第14話


 「業務処理様式の標準化、ですか……。」

 

 業務処理のシステム化の基礎作業だが、大事業になる。

 各部署の書式統一なんて、できるわけがない。

 

 業務の洗い出し自体が大混乱を産むだろう。

 セクションによっては、属人化している業務も多い。

 50代以上の「秘伝のエクセル使い」からすれば、

 椅子を奪うのかと思われかねない。

 

 「……無理ですよね、やっぱり。」

 

 ふふ。

 家の中の会話に砕けちゃってる。職場なのに。

 

 若いなぁ。

 たぶん、情シスの誰かに理想論をぶつけられたんだろう。


 でも。


 「まず、隙のない企画書と執行計画書を。

  総務課内でやることを考えて作成して下さい。

  作成にあたっては、総務課の全員から話を聞いて下さい。


  必要な食事代等は、常識の範囲内であれば、

  領収書添付で経費処理して頂いて構いません。」

 

 「ぇ。」

 

 企画書が通るまでの事前建て替え処理。

 要するにこっちの私費でいったん自腹。

 まぁ、課内案件に留めてしまえば総務部長は通せるでしょ。

 今日中に根回ししとこう。どうせ別の起案出すんだし。

 

 「本当にやるなら、全社一斉でしょうね。

  パイロット版を、総務課だけで作ってみる感じです。

  

  そこから先は、情シスの側から上を説得し、

  社長にご決断頂くことになりますから

  いちばん早くても再来年度以降でしょう。」


 僕がナイロビ支社長になったら、

 この話はあっさりぽしゃるだろうなぁ。

 

 「まずは槐よりはじめてみましょう。

  期待してますよ?」

  

 「……ありがとうございますっ!!」

 

 まぁ、今の情シスのリーダーの器量で、できるわけがない。

 明日香さんが、総務課内で、

 敵を作らないための手段に使わせてもらうとしますか。


*


 「桑原課長。」


 ぇ?

 ……ああ。

 

 人事部の鳴沢美和子さん。32歳。

 去年、営業部のグループリーダーと社内結婚してる。

 清潔感のあるミディアムロングと、安心感を与えるふんわり容姿。

 

 ただ、仕事はできそう。

 エレベーターに向かう踊り場の、

 誰もいないタイミングを見計らってきたし。


 「……メールの件、ですね。

  ありがとうございます。」


 「はい。

  ……ここでは、少し。」

 

 だろうな。

 機微案件だから。


 黄色いメモ帳を立ち上げ、

 隣駅から徒歩4分程度の個室つきレストランの場所と時間を示す。

 黙って頷いてくれるあたり、ありがたい。

 さすが砺波さん、差配に疎漏がないというべきか。


*


 「……その、大変失礼とは思いますが、

  真中さんとは、お付き合いされておられるのでしょうか?」


 ……あはは。よもやの別件のほうか。

 ちゃんと想定しておけって。

 どうしようもないな、僕。

 

 さて、どういう答えが正しいのか。

 

 (「、交際状況なんて、気にしないぞ。

   平然と乗り越えて襲ってくる。」)

   

 、か。

 ガラじゃないんだけど。

 

 「まだ、ですね。」

 

 「……まだ?」

 

 ふんわり容姿の鳴沢さんに察されてしまった。

 まぁ、そのつもりなんだけど。

 

 よし。

 攻めよう。

 

 「真中さんに具体的な危害が及ぶ前に、

  事前に整理をしておければと。」

 

 「……。」

 

 心当たり、ある感じか。

 まぁ、当然だな。

 

 「真中さんは、強い方ですから。

  僕なんかのフォローは必要ないかもしれませんが。」

 

 ニッコリ笑顔。

 鳴沢さんが、ふわっとした顔に、戸惑った表情を浮かべている。

 まぁ、これ以上貴重な情報源を牽制する意味はないか。


 「それで、メールでお話頂いた件なのですが。」

 

 「……あ、はい。」

 

 こっちのほうが機微案件。

 本題、だ。


*


 はぁ。

 

 (「……訴えようとする動きがあります。」)

 

 営業二課でパワーハラスメント、ねぇ……。

 もともとそういう体質ではあるんだけれども、

 来たら窓口、うちだもんなぁ……。

 

 高野俊氏、か。

 

 確か、係長級。

 営業成績的には次期エースと目されてて、上司達の覚えはめでたい。

 人事情報だと、今年度末の昇進も視野に入っている。

 

 一方で、下にはかなり厳しく当たるタイプのようだ。

 異動前の頓宮さんも似たようなことをちらっと言ってたから、

 パワハラに至る蓋然性は十分にある。

 

 でも、正式なルートで訴え出たら最後、どちらかが血を見るまで終わらない。

 本人の経歴には双方とも確実に傷がつくし、部署間、所属長間の遺恨も長く続く。


 水面下で慎重に双方から事情聴取、

 関係各所と事前相談の上で配置転換で片付けるのがベストだけど、

 頓宮さんがいない、というのは結構痛いな。

 具体的に動いてくれる人がいないわけだから。


 手の打ちようが難しい以上は、

 こっちは受け身に徹するっていう手もなくもないけど、

 それもそれでまたいろんな筋に恨まれるなぁ…。


 ……それにしても、明日香さんが遅い。

 またどこかの部署で掴まってるんじゃないんだろうか。

 情シスには相当強い釘を打ったんだけど。

 

 

 (「、交際状況なんて、気にしないぞ。

   平然と乗り越えて襲ってくる。」)

 

 

 まさ、か。

 ……いや、それはいくらなんでも。

 でも……。

 

 「課長。

  内線、7番です。」

 

 ん?

 あ、あぁ。

 

 まだ定時も終わってない。

 仕事、仕事。

 

 「ありがとうございます。」

 

 かちゃっ

 

 「桑原でございます。」

 

 「お忙しいところ誠に恐縮でございます。

  受付の安藤でございますが。」

 

 あぁ。

 受付三年目、こんど秘書課に引っ張られる安藤さんね。

 って、何?

 

 「あの、いま、受付にですね、

  中学生がおりまして。」


 ……?

 

 「

  といえばわかる、と申しておりまして。」


 ………

 

 

  (「……ひとし、くん……っ。」)

  

 

 

 っ!?!?!?


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