第16話


 22時、4分。

 

 「……おつかれさまですっ。」

 

 ホームで、合流するのも、慣れたものだ。

 いや、総務的には早く帰してるはずなんだけど。


 「おつかれさまです。

  おかえりなさい、でしょうか?」

 

 「は、はいっ!

  ありがとうございますっ!」

 

 あはは、解けるような笑みだ。

 化粧が剥がれてきていても、命の輝きは変わらない。

 自分が27歳の時、こんなにひた向きに生きて居たろうか。

 

 27歳、か。

 もう、早くは、ないんだ。

 

 ホームに、列車が滑り込んでくる。

 流石の明日香さんも、始発乗りに慣れたようだ。

 

 足を並べて、左隅の席を確保し、すとんと、座る。

 こちらはポールに、明日香さんはその隣に。

 心持ち、ほんの少しだけ寄ると、ほのかに明日香さんの体温を感じる。

 

 「……。」

 

 明日香さんが、話したそうに、

 そして、話せなそうにしている。


 何かを、隠している。

 

 それは、こちらも同じだ。

 

 ふふ。

 いい歳して、高校生みたいだ。

 ちっとも成長していないな、僕は。

 

 「まずは、休みましょう。

  夜は、長いのですから。」

 

 聞くならば、家で聞いたほうがよさそうだから。

 

 「!

  は、はいっ!!」

  

 ……ん?

 これ、ちょっと、勘違いさせる台詞じゃないか?


 ……あ。

 俯いて、真っ赤に、なって、る……。

 いや、意味、違うんだけど……。


*


 目の前には、明日香さんが、

 若々しい四肢を、黄色のパジャマ姿に隠している。

 もじもじとみじろきするたびに、少し甘目のシャンプーが薫る。


 ……片付けないといけない。

 いろいろ。

 

 「では、明日香さん。」

 

 「……はいっ!」

 

 ……妙な期待をしてるな。

 いや、本来、このシチュエーションは、

 妙な期待をするほうが、人として正しいんだが。


 「正直に、お話下さいね?」

 

 「ぇ。」

 

 「ふふ。

  一応、所属長ですから。」

 

 「お、お仕事の話は、

  家では、しないと。」

  

 「そんなことを申し上げたつもりはありませんよ?

  スーパーや電車の中とは違いますから。」

 

 「あ……。

  は、はい……。」


 さて、何を隠しているのやら。


*


 ……。

 思ったより、ずっと、単純だった。

 

 「も、申し訳ありませんっ!」

 

 総務課の古株連中に、

 会社近くの、酒の種類が多いトラットリアに連れ去られ、

 僕との関係を根ほり葉掘りと聞き出されていただけだった。

 

 他部署を含めて同世代50~60代の10人くらいに囲まれていたらしいから、

 地獄感しかない絵面だ。


 若い女性を肴にして自分達が遊びたかっただけだ。

 明日香さんを飲ませないようにして隠蔽を図るあたり、

 ずうずうしいことこの上ない。


 ふぅ。

 まったく、もう。

 

 ……まぁ、でも、

 あの人達にも、何か、考えがあるのかもしれない。

 次の業績査定の時に一人一人、別々に聞き込むとしよう。

 三人寄れば姦しいが、一人ずつなら、各個撃破できる。


 「大変な一日でしたね。

  ただまぁ、基本、悪い人達ではないと思います。」

 

 あぁ。

 タイピストや電話交換手から一般職に変わってる人もいるな。

 高卒枠といえば高卒枠の一種か。文字通り最後の世代だけど。


 「……そうです、ね。

  悪い方々では、ない、です。」

 

 繰り返すように、

 納得させるように。

 

 「さて、次はなんでしょう。」

 

 「つ、つぎ、です、か??」

 

 

 (「……。」)



 「帰りの電車内で、

  話したそうにしてたこと、おありですよね?」


 

 「……っ……!」

 

 な、なんだ??

 

 一瞬で、顔が、真っ赤になった。

 ……と思ったら、青くなった。

 ぐるぐると、せわしなく瞳が動いている。

 

 少し、待つか。

 見てるだけで、ちょっと面白いし。

 

 

 「……あ、あのっ!」

 

 

 ……集合住宅住みとしては、ちょっと響きすぎる声。

 バレーボールで鍛えた肺活量?

 

 

 「お、

  い、いらっしゃるんですかっ?!」

 

 

 ……は?

 

 「だ、だって、

  き、きょう、会社に、

  お子さんが、いらっしゃったって……」

 

 おこさん。

 おこ……

 

 ……あぁ。

 そんなこと、考えてたのか。

 

 「まず、誤解を解いておきましょう。

  今日いらっしゃった方と、私との血縁関係は、なんらありません。


  それに、明日香さんであれば、

  私が、宿であることを、

  ご承知頂いているはずです。」

 

 堂々と言うことじゃぁないんだけど。

 

 「あっ……。」

 

 黙り込んだかと思ったら、

 

 「……申し訳、

  申し訳ありませんっ!!」

 

 鮮やかすぎる土下座。

 ……これ、ほんと、どこから来てるのかなぁ……。

 

 「いや、頭をおあげ下さい。

  分かって頂ければ、それで。」

 

 涙ぐんでる。なんだこの時代劇お白洲モード。

 真っすぐすぎて情緒がよくわからないな、この娘。

 そこが可愛いと思うあたり、相当絆されちゃってるけど。


 ……さて。

 この話題が、出たならば。


 もう、行くしかない。

 

 ……息が、詰まる。

 隠しておいたほうが、いいんじゃないか。

 気持ち悪いと思われるかもしれない。

 誤解されるかもしれない。

 

 いや。

 明日香さんの前だけでは、正直でいるべきだ。

 

 話、そう。

 その結果が、どうなったとしても。

 


 「その件について、明日香さんに、

  お目通し頂きたいものがあります。」



 言っ、た。

 身体が、内側から、小刻みに震えてる。

 うまく、自然に、言えていただろうか。


 ……。

 明日香さんが、きょとん、とした顔をしている。

 

 ぁ。

 ……それは、そうか。

 まだ、分かるわけないんだから。

 こっちが、内容を告げる前から、勝手に恐れているだけから。

 

 あは、は。

 ちょっとだけ、落ち着いてしまっている。

 これからだというのに。

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