第26話


 「ふふ。

  君にしては、少し、遅かったわね。」

 

 かも、知れない。

 もし、これが明日香さんに関係していなかったら、

 もう少しソリッドな方法を使って、真相にたどり着けたろうから。

 一番最初にやるべきことを、一番最後にすることはなかったろうから。


 「普通なら、買収元企業を徹底的に調べるでしょうからね。」

 

 役員を、ざらっと、見ただけだった。

 非常勤の顧問の背景まで、目を皿にして、しっかり見ていたら。

 

 「明日香ちゃんの会社絡みだからと、

  手心を加えようとしたところが無意識にある。

  そんなところかしら?」

 

 ……まったく、図星ですとも。

 プロ失格だなぁ……。そんなプロじゃないけど。

 

 「まぁ、枝葉を廻っているお陰で、

  君にとって大切な心は、手に入ったんじゃないの。

  子孫繁栄、結構なことよ?」


 なんて露骨な言いぐさですか……。

 

 「ま、いまは目先の問題を片付けるべきね。」

 

 仰る通りです。

 でも。

 

 「

  当座の問題は処理できるかと。」

 

 「……あら。」

 

 「正直に申し上げますが、

  切れ味の悪い日本刀で、砺波さんが大上段に斬ろうとすれば、

  うまくいったとしても、無視できない返り血を浴びます。

  それに、を据えられないでしょう。」

 

 そもそも望んでいるとも思えないが。

 あの悪相で不倫王。どう考えても現代のスマートな社長CEO像に相応しくない。

 

 「……ふぅ。

  ……ほんと、そうなのよ、ね。」

 

 よく分かっておられる。

 

 「しょうがないわねぇ。

  もう一期、御神輿現社長を担ぐしかないわね。

  君んとこの部長ともよく話すわ。」


 創業家が弱く、外資比率が低い、というのは、

 こういうとき、ほんと助かる。


 「恐縮です。」

 

 「でも、君の問題はそれでいいの?」

 

 あはは。

 砺波さん、めっちゃ大きな絵役員追放劇を持ってたってわけか。

 それはありがたくはあるけれど、鉈で紙を斬るようなやり方。

 

 「髪を切るなら、鋏で十分です。」

 

 もともとは、至って小さな問題に過ぎないのだから。

 

 「あははは。やられたわ。

  これも、私の教育の賜物かしら。」

 

 「かも、しれませんね。」

 

 「いいわ。

  そこまで分かってるなら、

  君のことに関しては、高見の見物をしてあげる。

  君の思うようになさいな。」

 

 「ありがとうございます。」


 内諾を得た、か。

 じゃあ、砺波さんがむかし書いた、を使うか。


*


 「……門地君からも聞いているが、

  今年の人事交流は、これだけかね?」

 

 「はい。」

 

 「……それはまた、どうしてかね。」

 

 いやぁ、滝沢専務、

 ほんと、隙のないダンディな御姿であらせられる。

 指をゆっくり組む仕草と、濃紺スーツ姿がマホガニーにぴったり。


 見てくれだけなら、絶対に社長に相応しいんだよな。

 社長近影だけで女子の志願率5%アップ。

 

 「ご承知の通り、人事交流については、

  様々な経緯により創設されておりますが、

  の通り、

  交流に見合うだけのメリットを得られる会社が、

  必ずしも多いとは言えない状況ではないかと。


  ご覧頂いている資料の通りですが、

  特に、若手向けの研修先として選んでいる企業は、

  貴重な時間的資源を投じるに相応しくないものも少なくありません。」


 これ、もともとは砺波さんが自分の派遣経験を元に書いたやつなんだよな。

 惰性で送られても情誼的な繋がり以外ほとんどなにもないじゃんってやつ。


 それにコストアナリシスをくっつけて

 急ごしらえで若手の派遣経験者アンケート(フォーム版)と、

 派遣後の人的資源の有効利用の有無を解析したやつをくっつけてみました。


 専務、常務と違ってエビデンスデータ数字で見えるもの好きだしね。

 わけだから、

 お気持ちはいかがなものかなぁ。

 

 「近く、適切な基準を見直して参りたく思います。

  まずは運用面からの変更を試みたく。」

  

 「……それなら、基準を変えてはいないわけだから、

  、いままで通り派遣しても良いわけだが?」

 

 かかった。

 語るに落ちる、とはこのことか。

 

 「仰る通りです。

  ですが、先に運用を変更し、後に基準を明文改訂しても、

  、問題はないかと。」

 

 このやり方で、なし崩しに業務を進めて来たのは、

 ほかならぬ滝沢専務だから。

 

 ダンディな顔を、苦々しそうにしながら、

 表情を崩さないように懸命に努力している。


 お互い、を焦点にしているかは、分かってる。

 

 いまなら、少し、分かる。

 高卒の明日香さんを、学歴至上主義の滝沢専務が受け入れた訳が。

 砺波さんの推薦に、乗っかった理由が。

 

 あはは。

 どっかの常務なら、最初から「正直に話せ」、なんだよな。

 性格の違いというか、来し方の差異というか。

 

 そして。

 

 「……。

  他の役員は、承知しているかね。」

 

 滝沢専務は、での突出を、できる限り、避ける。

 小さなポイントだ、勝負所ではない、と、判断をしてしまう。

 このへんが、社長向きじゃないんだよなぁ。

 

 「まだ策定段階ですので、

  専務にお持ち致しました。

  専務のご意向を賜り次第、本日中に皆様にお持ち致したく。」

 

 プライドは一応立ててあげる。

 プライドは、ね。

 

 「そうか。

  いや、分かった。

  君の方針で、取り進めてくれたまえ。」

 

 勝った。

 この小さな戦いではね。

 

 「ご高配賜り、誠に恐縮です。」

 

*

 

 『出さない、だと!?』

 

 『そ、それどころか、

  今後は、人事交流自体を縮小する、という方針で、

  検討されているとのことです。』

 

 『どういうことだ!

  話が、違うじゃないか!

  

  そもそも、お前らの買収のタイミングが遅すぎたから、

  逃がしてしまったんじゃないのか!』

 

 ……。

 

 「って、やりとりしてそうじゃない?」

 

 「珠希、貴方ね……。」

 

 ……珠希さん。

 ほんと、隠さなくなったなぁ。

 

 「あのポマード、買収でお姉ちゃんの身柄をねっちり確保しようとしたら、

  まさか大手商社なんかに逃げられるとは思ってなかったわけでしょ。

  それで、風早静香が惟住さん経由で下らない入れ知恵をしてきて、

  御成大繋がりで滝沢専務を動かしたのに、って、

  いまごろ、臍を噛んでんじゃないの?」

 

 いろいろ省略しすぎだけど、

 まぁ、大きく間違ってはいない。

 

 滝沢専務の優先順位が低かったこと、

 どこかの誰か高野俊を業務上背任で告訴することが

 取締役会で正式に決まった直後だったことも、

 今回の件の鎮静化には役立った。

 

 向こうは明日香さんを人事交流の名目で出させて、

 で脅しつけて片道切符に無理やり転換させて、

 永久に囲い込むつもりだったんだろうな。

 

 でも、格下の会社に即戦力になる優秀な子を送れっこないんだよね。

 こっちでは明日香さん、満点に近い評価だし、

 原案レベルですら総務部長が明日香さんを出すのに反対してくれたし。

 いい機会だったから、詰めろで提案しちゃったっていう。

 

 「高卒ってトコだけで、お姉ちゃんを下に見たバツだよね。

  あはははは、いい気味ぃー。」

 

 明るい声で悪いこと言ってるな……。

 荻野と性格が合っただけあるなぁ。可憐な薔薇にも棘はあるか。

 

 「……貴方、就職活動、ちゃんとしてるの?」

 

 「あ、もう終わったよ?」

 

 は?

 え、まさか、探偵業とか?

 

 「嫌だなぁ、もー。

  ほらほら、名刺もちゃんとあるよ。」

 

 ……一級、建築、事務所?

 

 「昔から興味あったんだー。

  ま、見習いみたいなもんだけど。」

 

 「あ、貴方、大丈夫なの?

  就業規則は? 社会保険は? 休暇規定は?」

 

 ……明日香さん、

 すっかり総務的な発想に染まってる……。

 

 「あーもう、大丈夫大丈夫。

  わたしだって、いろいろ騙されて来たんだよ?」

 

 ……なんっちゅう重い言葉だ。

 

 「30までに独立してみせるから。

  そしたら、クライアントになってね?」

 

 あはは。

 バイタリティ強いとこはよく似た姉妹だな。

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