第21話


 あはは。


(「久留米のラーメン、めっちゃ美味しいですっ!

  博多とぜんぜん違いますっ!」)


 楽しそうだなぁ、明日香さん。

 ひとりでも、十分生きていける。

 いままで一人で生きてきたんだから、当たり前だ。

 

 ちょっと前なら、

 それなら君は一人でも平気さ、とか、

 別の素晴らしい恋に出会えるだろう、とか、

 言っちゃったかもしれないけど。


 伸び伸びと、生命力を横溢させて生きている明日香さんを

 見ているだけで、ただそれだけで、楽しい。


 笑ってる姿を、ずっと、見ていたい。


 推しを愛でるアイドルオタクの心理が、

 ほんの少しだけ、分かった気がする。


「……あの、桑原課長?」


 え。

 あ、はい。


「その、よろしいんですか?

 榛沢常務とのお約束のお時間では?」

 

 ぁ。

 ……あっ!

 うわぁ、やっべっ。

 

 重大な会合なのに、

 なんとも締まらないなぁ……。


*


 あ、れ。


「門地人事部長代理?」


 砺波さん、どうして?


「俺が呼んだ。」


 はぁ。

 まぁ、結果的に都合がいいかもしれない。

 どっちみち、上で情報共有をすべきだから。

 

 でっぷりと太った人が銀座で上質なスーツを仕立てると、

 ただの悪役商会の幹部にしか見えない。

 額の縦皺がなんとも言い難いその筋感。

 与党の幹事長ですら可愛く見えるんだから始末に負えない。

 

 この人を社長にできないのは、

 ポートレートを撮れないし、表舞台に出せっこないから。

 存在だけでネットに叩かれる未来しか見えない。

 

 よく常務まで出世したもんだと思う。

 お陰で広報は役員写真とかめっちゃ苦労してるらしいけど。


 さて、どう出るか、だな。


「では、結論から申し上げます。

 営業部営業二課所属、高野俊係長について、

 業務上背任行為を推認せざるを得ない状況です。」


(「ひとり、貴方に調べて欲しい人物がいるのです。」)


 社内の正規ルートを使わなかった理由を、

 砺波さんは、よく知っているはずだ。

 

 そもそも、砺波さんが、

 営業部と総務課の情報ルートに鳴沢美和子さんを配置した時点で、

 こうなることは、お互い、予想していたというべきだろう。

 

 普通、こんなに迂遠な手を使っても、誰も反応しない。


 だけど。

 僕と、砺波さんの関係なら。


「資料は見た。」


 端的に言えば、高野係長は、

 取引先だった明日香さんの親会社の役員と結託して、

 売上の一部を私費へと流用するシステムを作り上げていた、ということ。


 子会社が気づいていたことに対し、

 子会社ごと潰して事なきを得ようとしていたきらいがある。

 他ならぬ、明日香さんが勤めていた会社だ。

 

 やらかしていたことを闇に葬れた上で、

 明日香さんが手に入り、こっちで出世しそうな奴に恩を売れる。

 高野係長を操っていた側にとっては、

 一石三鳥の策だったということだろう。


「はい。」


「正直に言え。」


 ほんと、直球しか認めない人だな。

 どっかの専務とえらい違いだ。


「では。

 私は、常務が、泳がせていたものと思います。」


 砺波さん、全然動揺しないな。

 同じ結論に達してたってことじゃないか。


「ふん。」


 常務が指示をしているわけはない。

 その程度の人間なら、ここまで上り詰めるわけはないから。


「既に構図は概ね見えたものと。

 その上で、ご提案が。」


「言ってみろ。」


 ……なんだよ。

 すっかり読まれてるじゃん。結構緊張してたのに。


 まぁ、いいか。

 砺波さんがいる時点で、わかりきってた話だから。


「パワーハラスメントを認定すべきかと。

 少なくとも、その状況を加味した人事考課を考慮すべきかと。」


「門地。」


「はい。」


「お前の企み通りか。」


 はっはっは。

 野生の直観が凄すぎる。

 ほんと、ほとんど全部合ってるもんな。やっかいだよなぁ。

 

 人事からすると、パワハラ認定を訴えてきてる社員に対して、

 認定を躊躇うことが続くと、人事が社員全体から信頼されなくなる。

 背任を起こしていることが分かっている人物を、

 先に、パワハラでやってしまえるなら。


「どうでしょう。

 少なくとも、桑原総務課長が、

 社内調査を使われずにこの結論に達するとは思いませんでしたが。」


 げ。

 なぜそれをこの場で言うんだよ。

 分かってくれてるものと思ってたのに。


「……桑原、お前。」


 あはは。

 言い訳したら、負けだ。


「恐縮です。」


 砺波さん、嫌な釘の刺し方をしてくるなぁ……。

 まぁ、確かに珠希さんの件、砺波さんにあげてなかったもんな。


「……ふ。」


 うわ。

 ニヤァっと笑われた。悪相すぎる。


「お前も男だったか。」


 ……失礼な。


*


「相談はしてほしかったかな?」


 ひどいですよ。

 もう使えないじゃないですか。


「社内案件ではね?

 それに、彼女が危険だから。

 分かるでしょ?」


 それは、まぁ。

 

「ふふ。

 女性一般に優しい君らしくもない。

 ちょっと、焦ってるんじゃないの?」


 焦ってる。

 ……そうかも、しれない。


「自分のせいで、妹の身が危険にさらされたら、

 明日香ちゃん、悲しむわ。

 ずっと、命を削って護ってきたんだから。」


 ……正論、だ。

 なんて、こった。


「ふふ。ほんと、珍しい。

 君が、こういう間違った決断をするってことは、

 それだけ明日香ちゃんが熱烈に欲しいってことよね。」

 

 ……。

 確かに、視野が、狭くなってる。

 まずい。大変よろしくない。


「誰かに執着する、ということは、そういうことよ?

 意識して注意なさい。」


「……はい。」


 この歳で、教育、されてしまった。

 ほんとに、かなわない。


「……ふふ。

 でも、君らしくはあるわ。

 妹さんの信頼を勝ち得ちゃったのね。」


 ほとんど騙したに等しいけれど。

 明日香さんが喋ったわけではないから。


「そうだとしても、よ。

 君の同級生、優秀なのね?」


 ……荻野、か。

 あいつ、楽しんでるだけなんじゃないのか。


「で、その荻野さんから、正式に打診が来たわ。

 にね?」


 ……は?

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