第24話


「段ボール搬入、おわりましたっ!!」


 あはは。

 なんて楽な引っ越しなんだ。

 業者よりもきびきび動いてたものな。


「ありがとうございます。

 皆さんにも、御礼をお願いします。」


「はいっ!」


 まぁ、ひとり2000円ってところだろうな。

 それ以下だとちょっとどうかと思うし、それ以上だと気を使わせすぎる。

 貴重な二千円札を渡すところも無駄なポイント。

 

 こっちからすると、気分的には追加費用は掛かってない。

 三社合い見積もりの折衝差額分を還元してるだけだから。


 新居、か。

 決まってしまえば、あっという間だったなぁ。

 まぁ、明日香さんの機動力が、桁外れだったけれど。

 

 南口から、北口へ。

 ケーキ屋さんの近くの、この町の中では、相対的に文化的な再開発空間。

 人工的過ぎる嫌いはあるけれど、畔道の無秩序空間よりはずっといい。


 駅から徒歩5分の2LDK。もちろん都内。

 家賃は10万円を大きく超えるものの、

 二人で折半するなら、いままでよりも、二万円くらい安くなった。

 

 折半ルールを、明日香さんは、頑として譲らなかった。


(「前と、同じくらいですから。

  そうできるうちは、そうさせて下さいっ。」)

  

 明日香さんは、独立した女性だ。

 その意思は、尊重すべきだろう。

 

 ……まぁ、給与額案分ルールとの差額は、

 明日香さんのために、別に貯金しておくつもりだけど。

 今後なにがあるかもわからないし。


 あはは。

 部屋、広いなぁ。なんせ倍だもんなぁ。

 明日香さんと別れでもしたら、寂しさが募りそうだなぁ…。


 業者の方々に薄謝を配る姿が、笑顔で、元気で、腰が低い。

 仕草がいちいち好感度高いよなぁ……。


 ん?

 明日香さん、顔が真っ赤になってる。

 なんか、固まっちゃってるけど。

 

「どうされました?」


「い、いえっ!

 な、なんでもありませんっ!!」


 ?

 まぁ、いいか。


 ピン、ポーン


 え、チャイム? はじめて聞いた。

 築浅の建物だけに、音がマイルドに聞こえたけど。


「あ、はいっ。」


 業者さんが戻って来たのかな?

 

「………。」


 明日香さんの背中が、

 玄関前で、固まっている。

 こんどはなん……



「……珠希、さん?」



 ……手先のシルエットで、かろうじて分かった。

 それくらい、なにもかもが、違ってて。

 

 コンタクトしてるし、服も、歳相応だし。

 歳相応って、歳、知らないけど。


「はい。

 先日は、どうも。」


 あぁ。

 性別に合った服を着てる珠希さんと逢うのは、はじめてだ。

 

 当たり前だけど、女性だったんだなぁ。

 前に逢った時は、声色も、だいぶん変えてたってことか。


 下が切りっぱなしのちょっとダメージ入ったデニムだけど、

 上の濃紺パフスリーブのブラウスと絶妙なバランス。

 アクセサリー類もしっかり合わせてて、

 なんていうか、趣味はイン〇タです、って感じになってる。

 ほんとに変装ができるタイプの人ってことか。


「!

 ど、ど、どうし、て……っ。」

 

 うわぁ。

 明日香さんが、大混乱してる。

 僕が知ってるって、知らなかったもんな。


「珠希、あ、貴方、

 い、いままで、ど、どこに……っ!?」


 え。

 そこまで、知らなかったのか。

 っていうか、荻野とほんとどういう関係なんだよ。


「せっかく転居祝いに来てあげたのに、

 あげてくれないの? お姉ちゃん。」


 ……あはは。

 明日香さん、表情の変わり方が豊かすぎる。


*


「申し訳ありませんでしたね。

 折角いらして頂いたのに、荷物の整理を手伝って頂いて。」


 リビングと寝室だけね。

 ぜんぶ付合わせるわけにはさすがに。お客様だし。


「そうですね。

 もう少し、遅く来るべきでしたね?」


「た、珠希っ!」


 あはは。

 姉妹で、ずいぶん性格が違うなぁ。

 スタイルも、ファッションも対極的だし。


 明日香さんは、凜としたすっきり和菓子派だけど、

 珠希さんは、きれいめカジュアル寄りの洋菓子派ってところかな。

 転居祝いもマカロンだし。


「……どうしてそんなお金あるの?

 就職浪人してたんじゃないの?」


 ん?

 とすると、調査会社勤務はアルバイト?

 

 いや、あれはたぶん、だ。

 よし、直球で聞こう。


「荻野は、ちゃんとお支払いしましたか。」


「あ、はい。

 最初のお話以上に。

 変な人ですけれど、そこは疑ってなかったです。」


 やっぱりか。

 要するに、この話はぜんぶ、あやつのだ。


 たぶん、こうだろう。

 荻野は、暇つぶしか、で、

 明日香さんのことを、独自に調べていた。


 その結果、僕とは違うルートで、

 珠希さんの存在に気づいて、アプローチをかけた。

 僕の調査に、協力させるために。

 そして、それ以上のよくわからん目的のために。

 

 あやつの狙いがほんとにいまいち分からんけど、

 まぁ、存在自体が遊びでできてる奴だからなぁ。

 遊びの合間に人生やってるような奴のやることを、

 どこまで真面目にとりあって良いものか。


「ど、どういうことですか??」


 あはは。こんな顔の明日香さん、珍しい。

 状況が非常に込み入ってて難しいけれど、

 つまるところ。


「荻野に依頼された用事を果たしていたものと。」


「……?

 珠希が、ですか?」


「そうだよ。

 一生男なんかと結婚なんてするもんか、

 って頑張り続けてたお姉ちゃんの想い人が、

 本当に、お姉ちゃんを幸せにしてくれるのか? をね。」


「た、た、珠希っっ!!」


 あはは。

 いろいろぶち込んでくるタイプなのか。

 案外荻野と話が合ったのかもしれないなぁ。


「だ、だいたい、

 どうして、珠希が、

 ひ………ひとしさんのことを、知ってるのよっ。」


 あ、明日香さん、割り切った。

 名字に切り替えなかったな。


「見てたもん。

 こっちに戻ってから、お姉ちゃんのこと、ずっと。」


 ストーカーみたいなこと言うなぁ。

 っていうか、ストーカー姉妹?


「……貴方、益山の家に、

 ご迷惑をおかけするのも、大概になさい。」


 益山珠希さん。

 明日香さんの母方の祖母の姓。

 砺波さん刺殺未遂大騒動の翌日に、

 ほかならぬ砺波さんに渡された調査書の通り。



(「名前が変わるのは、辛いですから。」)



 明日香さんの姓も、替わったもの。

 珠希さんの報告書には無かった、

 18歳までの、本来の、出自を示す姓。



(「明日香ちゃん、出自が出自でしょう?」)



 それは。

 

「向こうも、気にしてるもん。

 橘の家を、再興できるかもしれないって。」


 橘家。

 七百年以上続く、旧家。

 かつては華族を輩出したこともあったらしい。


「いまさら、勝手なことを……っ。」


「ま、わたしはそんなこと、どうでもいいんだけどね。

 どうせ、桑原姓になるんでしょ?

 結婚を前提としたお付き合いなんだから。」


「たっ………。」


 明日香さんが、口を開いて、固まっている。

 まずい。この話は、明日香さんにはしていない。

 ちょっと、フォローしておかないと。


「姓のことは、

 正直、あまり考えていませんでしたね。」


 考えているわけがない。

 知ったのは、つい最近なんだから。


 ただ、

 これで、ほとんどのことは繋がってしまう。

 

 東京の財界人で、一部で知っていた、というのは、

 あるいは〇会的な繋がりがあったのかもしれない。


 旧名門家の、教養豊かな令嬢が、

 実家の破産で、田舎の場末のバーテンダーにまで零落している。

 いかにも彼らが好きそうな話じゃないか。

 

 それにしては、直接救済をしないのが不思議なんだけど。

 彼らからしたら、端金一つで済んだはずなのに。


「あはは。

 こういう人に貰われて良かったね、お姉ちゃん。

 

 でも、桑原さん。」


 固まってる明日香さんをよそに。

 意思の強い、刺すような光を向けてくる。



「風早。」



 っ。

 

「旧姓は、小松原静香。

 ……交際相手、でしたね。

 大学の時の。」


 報告書に、名前が、はっきりと載っていた。

 見間違いであって欲しかった。

 同姓同名の別人だと、最後まで思いたかった。


 詰め、られた。


「分かってると思いますが、

 お姉ちゃんの、敵です。」


「た、珠希?」


 ……そう、なのだ。


(「最も上客で、羽振りが良く、地元でも、有名な」)


 風早宗次郎。37歳。Swindグループの現当主。

 地元では、複数の業態でローカルチェーンを率いており、

 地元保守政界にも多少の影響力を持っている。

 

 その妻に、収まっているのが。


「率直に、お伺いします。

 小松原静香と、本当は、どういうご関係でしたか。

 そして、一流商社勤めで、課長までおやりになられている方が、

 35歳まで、独身でおられたのは、なぜですか。」


 あは、は。

 凄い、な。

 さすが、あの荻野に見込まれただけは、ある。


 調査力、抜群だ。

 行動力も、度胸も、見通しも、

 ぜんぶ、備えている。


 姉を想う、疑惑の鋭い刃が、

 心地よいくらいに、真っすぐ、僕に向かってきている。

 


「た、珠希っ!!!

 あ、貴方、な、なんてことを言うのっ!」



 (「貴方のことは、だったの。」)



 いよいよ、情けない話に、

 オトコとして、救いようのない話になる。



 (「だいたい、貴方で、でしょ?

   演技よ、演技。」)



 ……でも。

 決めて、いるから。

 明日香さんには、すべてを、話すと。

 

 付き合っている以上は、将来を誓い合う以上は、

 いずれ話さないと、いけないことだったから。


 息を、一度、静かに吸い上げる。

 段ボールだらけの新居で、

 二人の、妙齢の女性に向かって。



「……少し、長い話になります。

 よろしいですか?」

 




 彼女に振られて女性不信になった僕は、

 部下達の前で過去との決別を開始する

 

 了

 (本編Ⅴ:完結編へつづく)

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