにですね、
桑原課長を出せって騒いでる者がおりまして。」
……は?
*
……そういえば、
いまから思うと、だいぶん、非常識だったな。
あれから、十三年、か。
まさか、こんなことを、しでかすとは。
大丈夫。
大丈夫、だ。
「お待たせ致しました。
桑原でございます。」
……
身体が、震え、ない。
直視、できてる。
一年前なら、見ただけで吐いたかもしれない。
変わってないのか、
変わったのか、よく、分からない。
ただ。
スタイルは、そう、変わらない。
一応、努力はしてるんだろう。そういうところには。
顧問の爺を操って騙そうとできるくらいには。
でも。
老けた。
同い年だけど、
35よりも、40のほうに寄ってるような気がする。
砺波さんのほうがずっと若々しく見える。
相当高い化粧品とか、使ってる筈だけれども。
険のある顔になったなぁ。
老けてるのは、そのせいかもしれない。
皺やクレーターを隠しても、表情が動くたびに、ヒビ割れていく。
あは、は。
「……何がおかしいのよ。」
艶の薄れた少し低い声を尖らせて、
倹の強い、皺だらけの瞼で、睨みつけてくる。
笑って、しまう。
十三年間、こんな人に、振り回されていたのかと。
「いえ。
それで、ご用向きは。」
「惚けないで。
貴方が匿っている女狐の件よ。」
ほぅ。
認識があまりにも歪んでいて、突っ込む気にもなれない。
というか、一部上場企業の受付近くだよ、ココは。
いろんな人が見てるの、気づかないのかなぁ。
「どういうつもりなの。」
どういうつもりだろうね。
こんなところに乗り込んできて。
「……わたしに対する復讐のつもり?」
復讐。
そうか。そう、考えていたのか。
その発想は微塵もなかったなぁ。
「そうなんでしょう。
なら、ここで、
大きな声で、貴方の下の秘密を叫ぶわ。」
……っ。
知られていたとは思っていたけれども……。
「分かってないとでも思ったの?
どうせ、ずっと、隠してるんでしょ。
ここで取り澄ました顔してても、
恥ずかしい思いをするのは、貴方よ。」
……。
なんて、卑劣な。
ここまで、成り下がっていたか。
公の場で、こんな方法に、訴えようとするまでに。
哀しいことに。
意味不明でも、筋が違いすぎても、自爆的ではあっても、
効果だけは、ある。
僕の社会的地位を傷つけるには、十分すぎる爆弾だ。
でも。
それが、どうした。
そっちが望むなら、決着を、つけてやろうじゃ
……ぇ。
「明日香、さん?」
僕の、前に立って。
挑む、ように。
いや。
見下す、ように。
「……。」
四十路前の女性の凄まじい憎悪を、平然と浴びている。
「……この、野蛮人の売女の泥棒猫がっ……。」
ぇ。
「……どのようなおつもりなのか、まるで分かりませんが、
お困りになるのは、貴方のほうでは。
宗次郎さんに、恥を掻かせるおつもりでしょうか。」
「あんたごときが、気安く呼ぶんじゃないわよっ!」
……あぁ。
そんな大声出したらめっちゃ見られるだろうに……。
社内報に乗るなこれ。っていうか、そこ、スマホのカメラで撮るんじゃない。
「そうですか。
風早さんとお呼びすると、まだ、貴方も入ってしまうので。
私の命より大切な仁さんに、悪しき呪詛をかけてしまった、
忌まわしく醜い蛆のような貴方の名など、
汚らわしくて、口の端にも載せたくありません。」
「!!」
明日香さんが、本気で、凄むと、
一階ホールの空気が、ビリビリと振動した。
絶対零度の冷気が、大理石の空間を鈍色に覆い尽くす。
世界中から、あらゆる音が消え去った。
その、直後。
「でも。
ありがたいです。」
明日香、さん?
わらって、る?
「だって、貴方が悪しき呪詛で封印してくれなければ、
仁さんは今頃、絶対に、貴方以外の誰かのものでしたから。
こんな素晴らしい人が、手つかずであるわけ、ありませんから。
いろいろモーションかけたのに、
ちっとも関心持ってくれないから諦めたって。」
ぇ。
「だから、貴方のお陰です。
わたしの仁さんを、眠らせたままにしてくれて、
本当にありがとうございます。」
……
それは。
あまりにも鮮やかな、完璧すぎる笑顔で。
そして。
「さ、行きましょう、仁さん。」
見せつけるように、
僕の、手を取って、委ねるように、微笑む。
あは、は。
見られてる、のに。
なにか、とんでもないことを言われた気がするのに。
「そうですね。」
頷いてしまう。
笑ってしまう。
背を向けて、
手を握ったまま、一歩、二歩、三歩。
このまま、どこにでもいけてしまいそうで。
「ま、待ちなさいよっ!!」
あれ、
まだいたのか。
ああ。
「せっかくですから、お伝えします。」
要するに、こういうことだ。
「貴方で感じたことは、一度も、ありませんでした。
貴方は、人としての魅力に乏しい方でしたから。」
……って。
いや。
これ、平場で、
みんなが見ている前で、言っていいことでは。
ま、明日香さんが笑ってくれてるから、
どうでもいいか。
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