第18話
「明日香ちゃんの試用期間、
無事、終わったわね。」
砺波さんとお昼を食べるようになったのって、
明日香さんの件があって以来だよな。
「はい。」
「所属長の人事評価、ちょっと甘いんじゃない?」
……それは甘んじて受けましょう。
「ふふ、大丈夫。
総務部長も専務も、ほとんど同じだから。」
……良かった。
明日香さん、ちゃんと、評価されているようで。
「伝えておくけど、
各部署、裏で役員巻き込んで争奪戦だったわよ。」
はぁ……。
まぁ、そうなるか。
某同業他社ほどではないにせよ、
顔採用で実務が廻せない人は各セクションにそこそこいる。
間接部門である総務課に、
顔採用者と容姿水準が変わらない即戦力候補がいるならば、
誰だって奪い去りたいに決まっている。
「抑えたの、誰だと思う?」
ん?
目の前にいる人じゃないんだ。
「榛沢常務。」
……ぇ。えぇぇ??
あのうっとおしい体育会系の不倫おっさんが??
「『見苦しいっ! 部下の教育がなっとらんっ!』
これで終わり。」
……収め方が脳筋すぎる。
一瞬でも見直そうと思うんじゃなかった。
「ま、明日香ちゃん、
会社一つ、潰しちゃった子だもの。」
……そう、読まれますか。
「明日香ちゃんが転職した瞬間に、雪崩になったんだもの。
本物のコア人材ってやつよね。」
なんだろう、なぁ……。
「……で、君、気づいてるんでしょ?」
やっぱり、そこ、突いてきますね。
「まぁ。」
いろいろ不自然なんだよな。
吸収合併に至る経緯も含めて。
明日香さんの過去も、関係してるのかもしれない。
「私が考えていたより、すこしやっかいよ。
うまくやれそう?」
「……一応、手は、廻しています。」
荻野の紹介だから、ちょっと不安だけど。
それにしても、栞菜さん案件がこういう風に役に立つとは。
「そう。それならいいわ。
バックアップはしてあげるから、桑原君の自由におやりなさい。」
……有難いな、教育係。
セクション違うのに。
そこは、運が良かったというべきなのだろうな。
22歳で砺波さんに逢えなければ、僕は、きっと。
「失敗したら来年、ナイロビ行きだからね。
ふふふ。」
……前言、撤回。
ぜんぜん諦めてないわ、この人。
*
「栞菜ちゃん、こんなの送ってきました。」
あはは。
同級生同士で映ってる加工写真か。
こっちには全然来てないのに。
当たり前だ。本来、そういうメディアだ。
「……ただ、家には、
やっぱり居づらいみたいです。」
……だろうな。
その状況は、想像に難くない。
「…希の時も、そうでしたから。」
……?
「そ、それで、ですね……。
その……。」
ん?
「ひ、引っ越しませんか?」
……ん??
「か、栞菜ちゃんが、
こっちに来ても、部屋、あるように。」
それを理由にするかぁ……
考えてなかった、そのシチュエーション。
でも、向こうでの生活が難しくなるなら、
そういう状況になることも普通にありえるんだよな。
(「栞菜のことを、おねがいいたします。」)
いつだって。
明日香さんのほうが、本質を突いて来る。
正直に、真っすぐに。
「……どう、でしょう……。」
……確かに、家賃を二つ払ってるっていうのは、
あんまり意味はないんだよなぁ。
うーん、でもなぁ。
そうなると、相当広い場所でないと、駄目だなぁ。
会社の近くに越すなら、家賃あがるから、難しそうだけど。
「え?」
え?
え、ってなに?
「……この町、離れるんですか?」
ん??
「明日香さんは、
この町で、借りるおつもりですか?」
「そ、そのつもりだったんですけれど……。
あ。」
考えてなかった顔だ。
あはは。
それなら、いっそ、
……いや、それはいくらなんでも。
それならもっと安いところのほうがいいかもだし……。
難しい、な。
アフリカに行くかもしれないのに。
一人では、考えもしなかったことが、
二人いると、視野に入れざるを得なくなる。
それを、楽しいと思えるくらいには。
「……え?
あ、あの……、
なん、でしょうか?」
いとしいと、思えている。
このひとの、ことを。
「……引っ越しにあたっての、明日香さんの要望を、
A4で1枚にまとめて下さい。」
「!」
「検討するだけ、かもしれませんよ?」
照れ隠しに笑うと、
明日香さんが、満面の笑みで抱き着いてくる。
吐息も、髪の匂いも、全身に伝わる温かな重みも、ただただ、愛しい。
明日香さんの家も、学歴も、不適切な過去も、
なにひとつ、解決していない。
それどころか、新しい課題まで、引き込んできている。
でも、二人で暮らすとは、こういうことなのだろう。
ひとつ、ひとつ。
片付けてながら、歩んで行こう。
僕と、明日香さんの、二人で。
彼女に振られて女性不信になった僕は、
部下の前で初恋を想い出に替える
了
(本編Ⅳへつづく)
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